6.漢のちょっと昔話⑥(また会おう)
泣きそうな声でドワーフ兄妹が名前を呼んでくる。
「大丈夫だ、また会える。だからそれまで母上を失った父上を支えるんだ、おまえたち兄妹がだぞ」
破顔したユリウスが幼き二つの頭を撫でている。
シルフィーはこれ以上ないほど優しい目をもって近づく。
「ユリウス様は誰とでもすぐ仲良しになられるのですね」
「なになに。婚約破棄を三回もされるように妙齢の女性からのウケは悪いぞ。代わりに子供と動物には好かれやすいようだ」
はっはっは! とユリウスは例の高笑いを挙げた。
不意に豪快とする響きが、ぴたり止んだ。
闘神と呼ばれるに相応しい無骨な手をほっそりした両手が包んだせいである。
「ユリウス様は素敵です。少なくとも私にとって最高の男性です」
両手を握り締めたシルフィーの瞳はしっとり濡れていた。
そ、そうか? とユリウスは照れ臭そうである。闘神と賛辞を送られる漢であるが、この手の褒めには慣れていない。ある意味、鈍いとも言える反応をしていた。
そろそろ行きますよ、とシルフが帰国準備を整えた旨を知らせてくる。
手を離したユリウスはサイゾウとハットリのニンジャ二人へ「頼んだぞ」と言って背を向けた。
「では、また会おう。それまで達者でいるんだぞ」
返却された甲冑を身に着けた後ろ姿で左手を掲げる。大きく横へ振って別れを示した。
ユリウス、またねー、とマギが叫ぶ。兄のブロイも妹に続いて、その名を呼んだ。
のっしのっしとユリウスが大股で歩んでいく。
のんびり進んでいるように映るが森の中へ消えていくまで、そう時間はかからなかった。見た感じよりずっと早いようだ。
熊かゴリラかとする愛嬌ある図体のユリウスが視界から消えるや否やだ。
サイゾウとハットリが目配せすれば、出立寸前のエルフ集団へ向かう。
最も年配に思えるシルフと娘のシルフィーの下へ近づくなりだ。
「悪いんだけど、ボクはユリウスを追わせてもらうよ」
ハットリのお伺いではなく決定事項だった。
シルフに驚く様子は全くない。
「わかりました。それに貴方だけではなくもう一人の方もユリウス様の下へ向かっていただいてけっこうです」
平然と受け答えしただけでなく、さらなる提案をしてくる。
ニンジャ二人が意表を突かれた顔で互いを見交わす。
「いや、一人だけとしておく。いちおう念のためだし、そっちに何かあっても困る」
サイゾウが語る内訳に、シルフがゆっくり首を振る。
「二人で向かっていただいてけっこうです。今回の黒幕はユリウス様の口を可能ならば塞ぎたく思っているでしょう。連中の今回の失敗は例の噂の尻尾を出したように思われます。だからユリウス様は早々に我々から離れ向かっていったのでしょう」
サイゾウだけでなくハットリもまた相手に呑まれていた。
ユリウスを前にしたシルフは人が好い気弱な壮年男性に映った。
ところが現在は一角の人物に思える。決断と決意を秘めた気概が見て取れるようだ。もし襲撃されたら今度は自分が身を挺してでも皆を逃がします、とまで言ってくる。
だからこそ出た結論をサイゾウが口にした。
「ユリウスなら大丈夫なはずだけど、いちおうさ。それに四天と呼ばれている配下の何人かが合流するみたいだし。それに任されておきながら、そっちに何かあったら、こっちが目覚め悪いよ」
「我々亜人の身を案じるというのですか、人間の貴方が」
ユリウスを想うあまりか、それとも元来から人間という種族に対する不審か。シルフが意外だとしてくる。
すでにハットリはいない。会話が終わる前にユリウスの後を追って消えていた。
ぽりぽり、サイゾウは頭をかいた。今は農民の子とする出立ちである。説得するための言葉を多少弄した。
「こっちから言わせてもらえば、別に人間も亜人も信用していない。所詮はどちらもヒトなんで。だけどユリウスはちょっと他とは違う、面倒臭い奴ではあるけれど、なんか違う。だからその頼み事をまるきり無碍にはしない」
サイゾウの言葉がエルフの長の息子へ、どう届いたか。
反応を見るより、別に対処すべき事態が起こった。
新たな人物が空からやってきたからである。
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以上、シルフィーがプリムラとツバキへ語り聞かせたユリウスとエルフ一向の邂逅となった事件の顛末である。
外は激しい吹雪である。時折、風の音が洞穴の奥で焚き火を囲む三人まで届くほどだ。じっとやり過ごすしかない状況であった。
暇を持て余せば、いかにも女子三人とする場になった。わちゃわちゃお話しが楽しいとする時間が持てた。
それに何より三人には共通の気掛かりとする人物が現れた。
名はレオナ。翼人でありユリウスの幼なじみでもある誠に厄介な存在であった。