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5.漢のちょっと昔話⑤(真実は辛い)

 ユリウスぅ〜、と抱きついてきた兄妹は幼かった。

 ぼさぼさ髪の小さな身体へ、はっはっは! と高笑いしながらユリウスは両腕を伸ばす。抱え上げれば、兄妹から笑みがこぼれ落ちてくる。


「おまえたちが教えてくれたおかげで、この者たちを助けられた。偉かったな」


 左右の肩へ乗せた兄妹へユリウスは交互に顔を向け褒めた。


 ユリウスがまず助けた者は、この幼きドワーフ兄妹だった。名前は兄がブロイ、妹はマギだそうだ。逃げていた二人を追う兵を蹴散らしたところで、傭兵と自称して暗躍するグノーシス兵の企みを子供ながら必死に伝えてくる。二人を逃す母から誰かに知らせるよう言付けられたそうである。それを幼い兄妹は守ったわけである。


 ユリウスが戦線から離脱すると同時にニンジャのハットリとサイゾウが供として付いていた。危急のエルフを救うべく、ドワーフ兄妹はサイゾウに任せて向かう。そして間に合った。


 目前に立つエルフ父娘がドワーフの兄妹へ感謝を述べた。

 本来はエルフとドワーフは距離を保つような関係性にある。ただ何となく気質が合わないといった曖昧な理由であれば争いまで発展しなかったが、交流は皆無に等しい。両種族が顔を合わせる珍しい機会となった。

 エルフ父娘は多少の意識していたかもしれない。

 ドワーフ側はまだ年端もいかない子供だ。屈託ない笑顔と、偉いだろとする顔をしていた。


 ほっこりの雰囲気は、しかし妹マギが尋ねるまでだった。


「ところで、ママは?」


 態度の異変は幼い兄妹でも感じ取れるほどだった。

 どうしたの? と不安いっぱいで兄のブロイが訊く。


「死んだ。グノーシスの連中にたぶん殺られたんだろう」


 躊躇なくハットリが答えれば、ドワーフ兄妹をここまで連れて来たサイゾウが「おいっ」と批難の一声を発する。


「しょうがないだろ、黙っていたって、いずれ知るんだし」


 ハットリの、敢えてぶっきらぼうにしているとした態度だ。

 咎めるサイゾウも間違っていない。

 わかっているからユリウスは本来ならプリムラのそばにあるべきを、こちらへ同行してくれたニンジャに申し訳なく感じる。


 すでに事情の大体は聞き出していた。


 小狡そうなグノーシス兵へ止めとばかりに大剣を掲げたら、最後とばかり足掻く。聞いてもいないのに、べらべら暗躍の内訳をしゃべりだす。

 エルフだけではない。ドワーフの確保も計画に入っていた。こちらはグノーシス側が優秀な鍛治技術者を支配下に置きたいとする目的だ。すでに拐っている部族長の妻と子供たちを人質にして脅迫をするつもりだったようである。


 その親子はどこにいる、とユリウスは質問ではない、命令をした。胸の内では不吉な雲が覆いだしている。もし先ほど助けたドワーフ兄妹が該当するならば、逃した母親が一人残されていたことを意味する。最悪は充分に考えられた。

 場所が告げられれば、ユリウスの視線上にハットリの姿が現れた。シルフィーら他の者に存在を気づかせないほど、ほんの一瞬だ。うなずく動作で確認を任せた。


 そして帰ってくれば「最悪」とする結果を報告された。


 妹のマギが一帯に響き渡る泣き声を上げた。

 ちくしょ、と兄のブロイも嗚咽している。

 ドワーフ兄妹は肩に抱えてくれる(おとこ)の頭へ顔を押し当てた。涙は止まらない。


 ユリウスはマギとブロイを抱え直して力強く言う。


「今は泣け、しっかり泣いておけ。その後は母を、立派だった母を忘れるな。おまえたちこそが、母にとって生きた証なのだからな。ずっと母を忘れるんじゃないぞ」


 幼きドワーフ兄妹が理解できたどうかはわからない。うなずいていたか、聞いていたかどうかさえも不明だ。


 ただ目前のエルフ父娘はユリウスの過去の一端を聞いている。闘神と呼ばれる人物がどんな想いで語られているか、想像せずにはいられない。娘のシルフィーはそっと目許を拭っていた。ようやく泣き声が小さくなれば、責任を持ってドワーフ兄妹を故郷へ戻す約束を親子揃って口にした。


「それは助かる。なにぶん俺は森や雪の国については明るくない」


 大陸の北東部に構えるエルフの『森の国』及びドワーフの『雪の国』それぞれが地域の特色を示すままの国家名となっている。人間が案内なしで足を踏み入れるにはきつい環境下にある。

 両種族の領土は、他国の者では簡単に踏み込めない複雑な土地であった。


 感謝を述べたユリウスは近くにいるサイゾウとハットリのニンジャ二人に国境まで護衛するよう言い渡した。


「ユリウス様は、どうなさるのですか?」


 まだ泣く兄妹を腕に抱えるユリウスへ、シルフィーが尋ねた。


「少しまだ確認したい所があるからな。それが済んだら帝国の陣営へ戻ろうと思う。勝手に戦線を離れているわけだしな」


 答えるだけではない。はっはっは! と豪快に笑ってもくる。


 急に父のシルフは難しい顔つきへなった。


「それなら戻るなど危険ではありませんか。戦場を離脱した騎兵には重い処罰が下されるのでしょう。下手すれば、命にかかわるくらいの厳しさだと聞き及んでいます」

「それにユリウス様が確認したいというのは、もしかして……」


 ぶるっとシルフィーが悪寒を走らせている。

 エルフ父娘が漂わす緊迫した気配が、ドワーフ兄妹に泣き声を止めさせた。ユリウスぅ、と妹のマギが不安そうに呼んでくる。


 大丈夫だ、とユリウスはそっと兄妹を降ろす。ふっと笑みを浮かべては相対す者たちを見渡した。


「俺は戻らねばならん。このまま行方をくらませたら、送り出してくれた部下……というより仲間に申し訳が立たん。それに帝都には帰りを待ってくれている婚約者がいる」


 するとシルフが懸念を湛えた目を向けてくる。


「ユリウス様の仰ることは充分に理解したうえで申し上げさせていただきます。帝国としては秘密裡に処理しなければいけない今回の一件を知った者を無事ですますでしょうか。周囲を想う気持ちに感服は致しますが、ご自身の安全もまた一考して欲しく思います」


 父親ではなく組織の官吏がする、まさしく提言であった。国家にも等しい部族の長の息子とする地位にある姿勢を示してくる。


 気持ちを変えたいとする意志に、しばしユリウスは黙り込んだ。

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