12.漢、森をゆく①(空気が悪くなる)
エルフの部族長と会談する場所は森の奥深くにあるそうだ。
樹々が支配する土地ゆえ馬車を走らせられるような道はない。
馬車を持たない森の国において移動は徒歩しかない。
休憩を挟まなければならない距離であった。
案内するエルフ達は心得ていて、座れる岩が設置された地点で足を止めた。焚き火を起こし、ユリウス一行へ席を勧める。暖かな飲み物をふるまう。
シルフィーがまだ先は長いことを告げ、長き行程に謝罪をしてくる。
部族長の安全を顧みれば当然だ、とユリウスは回答するだけではない。はっはっは、と豪快でほがらかな笑いも立てる。出会い始めとする両者の緊張をほぐしていく。
これから穏やかな談笑が始まる、と思いきやだ。
「私から、ぜひ取り上げていただきたい懸案がある!」
木製カップを片手にイザークがいきなり立ち上がった。エルフらを含めても目立つ長身である。急とする行動はそびえるような印象をより与えてくる。今日が初対面のシルフィーにすれば、息巻く長身に圧を感じている様子だ。
ヨシツネはこういうことに察しがいい。
「なんすか副長。団長みたく脈絡ない言動は案内してくれる人たちを驚かすからやめてくださいよ」
冗談めかしているがけっこう真剣に訴えているさまは汲み取れた。
一方ユリウスは自覚がない申し立てをしてくる。。
「俺はいきなり変なことなんか言わないぞ」
たぶん放っておいたら、いつもながらに脈絡がなくなる。引き締め役のイザークが当事者になっていれば、残りの二人は託された役目を実行に移すしかない。
まぁまぁ、とベルがなだめ、アルフォンスは思い立ったかのように別の話題を振る。
「そういえば、いつの間にやら例の三人がいないのぉ」
ニンジャについての言及であれば、答える者は侍女のツバキとなる。面倒そうな者たちから会話の主導権を奪う、なかなか良い機転になるはずだった。
「私は気がついていたぞ!」
変にイザークが出張ってきた。当然ながらあまり好意的に迎えられない。
敵意を持つ者が真っ先に反応を示した。
「なら、どうして今まで黙っていたのさ。気味が悪いんだけど」
ちょこんと大虎アムールに座るグレイは声も態度も険しい。
通常のイザークなら相手の意を読み遠慮も視野に入れる。今回は我が意を得たとばかり、ふっと笑みを浮かべ前髪をかき上げる。
「これは私個人に限る話しだ。皆とするには忍びない」
座る大虎の背中を撫でながらグレイが断じる。
「じゃ、言わなければいいじゃん」
「口にしなければ誤解されたままだろう。それはそれで私個人として良しとするわけにいかない」
「なにか誤解されていることなんてあったっけ?」
はっきりグレイが解らないとしている。
困ったものだとイザークは肩をすくめた。
「キミがそれを言うのか。私を誤解している者とは、大虎をまたがり夜闇を疾駆するエルフの美少女、つまりグレイと呼ばれるキミのことなんだ」
言い切っては、笑みを作っている。いわゆるキメ顔をしてきた。
格好がつけば絵になるが、つかなければ滑稽でしかない。
このたびは後者に相当した。
「おまえ、ホント気持ち悪いよな」
グレイのしかめ面が心底からの感想だとわかる。
もう大慌てでイザークは叫ぶ。
「なぜ、なぜだ。たいていの貴族令嬢はこれで素敵となるはずだが」
「こっちから言わせてもらえば、貴族のお嬢の感性がおかしいよ。まぁ、ろくでもない連中にはウケるのかとしか、ボクは思わない」
グレイの言には一片の曇りもない。
なんということだ、とイザークの膝が折れていく。私の魅力は悪趣味な連中にしか通用しないというわけだったのか、と独語付きで地面へ崩れ落ちた。
「これでも僕らのなかじゃ、智将と呼ばれているんだよ」
フォローを急ぐあまりベルが気遣いつもりのダメ押しをしている。
四天の残り二人でさえ、今回は苦笑している。
道案内で同行するエルフにすれば笑っては失礼に当たるような気がする。言葉なく互いの顔を見合わせている。大陸最強の戦闘集団と聞き及んでいたから、印象の落差に途惑っているようだ。
会話の外にいたヨシツネは自分らの評判を落としてはならないと思う。これからエルフ部族長と大事な会談が待っている。砕けすぎは考えものだ。
その矢先だった。
わかったぞー! といきなりユリウスが雄叫びを上げてきた。
ヨシツネにすれば、しばらく慎重を期したかった。それを台無しされたようなものである。口を開けば提案から文句へ変わっていた。
「勘弁してくださいよぉ〜、ただでさえ団長の影響で副長が変人化して、案内してくれるエルフの方々がダダ引きしているじゃないですか」
私はユリウスの影響など受けていない、と落ち込んでいたはずのイザークが主張してきた。どうやらかなり聞き捨てならない話しだったらしい。
もちろんユリウスであるから僚友の言動など無視して、ドンッと胸を叩く。
「安心しろ、ヨシツネ。急に声を上げてしまった無礼は反省するところだが、俺が気づいてしまったことを聞けば、誰もがきっと納得してもらえるだろう」
「他の者がわからなくて、団長だけが何か気づいたことがあるってわけですかぁ〜」
ヨシツネの口調は、まったく信用をしていないとする本音を隠していない。
閃いた自説にユリウスは他者の異議など汲み取らない。
「そうだ、おれは気づいてしまった。だがここで言っていいものか、俺は思案中だ」
えー! となったのはヨシツネに限らない。
「そこまで話しておきながら、言えないでくる? ユリウス団長、それはないよ」
ベルの嘆きはここいる者たちの総意と認めたからこそだろう。
難しい顔でユリウスは胸の前で腕を組み考え込む。深刻より愛嬌さを感じさせるポーズで重々しく口を開く。
「俺の思いつきは繊細な感情に触れるものなんだ。特に男女関係について慎重になる俺だ。ここに婚約を三回も破棄された者なんて、いないだろう」
そう言って見渡す先は案内役のエルフが四人いる。
シルフィーを除く三人は、壮年と思しき男性である。いい大人たちである。揃って困り果てている様子を有り有りと見せてくる。
ユリウス団長、とベルが始めた。
「他の亜人よりマシとはいえ、人間に比べれば出生率がとても低いエルフだよ。結婚の約束までしたら間違いなく実行されるってば」
「いやいや、人間同士だって婚約すれば破棄なんて普通されねーよ」
意識してかは不明だが、ヨシツネがトドメの一撃を発する。
うおぉおお、と小さく叫ぶユリウスは頭を抱える。先ほどのイザークに負けない、どんよりとした気を放ってくる。
おかげで休息はユリウスの言いかけを引き出すことへ腐心するとなった。
しかも引き出せば引き出したで空気が悪くなってしまった。