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19.漢は滝壺で語らう④(幸いにも二人だけでとなる)

 あいつら……、とユリウスが小さく呟いた。


 聞き咎めたプリムラが「どうしましたか」と尋ねれば、苦笑で返される。


「少し頑張ってもらおう。でもこれで王女とだけになるから、良しとするか」


 なにやらユリウスが意味深である。

 けれどもプリムラとしては嬉しくなる。落ち込みから抜け出た感じになった。


「王女……ではなく、プリムラ。ああそうだ、そうだとも。もう距離を置くようなことをしている場合じゃないな。なんだか、そのぉ……すまない」

「ユリウスさまの謝罪がわたくしに複数の妃を持つ許可を求めてでいらっしゃるならば、名前で呼んでもらえることで充分な引き換えとなります」


 すっかり覚悟は出来ている。そうプリムラは優しい微笑みで伝えてくる。

 もっとも相手はユリウスだ。そう素直にいかない。


「王女じゃない、プリムラ。名前を呼ぶくらいで感謝などしてはダメだ。むしろ特別だから呼び捨てできなかっただけだからな。なんともない相手なら呼び捨てる、それが俺なんだ」


 そういえば、とプリムラは昨夜を思い出す。

 大陸で第三の規模を誇る皇国の最高位たる人物を、名前で呼び捨てていた。同じ女性へ想いを寄せた共感からもあるだろうが、やはりユリウス以外には難しい芸当だろう。その時の場面を頭に浮かべば、可笑しさが堪えられない。


 ふふふ、とプリムラの思い出し笑いを、ユリウスは了解と取った。


「なかなかな、こうなんて言うか。意識すればするほど名前で呼ぶ難しさを、王女じゃなくてプリムラから教わった俺なんだ」

「そんなふうに思っていただけるだけで、わたくし、とても幸せです」

「だからこそだ。俺はやっぱり妃とする話しは断ろうと思う」


 右手を握り締めてまでするユリウスの力説に、プリムラはとても嬉しい。だからこそ却って王女とした一面が出てしまう。


「しかし、わたくしは亜人(あじん)とされる方々の不安もわかります。いくらユリウスさまとはいえ、帝国に所属していた人間を何もなしでの支持は難しいでしょう。見え見えだとしても政略婚が取り敢えずの信用には一番かと思われます」

「だからといって各種族から一人づつだとしたら、何人になる?」


 自ら上げた疑問にユリウスは拳を開き指を折り出す。エルフとドワーフと……、と声に出したところで止まる。魚人がいたか、と捻り出した以上が続かない。片手の指が余っている。


「つまり王女じゃなくてプリムラがいるのに他の婚約者など持てるか、という話しなんだ」


 結局は一歩も進まない話しで終わっていた。


 ユリウスさま、とプリムラがちょっと可笑しそうに指摘する。


「アーゼクス様がいらっしゃる龍人(りゅうじん)族をお忘れではありませんか」


 すっかり忘れていたとする反応を予想していたプリムラだから驚いた。


 そうだ、そうだとも! とユリウスが全身を輝かせるように叫ぶ。


「さすがだ、王女じゃなくてプリムラのおかげで、俺はこれからどうすればいいか、思いついたぞ」


 なにやら答えを見つけ出したらしい。何をどう捉えて導きだしたか、いきなりもいいところである。聡明なプリムラでも訊く以外に確かめる術が思いつかない。


「ユリウスさま。それは一体どういう……」


 最後まで尋ねきれなかったのは、解答が上がったからである。


 数えることをやめたユリウスの右手が再び握られた。腕ごと上空へ突き出されれば、高らかに唱えてくる。


「誠実だ。誠実をもって事情を説明しよう」

「……誠実、ですか?」

「そうだ、誠実だ。龍人には誠実のおかげで、お互いを分かり合えたではないか。俺はすっかり失念していたぞ」


 誠実さで龍人族と友好を結べたわけではない。その点をプリムラが気づかないはずもない。ただ悪友の面もある四天(してん)の四人と違い婚約者であれば、人物評はかなり甘くなる。指摘しないどころか、ユリウスなら出来そうな気になってくる。


 どちらにしろ、一度は亜人それぞれの部族へ訪れなければならなくなっている。


「そうですね、ユリウスさま。誠実です」


 後押しを投げた。

 ヨシッと答えを見つけたユリウスからは力が溢れ出てくるようだ。

 良かった、と思わずプリムラが口にした、その時だった。


 太い左腕が伸びてくる。


 えっ? となるプリムラは抱きすくめられていた。

 しかも立ち上がった際に肩へ引っ掛けていた布が飛んだに違いない。

 腰巻だけとなったユリウスの腕の中とくる。

 裸の胸は傷だらけでながら、肌質はすべすべである。 


 顔を押しつければ、プリムラの赤面は全身へ渡っていく。

 うっひゃー、と変な声まで出てしまう。

 気分は最高潮に達していた。

 このまま初めての口づけに、いやそれ以上の婚前交渉へ、と動悸が高まっていく。


 ふと目に入らなければ、ツバキに頭を叩かれそうな言葉を口走っていたかもしれない。


 プリムラのすみれ色した瞳は映し出していた。

 ユリウスの右手は手ぶらでなくなっている。

 戦闘に必須とする武器が握られていた。


「いるのはわかっている。出てきたらどうだ」


 大剣を掲げたユリウスがまだ姿を見せない敵へ言い放つ。


 今度は左腕にあるプリムラがしゃんとする番だった。

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