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17.漢は滝壺で語らう②(姫は四人の覚悟を見ている)

 りぃりぃりぃ……。

 季節の虫は求愛で鳴いている。

 優しげに響くだけの理由はあるのだ。

 生きとし生けるものには、手段はさまざまなれど、感情は宿る。


 大雑把そうな騎士でも感傷的になる舞台が整っていた。


 二人岸辺にある岩へ並んで腰掛けていた。プリムラの軽装はともかく、ユリウスは拭き布を肩へ引っ掛けているだけである。露出が多いどきどきものの格好だが、今夜は緊迫感が押していた。


「俺は戦うしか能のない男だ。ただエルフやドワーフが大変な目に遭いそうだから何とかしたいと思っただけ……本当にそれだけなんだ。だから王女……婚約者やあいつらを付き合わせてしまった後悔が今さらながら過ぎってしまう」

「だからこそかもしれません。ずっと一緒にいたイザーク様ら四人です。ユリウス様が後ろめたさを感じているのに気づき、気持ちを表明したとしてもおかしくありません」


 なるほど、とユリウスの素直な返事だ。


 少し落ち着く様子が窺えれば、プリムラは相手が相手である。とても嬉しい。


 何であれプリムラの喜びが伝わってくれば、ユリウスは幸せだ。

 答えの出口は見えずとも、気持ちは多少なりとも持ち直してくる。

 深刻へ陥っていた際よりも、考えは巡るようになる。 

 

「あいつらなりの気遣いか。うん、そうだな。そう思えば合点がゆく」


 エルフとドワーフの部族長それぞれが妃を差し出す、とする話しが持ち出された直後だった。


 四天(してん)の四人が片膝を着き頭を垂れて、恭順の意を示す。我らの王、とまで言う。 

     

 しばしユリウスは固まったものの、一笑に付した。バカバカしい、と呆れては、お前らふざけすぎだぞ、と笑って返す。その手に乗らんと胸を張った態度を取った。

 イザークの上げた顔を見るまでは。


「ユリウスだってわかっているはずだ。私やアル、ベル、ヨシツネは、おまえに付いてきた。帝国ではない、ユリウス・ラスボーン、その人物に従ってきただけだ」


 名前が出た三人も顔を上げた。

 揃って同じ表情ときている。

 本気だと知れる。

 もはや冗談などと笑い飛ばせない。


 それからユリウスはしばらく一人にして欲しいと告げた。滝に打たれてくる、と行き先を言い残す。

 どうやら道中で見つけていたらしい。


 会談の広場に残された者たちは当初、いくらでも待つつもりだった。

 気が済むまで滝行をすればいい。


「むしろ過酷な修行をしていたほうが考えは早くまとまるかもしれません」


 ドワーフの長フンギが述べる実直な意見に、エルフの長マゴルがうなずいている。


 ユリウスを知る者たちは、この発言で気づいてしまう。


「まずいね、これじゃユリウス団長。ずっと滝に打たれたまんまになるかもね」


 ちょっと困ったようなベルの指摘に、プリムラを始めとする客人たちは納得の色を浮かべた。

 当然ながらフンギが疑問を口にしてすれば、ベルはちょっと肩をすくめつつだ。


「滝なんかに打たれたって、なんともないんだから、うちのユリウス団長は。だから、いつまでも考えていそう」


 でもあそこの高さは! とフンギが信じられない様子だ。通常の滝行はきつくて五十メートルに届くかどうかだが、ユリウスが向かった先は優に百は超えている。せめて千は欲しいですねぇ〜、とヨシツネが言ってくる。それでは大瀑布じゃありませんか! と今度こそ驚愕あまりに大きな声が出てしまう。

 からかっているわけではないことは他の顔から知れた。


 凄い方ですな、とエルフの長マゴルが垂れ下がった瞼に覆われた目を向ける。

 視線を受けたユリウス一行のうち、背の高さが際立つイザークが応じた。


「私たちはユリウスに身体能力だけでなく人間性にも信用を置いてます。もっとも後者においては本人が鈍感なせいで、いささか苦労させられる場合は多いですが」

「ほほぉー、貴方がたは闘神と呼ばれるほどの上官だから、その下に就いているわけではない、と」

「ええ、むしろ我々はユリウスの人柄にこそ、としています。ですからあいつが戦士として使い物にならなくなったら、命懸けで守るつもりです」


 大袈裟と口にする者はいない。覚悟のほどは四天と呼ばれる四人から伝わってくる。


 面前にあっても見え難いマゴルの目が一瞬、光ったようだ。


「それはユリウス様の武力に頼ろうとしている我らエルフやドワーフへ対する皮肉ですか」

「まるきりないとは言いません。けれども……」

「けれども?」

「我々四人は以前から野望を抱いておりました。ユリウス・ラスボーンという(おとこ)を、王もしくはそれに匹敵する地位まで押し上げる。理由は各自それぞれであれど、最終的な目的は合致しています」 


 ふぉっふぉっふぉ! マゴルは独特な笑い声を立てた。馴れない耳には奇矯で響くも、機嫌は悪くないように聞こえる。いやいや失礼、と笑いを収めた後は機嫌いいのがはっきりわかる。イザーク殿とお呼びしていいですかな、と許可を求めてきた。


 無論、とイザークは返す。


 ではイザーク殿、とマゴルは始める。


「我らは貴方がた四人に貸しを一つということで、よろしいですかな」

「それはどういうわけでしょうか」

「我らの申し出は、ユリウス様を王としたい貴方がたの思惑が踏み出す契機になったではありませんか」

「ちょっとその考えは牽強附会がすぎませんか」


 苦笑を湛えてのイザークは本心も混じっている。


「そうですな。ただ貸しつけるだけなら、イザーク殿の言う通りです。ならば我らも借り受けたいのです、ユリウス様と共にある貴方がたの力を。そのためなら差し出します。それが我らの愛き者であっても」


 決意はユリウスに随行した者だけではなく、迎え入れた側も持っていた。


 この一連の流れをプリムラは見ていた。

 ユリウスに四天の四人の決意については伝えやすかった。

 部族長たちの決意については心中複雑と成らざるを得なかった。


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