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22.漢は滝壺で語らう⑦(あいつらの意味)

 どういうことだ、とユリウスが尋ねる声は低い。


 それだけでも暗殺者にすれば、してやったりと思えた。最後の一太刀に相当する言葉を浴びさせられたようだ。


「プリムラ王女の暗殺は叶わずとも、もう一つの目的は成功させた」

「それはなんだ。教えろ」


 単刀直入は相変わらずのユリウスなのだが、暗殺者は焦りゆえと捉える。覆面の下の口許が、にやり歪んだ。


「我らが闘神ユリウスを引き付ける役目は、どうやら見事に果たせたようだ」

「それはわかっている。その目的を教えろ、と言っているのだ。まったく余計な繰り返しはいい。まったくダメだな、おまえは」


 自分の事を棚に上げてユリウスが叱責する。


 さすがちょっと頭へきた暗殺者は乱暴な口振りになる。


「我らは闘神ユリウスをはめてやった。おまえのお仲間は無事でないぞ」

「お仲間というと、俺と王女じゃなくてプリムラの様子を覗き見しようとした、あいつらか」


 忌々しげなユリウスだから、暗殺者だけではなく、プリムラまで目を見張っていることに気づかない。よって何事もないかのように、言葉は続ける。


「あいつら、隠れて盗み見しようとしていただろう。だから追い払ってやろうと思ったんだが、どうやら襲撃を受けたみたいだな。俺たちにかまける余裕がなくなったようだから、これ幸いと放っておいた」


 な、なに……、と暗殺者は絶句しかけた。が、声を失っている場合ではない。


「し、信じられん。闘神ユリウスは仲間を見捨てるような者だったのか」

「もしかして、おまえたち。俺ではなくあいつらの命を狙っていたのか」


 質問返しは呆れ返っている。

 一本取ってやったとする暗殺者の優越は、もはやどこかへ吹き飛んだ。


「闘神と呼ばれる相手に敵わなければ、周囲の力を削ぐという依頼は納得できるものだ。ユリウス・ラスボーンの暗殺なら断るが、その婚約者や配下の者たちならば……」


 はぁー、とユリウスが言葉を遮るほどの大きなため息を吐いた。

 押し黙る暗殺者である。嘆かわしいとする意志を感じ取ったからだ。

 現に目前の剣先が、ぐいっと僅かながら前へ押し出されてくる。


「もし王女じゃなくてプリムラを暗殺するなどと言わなければ、首など刎ねなかっただろう。おまえらは状況を見誤りすぎる」


 苦りきった声に、暗殺者は叫ばずにいられない。


「配下の者たちが無事だと思うのか。数は五十を下らないぞ」

「それだけの命が失われたということだぞ、それは。セネカから昨晩の戦闘について聞いていないのか!」


 あまりの迫力に、暗殺者はうなずいてしまう。


 なんと……、とユリウスが無念とする顔をした。


「あいつらが『四天(してん)』などと呼ばれているのは、知っているか」

「も、もちろん。勇将だとわかっている。だが闘神を抜きとすれば、戦力はかなり劣るはず」

「四天の意味する点についてはどうだ」

「四天王の略ではないのか」


 すっかり暗殺者は下手となっている。


 まったく、とユリウスの顔は虚しいとする風を吹かせていた。


「元は帝国の戦闘記録官が記した一節から発している。あいつら四人で戦った様子を『死を司る天使たち』と表現されてな。当人たちが小っ恥ずかしいとして、どこでどう変わったから知れんが、現在の四に落ち着いただけだ」

「つ、つまり、それは……」


 ごくりと暗殺者は唾を飲み込む。自分らが大変な勘違いをしていた事実は心身共に渇かしていく。


「元は『死』の『天使』だからな。あいつら、俺がいないと敵に容赦ないんだ。生かして帰すなど、絶対にしない連中だぞ」 


 がさがさ、と派手に長草をかき分ける音がした。


 ユリウスとプリムラに、剣先を額に付けた暗殺者の視線が向く。


 人影があった。

 三人には見覚えがある女性である。

 ならばとユリウスが能天気なほど明るく呼びかけた。


「おぅ、セネカではないか。なんだか、ずいぶんな格好をしているな」


 いきなり現れたセネカは言われた通りの有り様をしていた。

 頭から被ったように全身は血まみれだ。顔は赤で染めていても、青ざめた素肌が透けてくるようだ。本来は妖艶とする美女なのだが、ずたぼろすぎて見すぼらしい。


「なによー、あれぇー。冗談じゃないわよ」


 どうやら口の廻りは普段なままのようである。


 はっはっは! とユリウスは笑う。


「おい、セネカ。皇都での戦闘を見て、どうにかなると思ったのか」

「思ったわよ。闘神(とうしん)がいなければ、あの程度なら何とかなるって。ところが、なによ、あれ。ユリウス・ラスボーンがいないとあの四人、あんなにエグくなるわけ。すっかり騙されたわよ」

「俺もいちおうあいつらには、やりすぎるなよ、とは言っているんだがな。俺ほど強くないから容赦したらやられる、と言われたら、黙るしかないわけだ」


 諦めろとユリウスが言っている。


 女暗殺者が聞き入れるはずもない。ふんっとセネカは酷い有り様にあっても強気に鼻を鳴らす。


「しょうがないわね。ここはゼノンに引き受けてもらって、あたしは逃げるわよ」

「仲間を見捨てて、逃げるのか」

「アサシンに仲間もなにもないわよ。それより情報が欲しい闘神としては、捕縛するなら距離のあるあたしより、剣の先で動けない方が確実だってわかっているでしょ」


 その通りだから、ユリウスは苦笑するほかない。

 それじゃね、とセネカが去りかける。

 するとユリウスが豪快に気安くだ。


「おぅ、セネカ。また会おう」

「冗談じゃないわ。できれば二度と関わりたくないわよ」

「いや、もしかして今すぐとなりそうだぞ」


 ユリウスの謎かけにセネカは無視を決め込んだ。下手な反応で時間を取られてこそ、相手の思う壺とした。

 直後に確信あっての発言だと思い知らされた。 


 逃さないよ、と空から声が降ってきた。


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