32.漢、雪の国へ1(捨て身です)
ユリウス一行の亜人各部族を巡る旅が始まった。
ロマニア帝国における亜人蔑視の傾向は顕著である。自国が強国とする自負が、他国の低く見たいとする意識を過剰なまでに刺激するのか。
また一部の権力者による権益の寡占を感じ取っていても、おこぼれに期待する民は多い。
行き詰まった国内状況を理解しても、内政改革は今までの立場を危うくする者を輩出する。ならば外へ手を伸ばすほうが安全と考える者は政務の中心へ近いほど多い。扇動を試みる者の声は大きく、判断を曖昧としていた連中を呑み込んでいく。
メギスティア大陸の亜人へ対する差別が急速なまでに進行している。
大きな理由はグノーシス賢國もロマニア帝国に倣いだしたことが大きい。エルフとドワーフを利益として見て、掌中へ収めるべく動き出している。現在はまだ堂々と表に出せない所業とされている。だが人間が大半を占める二大大国は揃って同じ方向を示しだす。亜人相手ならば何をしてもいい、とする風潮が育ちつつある。
そう遠くない未来に亜人の国々は制圧されるかもしれない。奴隷に等しい生活を強いられるようなるかもしれない。
有り得ないとするには暗躍を目にしてしまった。報告できないほど酷い現場も見てしまった。
「俺は強い者が弱い者を一方的にいたぶるような真似は見過ごせないようだ」
こんな俺でもトラウマってやつだ、とユリウスは付け加えては、はっはっは! と笑う。ドワーフの集落へ向けてエルフの集落の出立寸前にする告白であった。くどくても皆に気持ちを確かめずにいられないようだ。
笑う者は、ここにいない。むしろ、これだから共に行こうとなる。
いい感じでユリウス一行の気持ちは仕上がっていた。
そこへドワーフの部族長であるフンギがやってくる。朝の挨拶をし、雪の国への訪問を快諾してくれた感謝を述べてくる。
するとユリウスがやや緊張の面持ちをたたえた。
「フンギ殿。ドワーフも俺なんかに婚約者を用意しているのだろうか」
「ええ、もう誰にするか、決まっております」
「もし、良ければなんだが、どんな女性か教えてもらえるだろうか」
いいですよ、とフンギの返事は軽い。
頼む、とするユリウスの声は重い。
「ユリウス様も存じている者です」
「はて? 俺が顔見知りとするドワーフはいただろうか」
「マギを覚えていただけているでしょうか。我が娘ですが」
「もちろんだ。利発そうな将来楽しみな子だ」
「ユリウスさまに助けていただいたこと、父親として何度お礼を言っても足りない想いであります」
「当たり前のことをしただけだ。それにいつまでも感謝なんか無用だぞ。そうか、なんだ、マギか」
はっはっ……はぁ? とユリウスは笑いの途中で、はたと気づく。ふふふフンギ殿ぉ、と慌てまくる。
「マギはマギで、とても若く見えたが」
「ええ、現在五歳になります」
妙齢な女性と思い込んでいたユリウスだけに声を失っている。
ぽんっとその肩へイザークが手を置いた。
「政略婚とは、そういうものだ。諦めろ、ユリウス」
ベルが脇のヨシツネとアルフォンスへ「イザークさぁ」と始める。
「昨日、グレイとなに話したか、知らないけどさ。あれからユリウス団長への押し付けがあからさますぎない?」
「どうせまた、すっごく気持ち悪がられて、焦ってんじゃねーの」
ヨシツネがいつものことだとする調子だ。
ふぉっほっほ、とアルフォンスは愉快そうである。
誠意だ! と叫びが上がらなければ三人だけのやり取りは続いただろう。
意を決した声を発する主へ注目は向かう。
「そうだ、そうだとも。子供なればこそ、誠意だ。誠意こそが説得へ大きな力となり得るはずだ」
諦めていないユリウスが、そこにいた。
それは無理だろう、とイザークが諦めさせるべく否定をかましてくる。
前段を知らないフンギは今ひとつ理解が及ばない。だが急ぎ詳細を掴まなくても問題なそうだと大人の判断をした。黙ってこの場を流す。
背後にいる三人のうち、ヨシツネは黙っていられる性質にない。
「団長ぉ〜、子供に誠意なんてわかるもんですかねぇ〜」
「バカやろー。俺の誠意はシルフィーにも通じなかったんだぞ。そう簡単にうまくいくか!」
ユリウス自ら否定してくれば、「わかってますね〜」とヨシツネは内心に含みはあるものの感心して見せた。
「それで、ユリウスはどうするつもりなんだ。やはり諦めるのかのぉ」
アルフォンスの問いには、一旦の間を置いた後だ。
「……捨て身でいく」
立派な覚悟とするには、相手が幼児である。何をしようしているかわからないが、解決に該当するとはとても思えない。
なにかやらかす違いないとする旅立ちとなった。




