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1.漢、破棄される(もう三度目)

 婚約破棄させていただきますわ!

 甲高い声でなされた宣言がシャンデリアが煌めく大広間に響き渡った。


 はぁ? と宣告されたユリウスの理解は及ばない。

 なぜだ、と疑問が口へ出かかったところへ、理由が明確な形で現れてくる。

 婚約者の、いや婚約者だったマリシュエール伯令嬢ダリアへ寄り添う人影があった。

 誰と問うまでもなく、ダリアが紹介した。

 シルバー子爵第三子息のヘルムート、愛する人だ、と。


 ユリウスの目は相手とする男性へ向かう。見覚えがあった。

 いかにも華やかパーティ受けする貴族の子弟といった青年だ。舞踏会には必ず顔を出す手合いである。洗練された姿や立ち振る舞いに社交界の、特に女性を中心に評判が良い。


 つまりユリウスとは何もかも真逆にあるタイプだった。

 ダリア嬢はそんな彼が好いとする。愛している、と言う。

 ならば仕方がなかった。


「わかりました。ダリア嬢が望むままに」


 返答したユリウスの耳に周囲から失笑と聞こえよがしのひそひそ話しが届く。

 これで三度目、とするが主な内容だ。田舎の出や、出自の悪さの指摘も加わってくる。剣を振るうしか能がない、貴族社会に適せない蛮人にすぎない、とする声も聞こえてくる。


 面前で恥をかかされているユリウスをかばう者は誰もいない。少なくとも大広間に集う貴族の中に味方はいないようだ。


 いつものことだ、とユリウスは吐きかけた嘆息を呑み込んだ。

 婚約破棄の申し出を受諾すれば、ダリア嬢が謝意を述べてくる。彼女のそんな姿に思い出が走馬灯となって巡る。初めて出会ったテラスや、肩を並べて歩いた数々の場所。帝国の園遊会には連れ立って参加もした。

 今度こそ家庭を築ける、そう思ったものだ。

 今となっては悲しいを超えて可笑しさが込み上げてくる。


 ああ、やはりこんな自分ではダメなのだ。


 貴族とする所作が一向に身につかない無骨者である。社交界に出入りする女性のなかから伴侶を求める自体が無茶の極みだった。そう考えればダリア嬢も被害者だろう。加害者は他ならぬこのユリウス・ラスポーンに違いない。

 だからダリア嬢が心配する婚約破棄の申し出で生じる損害賠償は求めずにおいた。懸念を取り除かれて、ほっとする様子が見える。これが彼女に自分がしてやれる最後の務めだろうと思う。


 それでは、とユリウスは勢いよく頭を下げた。

 もし生粋の上流階級の男性なら胸に手を添えて腰を折る。謝罪も優雅にこなすだろう。けれども出自は庶子であり貴族社会の参加も短ければ、上手い対応など咄嗟に取れない。気持ちが反射的に乱暴な動作へつながってしまう。


 さっさと消えたほうがいい、不作法な俺は。


 頭を上げると同時に身を翻した。出口へ向けて歩み出した背へかけられた。


 どこへ行くの? 尋ねるダリア嬢とこれが最後の会話になるかもしれない。


「戦場へ。自分の務めを果たしにいきます」


 そう答えてユリウスは出入口付近に立てかけておいた愛剣を手に取る。

 ぎゅっと鳴るほど強く強く握り締めた。

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