24.漢の醜聞1(なぜか異変)
コホンッと一つ咳払いするユリウスに緊張が窺えた。
やたら畏まっているとも解釈可能だ。
もっとも姿は腰巻一つの裸身とくる。
まず何か着たらどうだ、と騎兵団で配下だった四人は揃って思う。
さらに腕から降ろしたプリムラを、いかがでしょうかとばかり両手をもって示す仕草が可笑しい。
イザークなど笑いを噛み殺すのに必死だ。顔が引きつっている。
もちろんユリウスは背後に渦巻く想いなど知らず紹介し始める。
「えー、こちら王女じゃなくてプリムラだ。まだ破棄されていない婚約者だぞ」
例え帝国から離れても指揮官と仰ぐ漢の背中を眺める勇将たちが小声でもらす。
うわっ、卑屈! とベルがざっくり述べている。
団長ぉ〜、とヨシツネは思わず額へ手のひらを当てている。
泣けるのぉ、とアルフォンスは心の底からの悲哀を滲ませる。
イザークだけは何も言わなかった。別に相手を思い遣ってではない。さらに笑いのツボを押されて、懸命に抑え込んでいた。四人のなかで最もタチが悪いとも言える。
プリムラも心得たもので、短いながらもスカートの裾を広げ頭を下げる。
「お初にお目にかかります、レオナ様。わたくしハナナ王国第八王女プリムラ・カヴィルと申します。かねてからの縁を持ちましてユリウス・ラスボーンの妻へなることに相成りました。どうぞお見知りおきをお願い致します」
丁寧だが安穏と捉え難い言い回しをしてくる。
四天の四人は若干の緊張を覚えた。
肝心のユリウスといえば、相変わらずである。はっはっは! と高笑いしてからだ。
「俺が里へ顔を出せそうな時が近づいてきたぞ。子供はともかく、我が伴侶とする相手が見つかったら連れていくかもしれないと、シスイに言ってあるからな」
「ユリウスよぉー。それ、シスイだけじゃなくて里の全員に言ってたじゃねーか」
初見においては天からの美の使いであったが、口を開けば気のいいお兄ちゃん風となる。
翼人のレオナ。姿見と態度のギャップは、今晩初対面とするプリムラらを途惑わせる。尚且つ幼馴染みとくれば、誰も知らないユリウスを知っていそうである。
笑い声を噛み殺し切ったイザークがここで提案する。
「どうだ、ユリウス。立ち話しもなんだ。旧交を温めるうえで、晩餐に誘ったらどうだ」
「そういや、オレら。飯も食ってなかったですね」
忘れていたとするヨシツネの朗らかさが、周囲に一息とする空気を生む。
二人の暗殺者を取り逃した問題は一先ずとして、部族長たちが待つ場所へ戻ろうとなる。
いちおう今後の結論が出たユリウスだから機嫌よく仲間の声に乗った。
「おお、そうだな。どうだ、レオナ。一緒に飯でもどうだ、話したいこともあるぞ」
「訊きたいことの間違いじゃないのかー、ユリウスよぉー」
明るく威勢いいレオナの口調に惑わされない者がいる。
「なにか二人の間に含みがあるようだが、私たちがいるせいで話せないことがあるならば席を外そうか」
巨漢とするユリウスの頭一つ上へ突き出る長身のイザークが訊いてくる。
へぇー、とレオナが感心を上げた。
「ユリウスの仲間はとても気の利くヤツがいるんだな」
ふっとイザークは決めの微笑を浮かべる。
「これくらい当然です。ユリウスから翼人の里で過ごしていたことは聞いてますからね。私は気持ち悪い男ではないので、これくらいの配慮はすぐに思い立ちます」
ヨシツネがベルの脇を小突く。なに? と返事があれば、イザークには届かない音量で囁く。かなり気にしてんじゃねーか、これは……。
すまない、とユリウスが突如、詫びてきた。
「おまえらにずいぶん気を廻させてしまったようだ。まったく俺の不徳とするところだ」
「気にするな。私たち四人はおまえに付いていく。そう決めているから、余計な配意は必要ない。第一、こっちはユリウスから変に気を遣われるほうが落ち着かない」
そうか、とユリウスは開いた左手で頭をボリボリかく。
「そうだな、どうも俺は自身を見失っていたらしい。おまえたち、いやイザークにアル、ベル、ヨシツネ。これからけっこう大変になるが、よろしく頼む」
なんかこう改まると照れくさいもんだな、とする追加の言葉もあった。
言われたほうも同様な心持ちのようで、四人それぞれがちょっと気まずそうだ。だが満足感は溢れている。
良かった、とプリムラが独りこぼしていた。
ところで、とユリウスは頭をかいていた手を降ろすなりだ。
「おまえたちが覗き見しようとしていたことに、俺は寛容になれる理由を持つが、王女じゃなくてプリムラにはない。謝罪はしてもらおう、特にヨシツネ、おまえだ!」
名指しされた者は吃驚するし抵抗もする。
「な、なんでオレだけ特別なんですかね。悪いのは他も同じでしょうよ」
「バカヤロウ。おまえだけなんだよ、性懲りも無く、また覗こうとしたのは! 俺の初チューを阻んだ件を忘れたとは言わせんぞ」
「だったら、オレだけじゃなくて、こいつ。ツバキもでしょう」
と、ヨシツネは近くにいるメイド服の侍女を指差す。
ツバキは鉄面皮を崩さないものの、目に嫌悪の色を浮かべていた。もし先にユリウスのフォローがなければ口を開いていただろう。
「ヨシツネ。その態度はどうかと思うぞ。我が身を守るため、他者を、しかもいたいけな女性を巻き込むなど、どうなんだ。ここは罪を一身に背負うくらいの気概を見せないと、単なる女好きだぞ」
ユリウスがすごく良い事を言っている感に浸っていると、ヨシツネは読むからこそぶち上げる。
「こいつのどこが、いたいけですか! さっきの戦いでもオレら以上にエグかったですけどね」
また指差されたツバキの表情は変わらない。
けれども戦場に長くいた者たちならば察せられる。
ヤバいほど殺意が高まっている。
なだめなければならない。
なだめなければ死人が出そうな気がしてならない。
緊張高まる両者の間へ、意外な人物が割って入ってくれた。
「まぁまぁ。ヨシツネとツバキって言ったっけ? ここは戦力を削るような真似はよそうぜ。それに婚約破棄されたユリウスの力になってくれたって聞いてるからよ。こっちとしても恩人は放っておけないぜ」
容姿と甚だギャップが激しいレオナの感謝に対し無視はできない。
何より言われた二人より、ユリウスが激しい異変を見せる。
なにやら急に、がたがた全身をもって震えだしている。
誰もが注目せずにいられなかった。