11.漢の渡航⑤(到着しました)
プリムラの目は吊り上がり、黄金の髪は逆立つようだ。
ユリウスたちを乗せた船が樹々の影に揺れる岸の窪みへ入れた途端だった。
「ユリウスさぁまー」
その名が呼ばれた。歓喜溢れ返っている。
なんだ? と分かれて船に乗っていた者も含めて視線が一斉に向く。
「おぅー、シルフィーではないか。健康満点みたいで何よりだ」
ユリウスの返答が顔見知りだと教えてくる。ニンジャの男子二人は誰であるか思い当たっていた。
他の者にとっては、特に肝心な婚約者は知らない女だ。
誰なのですか? とプリムラの口調には、やや険が含まれていたかもしれない。波止場を走ってくるエルフの女性は好感を抱いている。同じくとする気持ちだから見ただけでわかる。
「ああ、彼女はだな……」
船上でユリウスが立ち上がったところへ飛んできた。
エルフの女性は大胆だった。屈強なユリウスでなければ受け止めきれず川へ落ちていただろう。だが足元は不安定な船上なれば、大きく揺らいだ。
「危ないぞ、シルフィー」
落とさないようユリウスは名を呼んだ相手をしっかり抱きしめた。
こうしてプリムラは怒髪天を衝くはめと相成る。
ただ直ぐ傍にいるツバキが「あの女、殺しますか」と囁いてくるから感情任せでいられない。長年の付き合いで冗談でないことがわかるし、立場もある。
なによりグレイが厳しく諌めてくれた。
「シルフィー姉さん、不作法がすぎますよ。プリムラ・カヴィル王女という婚約者の目前であることも含め目に余ります」
プリムラだけでなくツバキの感情を鎮めていく。
さらにシルフィーが指摘の正しさを素直に認めた。逞しい腕から降りるなり、慌ててプリムラへ頭を下げてくる。
「部族長マゴルの孫娘シルフィーが婚約者様の前で考えなしの行動に走ったことを、どうかお許しください。以後、感情任せな行動へ走らぬよう肝に銘じます」
慇懃な謝罪に、プリムラは第八とはいえ王女である。外面を取り繕い、気にしない態度と返事をする。いつまでも怒っていられない。
「ところでシルフィー。グレイから聞いたが眠れるようになったか?」
ユリウスが自分が知らないところでされていた会話へ注意も向く。
もう大丈夫です、とシルフィーが答える表情に影が差すのを見逃さない。
挨拶を一通り交わせば、さっそくだ。
迎えのエルフたちに先導されてユリウス一行は森の中へ歩きだす。
少し進んだ先でプリムラは、ちょんちょんと横を歩くユリウスの腰へ人差し指で突く。
どうした、王女? と足を止めず屈んでくる。こっそり話しがしたいことを察してくれて、左耳を差し出してくる。
こういうところがプリムラはとても嬉しい。こそこそといった感じで口許を手で隠して訊く。どうしてユリウスがシルフィーに睡眠を取れているかどうか確認したか、と。
すると今度はユリウスが口許を手で隠す番となった。
阿吽の呼吸でプリムラが右耳を向ける。
「先だってな、騙された連中に乱暴されかけてな。その時のことが目を瞑ると甦るらしい」
それ以上の説明は必要なかった。
そうだったんですか、とプリムラは小声で返す。前を行くシルフィーの背を見つめた。
きっと助けてくれたユリウスを心の支えにしてきたのだろう。
自分もそうだから、よくわかる。
わかるなんて悠長に構えていられない提案が待ち受けているなど、まだこの時点では想像していなかった。