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25.漢の醜聞2(知っているそうです)

 突然の異変に婚約者が真っ先に反応を示した。


「ユリウスさま、いったいどうしたのですか。初めて見る顔色に、わたくしは心配でなりません」


 下から見上げる格好のプリムラでも、ユリウスの尋常でない青ざめ方がわかる。ぶるぶる震えていれば、余計に知れるというものだ。


「ユリウス団長も怖がったりするんだね、初めて見たよ」


 四天(してん)の一人ベルでさえ、初めてとするらしい。


 婚約者だけでなく戦友とする者までに言われたら答えずにいられない。褒められるかどうかは別にして、それがユリウスという(おとこ)である。 


「俺だって怯えることはしょっちゅうだぞ。以前の婚約者たちに愛想を尽かされたかもと感じた際は、もうビクビクだ」


 小首を傾げたベルが、ユリウスの正面へ廻る。


「あれ? ユリウス団長が怖がるのって、婚約者に対してだけ?」

「他になにがある」

「例えば初めて戦場に出た時とかさ」

「ないない。以前の婚約者から向けられた冷たい目とか、がっかりしたように吐くため息とか、それに較べたら敵兵がいくらいようとも怖ろしくともなんともないぞ」


 そう告白している最中にフラッシュバックでも起きたのだろうか。ユリウスは怯えるあまり、うぉおおおーと吼えてくる。


 仕方ないといった顔でイザークも前へ出た。


「それでユリウス。現在でもそういうことがあるのか」

「あるわけないだろ。王女じゃなくてプリムラのおかげで、初めて婚約者とは安らげるものだと知ったくらいだ」


 まぁ、とプリムラが嬉しそうに頬を染めている。


 ユリウスも気がついたようだ。これまで婚約相手を間違えてきただけでしょ、とヨシツネの指摘は無視して、現在の婚約者へ向かう。


「そうだ、そうだとも。俺は素晴らしい相手と出会えたんだ。過去に怯えている場合ではない」


 トラウマだねー、とベルが笑っている。

 隣りではイザークが渋面をさらに濃くしてだ。


「それでユリウス。さっきも元婚約者の仕打ちを思い出して、急に怯えだしたということでいいのか」

「そんなわけないだろう。王女じゃないプリムラという婚約者がいながら、かつての婚約者に囚われるなど失礼千万だぞ」


 よく言いますねー、とツッコむヨシツネは当然のように流される。

 ここは辛抱強く質問を重ねるイザークこそが真相を引き出す。


「ならばユリウス。先ほどはどうして急に態度が変わった。知り合いの翼人(つばさびと)がヨシツネとツバキ嬢の仲裁に入ってから、様子がおかしくなったとしか思えないが」

「おお、そうだ、そうだったな。確かにそうだ」


 どうやら当人はすっかり忘れていたようだ。ユリウスの良い点に非を認めれば素直に応じるところがある。


「俺が動揺した理由に、レオナの言葉がある」

「あたし、何か言ったっけー?」


 銀の髪と瞳に背の羽根が神秘的な美女とするレオナであるが、口を開けば気のいい兄ちゃんみたくなる。

 ユリウスも四天(してん)の四人に対するそれと同じくらいに砕ける。


「昔からレオナの、そういうところが鈍いというのだ。俺を物凄くビビらせたのがわからないとは困ったものだぞ」

「ユリウスに言われたくねーなー」


 少しレオナが唇を尖らせている。

 傍でやり取りを聞く四天の四人の胸中は、自分らの指揮官より翼人へ賛同を寄せていた。早く答えを言え、と思っている。


 しょうがないな、とユリウスがようやくだ。


「レオナが俺の婚約破棄を知っていたからだ。なぜだ、なぜ知っている!」

「あったりまえだろ。あたしら翼人(つばさびと)だぜ。情報収集に有利なくらい、ユリウスだってわかってんだろ」


 空を飛べる人種は、翼人しかいない。上空を制覇していれば、移動ばかりでなく他の人種では不可能とされる視野を持つ。制空権を握る特性は、かつてメギスティア大陸を支配していたとする言い伝えを眉唾ものにしない。未だ多くの国や部族が提携を願う特別な存在だった。


 そこはユリウスだって了解している。


「そうだ、そうだとも。翼人が世の情勢に通じるだけの伝手を多く持つくらい、わかっている。わかっていてもだな、俺がやらかしたことを里の者たちが知っているなんて認めたくなかったんだ」

「なんだよ、ユリウス。そんな気にするなよ」


 組んだ両手をレオナは後頭部へ当てる。安心しろ、とするメッセージの仕草にも見える。少なくともユリウスは良いように解釈した。


「そ、そうか。そんな気にしなくていいか。それはもしかして里の皆が知っているわけではないということだな」

「んにゃ。全員が知ってる。しかも事細かいところまで、聞いてるぜ」


 どんっと地響きが立った。

 発生主はユリウスである。勢いよく両手両膝を地面へ落としていた。


「俺が最も恐れていたことだ。婚約破棄を三回もされた情けない男の醜聞が、里の者まで届いていたか。特にシスイには命を救われ育ててもらっておきながら、恥ずかしい大人に成長してしまったことがバレていたなんて。死んでも詫びきれん」

「別にシスイは何とも思っていないようだぜ」


 がばっと四つん這いのままユリウスは顔を上げた。


「本当か、それは。婚約までしながら結婚を果たせない俺に悲しんでいなかっただろうか」

「悲しむどころか、笑ってたよ。ユリウスらしいって」


 はっはっは! と高笑いするユリウスは立ち上がっていた。偉そうに裸の胸まで張ってくる。


「そうだろ、そうだろ。婚約を破棄されるような男、それが俺だ。さすが命の恩人にして心の師だ。よくわかっている」

「あ、でも三回はちょっと酷いとも言ってたな」


 レオナが笑いながらもたらす真実に、再びユリウスは地響きを起こす。今度はプリムラも屈んで「しっかりしてください」と声をかけなければならないほど消沈していた。


「そろそろ戻らないか。いい加減、腹も空いているだろう。せっかく晩餐の用意をしてくれた部族長たちをいつまでも待たせては悪い」


 面白いユリウスを見られて大満足のイザークが例のごとく外面は整えている。

 賛同する声も所々で上がってくる。


 ようやく落ち着いた時間が訪れる、と思いきやだ。


 四つ足が大地を鳴らして駆けてくる。

 乗っている者は獣使いとされるエルフしかあり得ない。

 グレイが大虎にまたがって、猛然とやってきた。


「どうしたんだ、虎のお嬢さん」


 少々気取って声をかけたイザークの前へやってくるなりだ。

 おまえ……殺す、絶対に! と本気以外のなにものでもない怒声を吐いてきた。

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