23.漢は滝壺で語らう8(幼馴染み登場)
目が釘付けになった者は行く手を塞がれた者だけではない。
ちょうどやってきた四天の四人とツバキに、プリムラも加わる。
はばたきを響かせて月を背に、ゆっくり降りてくる。
ふわり、長い銀髪を揺蕩せて着地する。
バサッと広げる銀の翼が、すらりとした肢体を引き立たせている。
髪と同じ銀の瞳は神秘の光りを放つようだ。
天から使わされてきたかとする荘厳な美しさであった。
存在は知られていても、希少とされる数のせいで、目撃した者は少ない。
翼人はメギスティア大陸の伝説と化しつつある。
眉目秀麗ぶりはエルフを凌ぐとされる噂は真実であった。
実証例がまさに目の前に存在していた。
敵味方関係なく誰もがその姿に息を呑んだ。
ただ一人だけを除いては。
「おぅ、レオナ。久しぶりだ。ちょうどいい。そのアサシン、セネカというんだが、押さえてくれ。聞きたいことがある」
通常運転なユリウスの問いかけが、天から降りてきた人物を天から地上の住人とする。
「任せておけ、そのために降りてきたんだしな。逃さねーぞ」
見た目とはすいぶん違う、乱暴なしゃべり方をしてくる。
突如として現れた翼人レオナは傍目からの判断は難しそうだ。
逃亡を阻もうとする相手に、セネカは目をぱちくりさせた。が、すぐに口許を妖艶に歪ませる。
「初めて翼人を見たけれど、このあたしがちょっと引け目を感じてしまうくらい美人なのね。翼人は皆、そうなの?」
「人間からすると、そう見えるらしいな。でもあたしらかすれば、よくわかんね。だけど一つ言えることはある」
「なにかしら」
「あたしは翼人のなかでも特別な器量良しなんだぜ」
レオナは立てた親指で自らを指し示していた。初印象からどんどん遠のいていく。
昔馴染みのユリウスが申し訳なさそうに言う。
「そうだったのか。翼人のなかでもレオナが美人だったとは気づかなかった。すまん」
「マジで謝るなよ。言った本人が恥ずかしくなんだろ」
気安いとする会話が交わされていた。
暗殺者の襲撃を退けてやってきた者のうちツバキが共に戦った四人へ訊く。
「ちょっと、どういう方なんですの。あのレオナっていう女わ」
「知らねーよ。ああ見えて、団長は翼人に関しては口にしねーし。秘密にしておきたい感じだったから、オレ達も聞かなかったしな」
敵慨心丸出しの質問に、ヨシツネが落ち着けとばかりに応じる。もっともツバキが「役に立たないですわね」ときたから、おまえな! となる。
口喧嘩が始まろうとした、まさにその時だった。
「ユリウス団長、前!」
ベルの叫びに、ユリウスは前を向く。
突き出した大剣の先は無人となっていた。
しまったとする顔は、「残念だったわね」とする声へ向く。
悪い笑みを浮かべたセネカのそばに黒づくめの暗殺者がいた。ゼノンと呼ばれていた者は、つい今までユリウスの大剣を前に動けずにいた。
「いくら闘神とはいえ、旧友と久々の再会に少し気を緩めたようじゃない」
敵の指摘が正しければ、ユリウスは素直に認める漢である。
「俺はアサシンを見くびっていたようで、大反省だ。それに相手を観察し、的確な言動へつなげるセネカには教わる想いだ。ありがとう」
あっさり敗北を認めるどころか、まさか礼まで言われる。セネカにすればちょっと調子が狂う。
「そーお。それは良かったわね」
「だからついでに王女暗殺を企んだヤツを教えてくれ」
それは……、とセネカは答えかけたところで、慌てて口をつぐんだ。危ない危ないとばかり首を細かく横へ振る。
「闘神。実は性格、ババ色じゃない。危うく乗せられそうだったわよ」
はっはっは! とユリウスは豪快に笑う。
「なにを言うんだ。してやられたから、せめてとするせせこましい反撃だ。セネカよ、おまえの有能さゆえだ。胸を張っていいぞ」
そうですねとならないセネカは呆れて返す。
「前から思っていたけれど、闘神って普段でも偉そうよね。またそれがハマっているから、嫌味にならないのよ。王様とか、ホント似合いそう」
「俺の出自は木こりだ。もし偉そうだというならば、元からのものであって、ろくなもんではないぞ」
「あら、でも人類の誕生と共に王様がいたわけでもないでしょ。勝手に下と決めつけられて捨てられたらたまらないわ」
と、言ったセネカの顔に微かな影が滑る。だがそれも一瞬だった。
「さて、あたしらはオサラバさせてもらうわ。散々な結果だったしね、もう逃げるしかないし」
そうは……、とレオナが前へ出かかる。
ぼわんっと周囲一帯へ煙が立った。
狭霧に相当しそうな煙幕の中で、セネカの声がする。目潰しの効果があるから、あまり目は開けていないほうがいいわよ、と。
真偽は定かでない。けれどもし正しかったら、大変なことになる。まだ戦いが続く日々が予想されれば視力を失うなどあってはならない。
二人まで減らされた暗殺者だったが最後の最後に一矢を報いる。
また会えそうだ、とするユリウスの大声が不気味ではあったが。