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43.漢、わかり合う(姫も一緒に)

 ユリウスが大剣を手にしていない方の腕を掲げた。ぎゅっと左手を握りしめてくる。気合いを入れているのか。意味なんてない可能性も捨てきれない。


 何はともあれ、いきなり羨ましいと言われたカナン皇王である。真意を尋ねずにいられないが、解答がそれより早く寄越された。


「どうしてだ、カナンよ。王女と仲良しなくせに、なぜ殺そうなどと考えた。俺は二人の仲が羨ましいぞ。そうだ、そうだとも、俺は嫉妬してしまっている」


 言葉だけなら、なんの冗談か、と思えたかもしれない。

 じとっと見つめてくるユリウスは憐れそのものだ。カナン皇王であっても疑う気になれない。同時に、なぜそのような考えになるか、不思議でもある。

 はっきり訊かなければ、返答はあさっての方向へ飛ぶ。いい加減に理解はできていた。


「プリムラが私のものとならなかったからですよ」

「なんで、そう思うんだ。昔馴染みな良い感じの二人に見えたぞ、俺は!」


 ユリウスが真剣なのは、カナン皇王にもわかる。だからこそ莫迦バカしくなる。


「いいですか、ユリウス・ラスボーン。私はプリムラを我が伴侶と望んでいたのです。けれども婚約されてしまった。他人のものになるなんて許せなかったわけです」


 言い切ってからカナン皇王の頬は、ほんのちょっと赤らむ。あれほど思い詰めた彼女への想いも大声にすると、なんだか恥ずかしい。

 尚且つ相手がびっくり眼でする答えが聞き流せない。


「それは辛いな。俺も女性に対し思い詰めすぎるな、とアドバイスされたもんだが、そうは言ってもな。切り替えられない気持ちは婚約を三回破棄されているだけによくわかるぞ」


 カナン皇王にすれば、まるっきり理解していない。つい声を荒げてしまう。


「貴方なんですよ、大きな原因は。プリムラがユリウス・ラスボーンのものになってしまうまで時間の問題だったから一連の行動を起こしたわけです」

「なんだ、カナンよ、おまえ知らないのか。婚約を破棄され続けられるような男だぞ、好機は巡ってくるかもしれないと考えて当然だと思うがな」

「思いませんね。プリムラの想いを知る身としては」


 カナン皇王は、ああもう、といった口調で即答する。

 巨漢のユリウスは傍に立つプリムラを見降ろす。目が合った瞬間に「そうなんです」と返ってきた。ならばと、ゆっくりカナン皇王へ視線を戻せば頭をかきだす。


「そ、それはすまなかった、カナンよ。どうもまだ婚約を確かなものとして捉えられないんだ。それに如何せん俺はデリカシーのない男だからな、許してくれないか」


 カナン皇王にすれば引っかかる箇所はあるものの、素直な謝罪と受け止められた。駆け引きばかりの世界で過ごしてきたせいか、腹の底から正直とする態度には弱い。


「べ、べつに、謝る必要なんてありませんよ」


 途惑いを露わにしてしまう。


 すっとプリムラが前へ出てきた。


「わたくしにとってカナンほど親近感を感じる男性はいない、これは本当よ。でもだからこそ一緒に居てはいけないと思わない?」


 はぁー、とカナン皇王は答える前に一つ大きな息を吐いた。


「傷を舐め合うような関係性は不健全か……。同じ闇へ堕ちていこうだなんて、本気で考えてしまう」


 カナン……、とプリムラが名を呼ぶ。


 ふっとカナン皇王は口許を緩ませ、ユリウスを見上げた。


「ユリウス・ラスボーンと話していると、なんだか自分が何に悩んでいたのかわからなくなるよ。そしてプリムラはどうして彼をいいとするか、やっと理解できてきたような気がする」


 カナン皇王の横顔から決意が見取れた。

 自然とプリムラの口から「ありがとう」の一言が出た。

 ようやくわかり合えたようだ。


「そうか、カナンよ。おまえは俺をわかってくれたんだな。ならば、どうか婚約破棄されないことを祈ってくれ」 


 せっかくの雰囲気を台無しにするような言動が挙がるものの、プリムラは婚約者のすることだから気にしない。

 カナン皇王も、もう何度目かとする苦笑を浮かべる。が、今回は早々に消した。


「それで、ユリウス・ラスボーン。危険を承知で帝国へ戻りますか? 再び提案しますが、グルネスの皇王という選択肢もありますよ」


 いやいやいやとユリウスが左手を目一杯振ってくる。


「俺が王など務まるわけないだろう。王女がいれば国の運営は叶うだろうが……まだ婚約中の身だしな。これから破棄されるようなことだってなくは……」


 ユリウスの言葉が途切れた理由は、泣き出しそうになっていたからだ。どうやら自分で自分の首を絞めたらしい。

 わたくしはずっと付いていきます、とプリムラが慌てて誓いを述べている。

 カナン皇王と言えば、もう慣れていた。すっかり砕けた調子で言う。


「ユリウス・ラスボーン。貴方は王など務まらないと言いますが、態度は充分に王位に就いた人物そのものですよ。私なんかよりずっと王の雰囲気を持っている」

「俺はただ礼儀が身に付かないだけだ。なにせデリカシーのない男だからな」


 プリムラの誓いであっさり復活したユリウスは、お気に入りなったみたいなフレーズを挟んでくる。普段通りの姿で、左手を顎へ当てて続ける。


「それに俺がカナンより優れている点があるとしたら、戦いに関することぐらいだ。街中を通り抜けただけ皇都は帝都よりずっと活気があるのがわかった。いろいろ問題は抱えているかもしれないが、政変後に見えない光景は現皇王がよくやっているおかけだ。その点は間違いないぞ」

「本当に偉そうですね、ユリウス・ラスボーンは。でも……」


 カナン皇王はユリウスとプリムラへ交互に視線を送ってからだ。


「貴方に評価していただけると、嬉しくなります」


 とても良い表情なるプリムラに、「そうか」とユリウスは満足げだ。ただ後者は相変わらずだ。


「まぁ、なんだ、カナンよ。とりあえず直したほうがいい点といえば、あれだ。変に兵力の分散はやめておけ。皇王直属部隊と皇都の警護兵に例のアサシンを絡められたら、俺たちでもこんな簡単にはいかなかったぞ」


 とても良い助言をした、とユリウスは信じて疑わない。ところがどうしたわけか、カナン皇王の目許がきつくなる。


「どうした、カナンよ?」


「なんですか、アサシンって? 我がグルネスにそんな者たちなどいないはずですが」


 あっとなった者はユリウスだけでない。四天(してん)の四人もニンジャの四人も、プリムラさえも、してやられたとした顔をした。

 今の今まで気づかなかった。


 暗殺者一味の一人であり、異世界人だと明かしてきたセネカがいない。


 いつの間に、とユリウスは言及しかけた時だった。


 長い耳を微かに動かしたベルが報告をしてきた。

 多数の足音が近づいてきていることを。

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