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30.漢と姫の森の晩餐3(急ぎの説明を要します)

 プリムラの方がご立腹だった。

 険悪な関係の仲立ちするまで持っていけた。あとは慎重なお膳立てをすれば、と考えた矢先だった。


 話題の長身が風を切って走ってくる。イザークが最悪なタイミングでやってくる。


「なんですか、いったい!」


 お淑やかな姫の衣をプリムラはかなぐり捨てていた。せっかく気を配ったはずの相手が無思慮な登場とくる。怒りの炎を全身に揺らめかせていた。


 他の態度を見て我が身を振り返られる場合は多い。


 グレイもプリムラが怒っているからこそ、冷静でいられた。どうしたんだよ? とイザークに訊けるくらいの余裕を持っていた。


 もっとも目前まで来るなりだ。土下座してくれば、驚きを禁じ得ない。


「なんだよ、いったいどうしたんだ、おまえ」


 すると両手両膝を地面につくイザークは、ばっと顔だけ上げた。


「グレイ。キミが私を気味悪いと思っていることは重々承知でお願いだ」

「気味が悪いじゃなくて、気持ち悪いだよ」

「そうそう、そっちだった。どちらにしろ私の不始末から発したわけだから、気にしないで欲しい」

「別にボクは元から気にしてない」


 これまでであったら、ここで決裂となっていただろう。今回はイザークの必死とする様子を認めて袖にしない。


「それで土下座までして、何かボクに頼みでもあるの?」

 と、平静を崩さず尋ねられていた。


 有り難い、とするイザークは四つん這いの体勢を解かない。


「キミにお願いだ。もし、もしだ。このまま最悪の事態へ陥ったら、私と婚約してくれ!」


 さすがにグレイは押し黙る。ただ怒ってというより考え込んでいるふうである。


 感情の滾りはプリムラが引き受けた。


「どういうことですか。場合によってはわたくし、イザーク様を見損なうとなります!」


 ぷりぷりといった姿は、ユリウスが目にしたら可愛いと感激しただろう。


 イザークは、まずいとなる。確かに自分の言葉足らずを自覚した。

 それもう急いで事情を説明しだした。


  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


 事の始まりは、ベルのユリウスに対する質問からだった。


翼人(つばさびと)の間に子供が生まれたのって、あれ最近?」


 晩餐で供された果実酒はエルフにとって格別に美味とするものらしい。ベルはハーフエルフだが姿見や能力だけでなく味覚も亜人の血に準ずるみたいだ。ぐいぐいと他よりも呑みのペースは早い。酔いも回れば、普段なら働く慎重さも欠けていく。


 うーむ、とユリウスは胸の前で腕を組む。即答はしない。


 生じた間は、部族長たちが埋めた。


「もし生まれたのであれば、我らの知る限りですが数百年ぶりの出来事となりますな」

「翼人は特に出産が稀になっていると聞いています。新たな命の誕生は我らドワーフやエルフ以上に喜ばしいとなっているのではありませんか」


 マゴルとフンギから次々に向けられて、ユリウスは腕をほどき両手を両膝へ乗せた。覚悟の姿勢と見受けられるが、観念したようにも映る。

 隠しておいても仕方がないからな、と始めた。


「俺が翼人の里を出る時にはもう出産の可能性が高い若夫婦は一組しか存在しなかった。その夫婦からすでに決めていた名前を聞いていた」

「そうですか……生まれる前からですか」


 杯を口へ運びつつマゴルは遠い目をする。出産にどれだけの希望を託していたか。窺い知れる逸話だった。


 ユリウスは大きくうなずく。


「男の子ならアンヘル。女の子ならカルーアにするとな」

「じゃ、女の子が生まれたってことですね」


 ヨシツネの軽い確認に、ユリウスはテーブルにおいた杯を握り締める。幸いにも中身がなかったから、手のひらの中で粉々にされるだけですんだ。壊した本人も正気へ返らせた。すまん、と謝っていた。


 イザークが静かに杯を置いて口を開く。


「ユリウス。その娘は翼人にとって最後の子となる可能性が高いのか」


 この質問がテーブルへ着く者の全てに事の次第を悟らせた。酔っ払っていようとも、事実の重大性に気づく。


「もう一人が生まれる可能性を見ることはやめたのだろう。だからレオナを俺の下へ寄越したんだと思うぞ」


 亜人(あじん)の出生率を低さを示す傾向に極端な兄弟の少なさが挙げられる。ほんの稀にエルフやドワーフに生まれることがあっても、翼人にはあり得ないとされている。


 女の子が生まれた。子孫が残せるつがいの候補者は、もはや女性のレオナしかいない。


 そういうことか、とイザークの呟きがここにいる全員の声でもあった。


「仮に男の子が生まれたとしても、いずれだしな。だから今回の誕生で里の者たちは諦めをつけたんだろう」


 翼人は子孫なく滅びる。

 いくら歓談の場でも沈痛な想いからは逃れられない。

 感じる必要はなくても責任を感じたユリウスは陽気を作った。


「でもこれでレオナが俺らの力になってくれるみたいだしな。あれは心強いぞ」


 そうですな、とマゴルは年の功で明るく応じる。


「空から戦況を臨める存在は、翼人以外におりませんからな。かつて各国がこぞって味方陣営へ引き込むべく躍起になっていたと聞いています」


 翼人は子孫なく存続が危ぶまれれば、誰一人欠けさせるわけにはいかなくなる。戦場など以ての外だ。すっかり世捨て人とする生活へ落ち着けば、その存在は知識だけとする者が大半となった。


 これから翼人レオナがユリウスに付くと言う。しかも婚約まで申し出てくれば、本気度が窺える。


 いち早く敵の様子を知れるだけでも戦況はかなり優位へ持ってこられる。誰もが認める確かな戦力補強だ。まだ先が見えない状況だからこそ、思いもかけない強力な協力者の出現を認識すれば、テーブル上は再び朗らかな談笑であふれた。


「ところで俺はエルフとの婚約を解消したいのだが」

 と、ユリウスが言い出すまでは。


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