13.漢、森をゆく②(空気は悪いままとなる)
例のごとくとするユリウスの落ち込み方だった。
四天ら仲間内ならば放っておいてもいい。
案内のエルフたちは初対面である。わざわざ休息の場を設けてくれた。
これから大切かつ重要な会談を行う予定である。
あまり早い段階から、おかしな集団とする印象は避けたい。
普段なら常識を体現するはずのイザークはユリウス側にいる。
エルフと人間のハーフとする出生ゆえか、ベルもいつになく積極性に欠けている。
ヨシツネは自分の発言が事を荒立てる可能性の高いことを自覚している。口を閉ざすとまではいかないものの、ここはまず最善が取れそうな人物に任せたい。
姫、とアルフォンスが呼ぶ。顎髭を撫でる仕草は癖だが、顔つきで訴えた。
プリムラは察し、隣りの大きな背へそっと手を当てた。
「ユリウスさま、旅は始まったばかりです。そう思い詰めないでください。況してや過去の出来事などに気を病まないでください。わたくしがこうしておそばにいられるのは婚約が頓挫してきたおかげなのですから」
「そうだ、そうだったんだ。本当に迷惑をかけたのは、三回も破棄された男へ嫁ぐはめになった王女こそだった。せめて俺はなんでも打ち明ける正直な婚約者がいたい」
「あまり無理をなさらなくていいのですよ」
「いや、ブサイクな真似を仕出かしてきた俺がここで甘えていては婚約者として失格だろう。当人たちには申し訳ないが、王女には思いつきだって隠し立てしてはならないのだ」
言うんだね、とベルがやれやれとしている。
別に大したことじゃないんじゃねーの、とヨシツネが意識しての投げやりな反応を見せる。
このたびは二人の意見をユリウスは聞き咎めた。
「言っておくがな、ベルやヨシツネが思いつかなったことだぞ。よぉーく聞くがいい」
なにやら勿体ぶってくる。
では聞きましょ、とヨシツネが答え、ベルが傍でうなずいている。
ほぉっほっほ、とアルフォンスは愉しそうに笑い、イザークがようやく元の位置へ座る。
プリムラやツバキに、シルフィーやグレイを始めとするエルフ一行も固唾を飲んだ。
誰もがユリウスの閃きが披露をされるのを待つ。
身構えた聴衆へ闘神の名を欲しいままにする漢が朗々とした声を響かせた。
己の思いつきを聞かせた。
そして休息場の空気は悪くなった。
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ユリウスは汗をかいていた。
戦場では決してかいたことがない類いの、油の一語を乗せた汗を額へ浮かべている。
「そ、そうなのか。す、すまない。なんというか、俺は……そう、デリカシーのない男だからな」
グネルス皇国のカナン皇王へ連発していた決め台詞を口にする。
別に怒ってないから、と返事するグレイは大虎に跨がり先導の役目を担う。見せる背が、表情よりも感情を表している。どう見ても強い憤りが感じられる。
「まったく。今度の婚約者と確かな仲を築けたからと言って、男女についてわかった口を叩くのなど、早計も甚だしい。女性に疎い本来の気質を改めて自覚して欲しいところだな」
並び歩くイザークが元の立場を取り戻したかのように意見してくる。
四天の他三人にすれば、ここぞとばかり出てきた感じに苦笑を禁じ得ない。
うちヨシツネが大人気ないとする気持ちから口を開く。
「でも副長もこの頃は、虎のお嬢に言われても仕方がないくらい気持ち悪さが増してますからねぇー」
「そんなわけはない。あるわけないだろ」
一瞬にして動揺へ陥ったイザークは、あろうことか前へ行く。微妙な関係は依然として続いているにも関わらず先頭へ追いついた。
「キミの私に対する誤解は正せたよな。そうだよな」
眉間を寄せたグレイが隣りへ向く。乗る虎の大きさがたいていの人間を見降ろす形にするが、頭抜けて高身長を誇る相手だから交わす視線は同線に近い。だからこそ余計ムキにさせたか。おまえさー、とぞんざいに呼びつける。
ここでイザークは前髪をかきあげた。ふっと笑って見せたりもする。
「私はイザーク・シュミテット。キミならば、イザークと呼んでもらってかまわない」
後ろで事の次第を眺めていたヨシツネとベルはなんとも微妙な顔つきをしていた。あーあ、やっちゃってるよ、とでも言いたそうである。
ほぉっほっほ、とアルフォンスは顎髭を撫でながら笑っている。
ユリウスと言えば、横のプリムラへ屈み、囁く。
「やっぱり俺は間違っていないように思えるんだが」
キモチワルイゾ! とグレイの大声が届けられていた。
そうですね、とプリムラが少し考え込んだ後だ。
「少なくともグレイ様は……」
途中で切れた返答だったから、ユリウスは心配だ。どうした、王女? と尋ねる傍へ、長い髪をなびかせてシルフィーがやってきた。うふふ、と何やら意味有りげに笑っては言う。
「グレイの本心は我らの長に会っていただければ判明するお話しが出てきますよ」
そうなのか、とユリウスは返事した。解答は先送りでかまわないとしている。
隣りのプリムラはある予想が湧いてきている。自ら運ぶ足に力が入るほど、動揺の波紋が胸裏に広がっていた。