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20.漢は滝壺で語らう⑤(情報は大事である)

 夜べの虫が奏でる情熱的な鳴き声は無粋な侵入者によって追いやられた。


 出てこい、とユリウスの要請に姿を現す。


 頭の先から足のつま先まで黒で覆う者たちだ。

 七人いる。


 プリムラを片腕に抱えるユリウスを、ぐるり取り囲んでいた。


「どうやらセネカと共にある手合いらしいな」


 グネルス皇国で襲撃してきた暗殺者集団と同じ格好をしている。


 ユリウスの正面にいる黒づくめから声がした。


「剣を置いて、大人しく投降すれば、おまえの命は助けてやる」

「おまえとする言い方が気になるぞ」

「我々の目的はハナナ王国第八王女の命だ。プリムラ・カヴィルを置いて……」


 暗殺者が言い切らないうちだった。


 はっはっは! と相手の台詞を遮る高笑いが起こった。

 もちろん主はユリウスである。


 当然ながら黒づくめの暗殺者は「なにが可笑しい」となる。


「アサシンとは横のつながりが弱いと聞いていたが、まさにその通りだったな」


 笑いを収めたユリウスは、ふむふむと独り合点している。噂で聞く闘神(とうしん)とする姿はなく、熊かゴリラがのんびり佇んでいる感じだ。

 そんな妙なユルさが暗殺者にすれば不気味である。


「なにが言いたい、ユリウス・ラスボーン」

「なんだ、俺を知っているのか。なら噂に聞いているだろう」

「婚約を三回、破棄されたことか!」


 暗殺者の返答が、一気に空気を変えていく。

 緊迫の中でも漂う余裕から、どんより重いものへ。


 落ち込みが露わなユリウスは左腕に抱くプリムラへ視線を向ける。腹の底から声を搾り出す。


「すまない、王女じゃなくてプリムラ。どうやら俺の醜聞は裏の世界にまで広まっているようだ。世界の隅々まで恥ずかしい婚約者を持った女性と噂されているに違いない」


 ユリウスさま、とプリムラが畏まった。


「武力を生業にする者ならば、闘神と呼ばれるほどの人物を注視しないはずがありません。むしろ暗殺者だからこそ、ユリウスさまの詳細を知っていると思われます」

「そうか、そうだな。さすがだ、王女じゃなくてプリムラは」


 ぱっと顔だけでなく全身を輝かせるようなユリウスは敵へ向き直った。


「そうか、そういうことだったんだな。アサシンならば、俺の婚約破棄くらい知っていて当然だったんだな」

「そんなこと、我らでなくても誰でも知ってるわ!」


 面倒を感じた暗殺者が叫んだ。


 言わなければ良かったとする事態が程なくしてやってきた。 


 すぅと音を立てていそうなほどユリウスの顔から血の気が引いていく。見る者からすれば、何やらヤバい雰囲気を漂わせてくる。


「俺は男としてダメだ、ダメダメなヤツだ。おまえらに言われなくてもわかっている」


 暗殺者からすれば、そんなことは一言も言っていない。黒布で隠していても困惑が透けてくるようだ。返す言葉が浮かんでこなければ、続くユリウスの言を聞くのみである。


「男として不甲斐ない限りだからこそだ。俺は守る。婚約者を、王女じゃないプリムラは絶対に命へ換えてでも守る。だから、おまえたちはダメだ」

「なにをダメとする」


 名指しに相当する否定には、さすがの暗殺者も反応した。

 すぐに動揺することとなる。


 プリムラを抱くユリウスが持つ大剣を正面へ突き出す。剣先が暗殺者へ狙いを定める。


「俺は出来るなら負傷程度で止めたいと思っている。だが王女じゃなくてプリムラの命を狙うときたら、容赦はしない」

「勝てるというのか。鎧どころか裸の状態で片手に女を抱えながら、相手は七人だ。どうやら闘神は女が関係すると正常な判断をつけられなくなるという噂は真実だったようだ」


 答えた暗殺者は嘲笑した。ようやく本来の仕事を執行する雰囲気になっていく。

 それはユリウスのほうも、と言える。やれやれとばかりに口を開く。


「やはりおまえらアサシンは集団を作っていても個人が先行するようだな」

「隊列を組まないと戦えない騎兵と違って、こちらは個人で戦果を挙げなければならない厳しい世界だからな」

「俺が問題視しているのは個々の戦闘力についてではない」 


 何が言いたい? と訊き返す暗殺者の声は低い。


「おまえら聞いていないのか、セネカから。あいつ、仲間だろう」

「我らの仲間とする概念は、そちらのような甘いものではない」

「俺が言う仲間とは互いの意思疎通を怠らない間柄について指すものだ。情報がないことが自分だけではない、仲間の死へつながることもあるからな」


 刀を構え直す暗殺者は返事をしない。思い当たる節があるのだろう。

 取り囲む他の暗殺者たちも一斉に戦闘態勢へ入っていく。

 けれどもユリウスは、さらにゆったりした様子を見せてくる。


「おまえたちはセネカから、昨晩の俺の戦いについて聞いておくべきだった。聞いていれば、これでは危険だと判断しただろうな」

「なにを言っている!」


 正面の暗殺者が怒鳴った。ついではなく、不安と焦燥に駆られたゆえだ。


 ふっとユリウスは口許を緩めた。


「七人か……足りないな、俺に向かってくる数としては」


 皇都の襲撃において暗殺者の数は十人を擁していた。

 それがユリウスにかすり傷の一つも負わさせられず、一閃の下に斬り捨てられている。

 今晩はそれより数を減らしていれば、襲撃者はプリムラを興奮させるためのアイテムでしかなかった。

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