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3.漢のちょっと昔話③(絶対に許さんとする)

 大剣の先が鼻面へ迫っていた。


「ま、待ってくれ」


 手で止める仕草を取った小狡そうな自称『傭兵』は尻もちを着いていた。腰を抜かしているとも言い換え可能だ。


「待たせるだけの話しをするのか。するならば、考えてやらんでもないぞ」


 度肝を抜かせたユリウスの聞いてやるとする返事だ。


「我々は自らの意志で襲撃したわけではないんだ。命令されるままに、やっただけだ。でなければ、手間かけてまで亜人(あじん)を殺さずに捕らえようなどしない」


 もはや命懸けとする抗弁は早口で廻されていた。


「傭兵のくせに何を言っている。依頼を受けて実行した襲撃に自らの意志がないの言い訳か。ダメだな、それは」


 呆れるユリウスの持つ大剣がわずかに前へ出る。血塗られた剣先は鼻先すれすれの位置まできた。

 恐慌を来すあまりか。ヒステリックな金切り声が上がる。


「ち、違うんだ。我々の半分は……少なくとも私は傭兵ではないっ」

「じゃあ、なんだ」

「グノーシスの兵だ」


 衝撃はユリウスではなく傍までやってきたエルフたちが受けたようだ。

 特に甲冑を被せられたシルフィーは悲しみに彩られた口許を開く。


「ならば人間と亜人の間柄に新たな一頁を築こうとするお話しはまるきり嘘だったのですか。初めから私たちエルフを騙して売り飛ばす目的で(おび)き寄せたわけなのですか」

「当たり前だ、どうして人間が亜人なんかと対等に……」


 ひっ、と言葉の途中で悲鳴が起きたのは鼻から血が噴き出たせいだ。小狡い感じがする、傭兵ではなくグノーシス賢國の兵士は手で顔を押さえている。


「待っていいだけの内容でなければ、止める剣はないぞ」


 大剣を持つユリウスの平然は凄みが効いている。

 グノーシス賢國(けんこく)の兵に小狡い考えが浮かんだようだ。闘神ユリウス様、と呼ぶ声はあからさまに媚びていた。


「その勇名は我がグノーシスでも尊敬をもって響き渡っております」

「おべんちゃらが続くならば、話しはここで終わりにさせてもらう」


 初めて不快さを表すユリウスが、相手の焦燥をあおる。まま待ってください、と押し止めては口角を飛ばさんばかりに口を回す。


「貴方は人間だ、そして帝国の臣民でもある」

「そんなわかりきったことを確認して、何とする」

「このたびの目論みは帝国が、ロマニア帝国も噛んでいるのですよ」


 エルフの誰ものが声を失っていた。唖然から悲憤へ、絶望を浮かべてくる。

 与えた効果にグノーシス賢國の小狡い感じがする兵士の口を軽くしたようだ。


「お解りいただけたでしょうか、闘神ユリウス様。貴方も帝国の兵ならば、ここは一枚噛んでみてはどうですか。さすれば騎士といった身分では得られない財貨を手にするだけでなく、エルフの女を抱き放題ですよ」


 返事はなかった。うつむいては、ぷるぷる、ごつい肩を震わせ始めている。

 見た感じの通り小狡い者であれば説得にもう一押しと考えたのだろう。


「どうですか。闘神と呼ばれるほどのユリウス様でありますが正規のお役目では報われぬこと甚だしいでしょう。もし我々と組むなら金も女も抱き……」


「キサマ、俺は誠実でいたいんだ!」


 遮る声は、それはそれは大きかった。

 上がったユリウスの顔は湯気を立てていそうだ。間違いなく怒り心頭である。

 一体どうした? とする反応はグノーシス賢國の小狡い感じがする兵だけではない。エルフ一行もだった。

 ついシルフィーなど心配のあまり尋ねる。


「ど、どうかなされましたか、ユリウス様」


 すると思いも寄らぬ告白が飛び出てきた。


「俺はまだ婚約者とチューすらしていない」


 はぁ? としかシルフィーには出てこない。

 相手の困惑を知ってか知らずか、いや知らないであろうユリウスが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「婚約を立て続けに三回も破棄されて評判が最悪な俺の下に来てくれた王女には……いやここで照れている場合ではないな。婚約者のプリムラには、せめて男として誠実でありたいんだ。わかってくれるか!」


 向けられた手前、「は、はい」とシルフィーは返事するしかない。 


「わかってくれるか、そうだな女性ならばわかってくれるな。いや女性だからではないな、男だってわかって然るべきなんだ。婚約破棄を三回もされたようなヤツの下へ来た婚約者には誠実さで応えるべきだと」


 人種に関係なくこの場にいる誰もが言っている意味を把握しきれていない。ただ力説が続くから耳を傾ける。


「初めてのチュー、つまり初チューすらしていない関係で他の女性へ目をやってしまうなど、不誠実だ! 例え本人の意思でなかったとしてもだ。なのにあろうことか裸を見せられただけでなく、他の女もどうかだと。キサマ……」


 すぅーとユリウスは大きく息を吸い込んだ。なにやら溜めを作っている。

 嫌な予感しかしない小狡そうなグノーシスの兵へ、かっと目を見開いて宣告した。


「俺とプリムラの関係を壊そうとしているな、キサマ。そうはさせるか、絶対に許さんぞ、叩き斬ってやる!」


 闘神と噂される(おとこ)が持つ大剣が頭上に掲げられた。


 小狡そうなグノーシスの兵にしたらである。

 暗躍もする兵士であれば生命の危険は常に認識している。自分だけは生き残る、生き残るためなら裏切りくらい犯す。優先すべき何より自分の命だった。


 ならば闘神と呼ばれる人物とまともにやり合うべきではなかった。


 甲冑を外すなど愚かな、と嘲笑したことが見誤りの始まりであった。

 周囲から一斉に襲いかかっても、剣や斧といった刃が掠りもしない。代わりに胴が二つにされる報いを受けるだけだ。

 一人だけとする相手に全く敵わない。勝敗以前の圧倒的な差だった。


 だから半分も倒されないうちに、エルフを包囲していた兵らは逃げ出す。


 普段なら真っ先に離脱する小狡い感じのグノーシス兵は残念ながらユリウスに目をつけられていた。逃れられるわけがない。加えて闘神とする人物が悪い意味で想像を超えていた。


 かなり重要事を打ち明けたはずなのに、解釈の仕方が予想の斜め上とくる。

 やつ当たりみたいな感じだってする。

 小狡い感じの兵はそれに相応しい不幸な形で切断されようとしていた。


 そうだ、そうだ、と急に何か思いついたかのような声は福音そのものであった。

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