51.漢、意外な告白をす(姫に向けてではない)
おずおずラプラス宰相が尋ねてきた。
「最後にもう一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
おぅ、何でも聞くぞ、とユリウスは相変わらずだ。どちらが上かわからない。地位も年齢も間違いなく下にあるはずだが、絵図としては臣下に対するそれだ。
天然だのぉ、と少し離れたところでアルフォンスが目を細めては顎髭を撫でている。
横ではヨシツネが珍しく複雑な表情を作っている。
「アルさん。うちの団長って、誰構わず対等としますよね。それって、これから大丈夫なんですかね。帝国やここでは何とかなりましたけど」
「だからディディエ卿は姫を寄越したんじゃないかのぉ」
「団長の親父殿が、ですか?」
「あのお人が純愛に心打たれて婚約の執りなしなどするかのぉ」
はっとヨシツネさせられた。確かに、と力強くうなずいてもいた。上流階級の礼節を身につけた連れ添いの存在はユリウスの無礼に大いなる助けをもたらすはずだ。
何が役立つか、そこを何より重要視すべきである。
流浪生活に入る、これからは。
旅において各国各部族の主導者と会談をこなす機会が多く訪れるだろう。四天のなかで上流階級とする話術はイザークしか身につけていない。そのイザークも下級貴族の家であり、国の中枢からは程遠い。プリムラは足りないピースを埋める格好の人材と言えた。
団長には姫さんだな、とヨシツネはこぼすまでになっていた。
だけどやはりと言うか、単純に割り切れない場面が待っていた。
実は皇王に頼まれまして、とラプラス宰相がユリウスへ切り出す。
「ユリウス様が最初に何を素晴らしいと言っていたか、確かめて欲しいそうです。人間の自分がエルフと密談を交わすほどの間柄を築いた点に対してか、と推察しておりましたが」
「おお、さすがだな、カナンは。さすが俺と同じフラれ男は理解が早いぞ」
罪のない声だから、ラプラス宰相は苦笑ですませられた。ただ続いてプリムラに「カナンなんて嫌いもお伝えください」と念押しされて困ってしまう。
実に怖しき執念深さを見せられてヨシツネは、やっぱり不安を拭えない。
ラプラス宰相は深々と頭を下げた後、二人の警護兵と共に背を向けた。
去っていく後ろ姿の見送りを、ユリウスは早々に切り上げた。
振り返れば四天の四人がいる。後方の空は白さを帯び始めている。
長い夜が明け、朝が始まっていた。
柄にもなくユリウスが改まって尋ねる。
「おまえたち、いいんだな。まだ間に合うぞ」
回答は間を開けずになされた。
「吾輩に問うてはいまいな。当たり前すぎて答える気にもならんからのぉ」
アルフォンスはいつも通り顎髭を撫でている。
「僕としてはむしろユリウス団長に来て欲しいとお願いしたいくらいなんだけど」
ハーフエルフのベルは申し訳なさそうだ。
「帝国領内に生まれたってだけで、なんの義理もありませんからね。強いて感謝するとしたら団長らと会えたくらいですか。だから答えは決まっているでしょ」
ややふざけた調子も混じるヨシツネだが真摯なのは疑いようもない。
「なにを今さらだろう。それにセネカという女が話したことを聞いても、私はぜんぜん驚かなかったしな」
イザークが思い出すように言う。
まだ少し前だ。口封じに成功した余勢を駆ってか、暗殺団のセネカが去り際に嘲笑してくる。ユリウスが帝国から疎まれている情報を知らせてきた。
なぜだ、などとユリウスは訊かない。それどころか胸を張って高笑いしてくる。
「そんなこと、ここへ使節として行けと命じられた時に想像はついていたぞ。ただ婚約者やこいつらの今後をどうするか、少し考える時間が欲しかっただけだ」
思わぬ返答内容にセネカは口許を歪めた。ただ直ぐ陽気な声を上げた。
「なるほどね。ユリウス・ラスボーンは大陸において最大国家とされるロマニア帝国の敵へまわるつもりなのね。バカみたい」
「セネカの言う通りだ。俺はバカだ。だが大国の蛮行を知ってしまったからな。力なき者へ一方的な仕打ちを行おうとする連中には我慢ならない。それが例え今まで味方としていたところであってもだ」
そう言い切ったユリウスの姿が頭へ甦るたびにイザークは、らしいな、と思う。入校式で初めて会った時から本当に変わらない。
「でもいいのかい? 僕らと違ってイザークは帝国貴族なんだし」
引け目を感じているようなベルの物言いに、イザークは微笑む。
「跡目に当たらない帝国の子息など、ろくな道などないしな。何より我がシュミテット家はその名に恥じる行いを得意としている。いつ爵位を剥奪されてもおかしくない、と自分は踏んでいる」
冗談めかすような口調だった。だから想像以上の深刻さを窺わせる。
けれども重苦しくなる前にユリウスがぶち上げた。
「出会った時からイザークは貴族っぽくなかったぞ。唯一身分ある立場だと感じさせられたのは、女も男も関係ない交際力を見せつけられた時だな」
褒めているつもりだろう。けれども今晩の流れからして、あまり宜しい発言ではなかった。
ちょうどよく大虎にまたがったグレイに聞きつけられてしまう。げっ、やっぱり! と嫌悪感丸出しで発してくる。
「ちょっと待ちたまえ。グレイ、君は誤解しているだろう。私は情報収集のために人間関係を築く手練が長けているだけだ。その過程で女性とベッドを共にすることがあっても、男性とはない。気持ち悪がられることは一切ないんだ」
あーあ、といった顔をベルとヨシツネがしていた。
ふぉっほっほ、とアルフォンスは独特な笑い声を立てている。
どうやら今ひとつ飲み込めていないユリウスは隣りのプリムラへ向く。
「王女。俺は何かまずいことを言っただろうか」
「いえ、イザーク様が自ら墓穴を掘っているとしか……正直、わたくしも気持ちが悪いです」
「そうか、そうなんだ。イザークは交際が多いくせに、婚約はしたことがなくてな。ちゃんとした恋愛が出来ないせいだと、俺は考えている。たぶんだが、このままではモテるだけで終わりそうだぞ。哀れなことだ」
おい! とイザークが噛みついてくる。
「プリムラ姫が婚約者になってから、ずいぶん調子乗っているな」
ついに普段から思っていたことを口にした。
はっはっは! とユリウスが高笑いした。ちっとも堪えていない。つまり、いつも通りである。
思いかけずは、続いた言葉がもたらした。
「俺は一人で行く考えを、なかなか捨てきれずにいるからな」
笑いを含んでいた空気が一変した。