46.漢、あと四回と数える(戦況を見定めろという意味で)
普段から顔色が悪いうえに血の気まで引かせたゴードン騎士がうめく。
「そ、そんなバカな。ありえん!」
「言っておいただろう。俺たちは全力でいくし、八人いると」
大剣を肩に乗せたユリウスが勝ち誇るではない、困ったものだとする態度だった。
口を開くゴードン騎士だが言葉は出てこない。返したくても、目の当たりにした凄まじさが声を失わせる。
まさかだった。
八人と主張されても五人にしか見えないユリウス陣営に、グルネス騎兵団二百名で一斉に襲いかかる。遊兵を作らず八つ裂きとする。ゴードン騎士の指揮は態度と違い戦闘において侮ってはいない。全力で臨んだ。
敢えて問題とするならば、数頼みの力押しをしてしまったことだ。
ユリウスの大剣は一振りで十人を薙ぎ倒す。
イザークの目に止まらない長槍の繰り出しが一瞬にして六人を貫く。
ベルが一気に飛ばす五本の矢が五人の心臓を射抜く。
うおぉーと雄叫ぶアルフォンスは盾を叩きつける。まともに喰らった四名は殴打によって二度と立ち上がれなさそうだ。
四人の攻撃から逃れた騎兵たちも宙を舞って飛び込んできたヨシツネに斬り伏せられていく。十名以上に致命傷を与えていた。
五人に気を取られていた騎兵へ、ヒュンッと空気を鳴らして飛んでくる。手裏剣による攻撃はヨシツネと同等の成果を上げていた。
つまりユリウスらは一回の攻撃だけで五十人近くを倒している。
圧倒的な破壊力と言えた。
グルネス騎兵団の突撃が止まっても不思議ではない。
ゴードン騎士が驚愕に彩られて当然といった展開だ。だが指揮する立場にあれば怖気付いても鼓舞しなければならない。
「なにを怯んでいる。相手は、たったの八人だ。全員でかかれば、こいつらなど……」
「あと四回で完全な壊滅となるぞ。いいのか」
ユリウスの声は大きくなくても響き渡る。
腰砕けとなるグルネスの騎兵が続出した。
武器を放り出す者さえも現れている。
「バカ者。勝手に戦いを止めるな。まだ我々は負けていない。今の皇王に任せていたら、我ら騎兵団の地位は低いままだ。国を守っている我らがもっと重宝されて然るべき存在になるまで……」
おーい、とここでベルが呼びかける。
「下手なプライドより命あっての物種だよね。これは人間亜人関係なく他の解釈を必要としない数少ない真理だと思うけど、どうかな」
グルネス騎兵からさらなる戦意を削ぐことに成功した。
投降を表明する者が後を絶たない。
もう勝敗は明らかだった。
それでもまだゴードン騎士を囲む三十名近くは戦闘の構えを崩さない。
しんどそうにユリウスは大剣を突き出す。仕方ないかとする顔つきは勝者のものではない。
「グルネスの勇敢なる騎兵よ。本来あるべき目的を思い出しなさい」
不意に挙がった声に、敵味方関係なく注目が集まる。
プリムラがユリウスの横まで来ていた。抵抗の構えを解かないゴードン騎士ら一団へ、ほっそりした右の人差し指を向ける。
「貴方たちは祖国を守る任へ就いた者です。騎兵になった理由は様々で不満もあるかもしれませんが、戦乱の世において国家を守る礎であることは間違いありません。誇りをお持ちなさい。さすれば評判よりも何を大事とすべきか、自ずと見えてくるはずです」
まさしく気品と威厳に満ちていた。眩しくプリムラを見つめる者は婚約者のユリウスに限らない。さすが王女だのぉ、とアルフォンスがする呟きに合わせて首を落とす周囲の者たちである。
敵にも感銘を与えているようだった。
もはや抵抗を示す騎兵は首謀者を含め数名のレベルへ落ちていく。
「バ、バカもの。ここで剣を降ろしてどうする。時間が経っても我々から連絡がなければ、援兵がくる手筈になっている。もう少し踏ん張らないで、どうする」
心底からユリウスが、うんざりして見せた。
「ゴードンよ。結果はわかっているはずだ。おまえの処遇は俺が決めるわけにいかないが、少なくとも命は助けてもらえるよう頼むつもりだ。だからこれ以上、死人が出るような真似は止せ」
「闘神なんて呼ばれているヤツに言われても説得力ないぞ。我らは騎兵の地位を上げるためにも諦めるわけにはいかない。皆、わかるな!」
まだ傍にいる騎兵たちへゴードン騎士は言い含めるように訴える。脅しにも取れる強さがあった。
ついとプリムラが出た。ゴードン騎士へ送る視線は冷え切っている。
「ユリウスさまを、あなたのような輩と同じく捉えないでいただきたいものです。わたくしの婚約者は窮地を脱するための奮闘はしますが、配下を道連れにする選択は取りません」
やかましい、とゴードン騎士は返しかけて呑み込んだ。
ユリウス一行の背後に、ある影を認めたからだ。
知らない相手でなければ、どれだけの戦闘力を持つか、知っている。
どちらに加勢にきたか、明白であれば絶望しかない。
おたくの味方はこないよ、とまで告げてくる。
四つ脚のシルエットが恐ろしげに咆哮すれば、抵抗の意気は完全に消沈させられた。