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短編集

見えている世界

作者: 天猫 鳴

「いや、絶対に丸だ」

「馬鹿言うな、三角に決まってる」

「あれが丸や三角に見えるなんてどうかしてる、どう見ても四角だろ」


 蓮川はすかわがシェアハウスに帰ってくると3人が口喧嘩をしているところだった。


「どうしたの?」


 なにを言い争っているのか聞いてみると、3人は同じものについて話しているという。


「丸だよ」

「三角」

「四角だってば」


 共通の友人から作品展に誘われた3人はそれぞれ別々にでかけたそうだ。


「この目で見たんだ間違いない」

「俺だって確かにこの目で見た」

「作品は1つしかなかったんだ、間違いようがない」


 3人は誰も折れる気がない。しまいには胸ぐらをつかみ合いしそうになって、慌てて蓮川は止めた。


「わかった、僕が見に行くから。ね?」


 蓮川が見に行くということで一旦喧嘩は保留とになった。





 展示場になっているのは小さな2階建ての建物だった。

 普段、ハンドメイド作品や写真・絵画など、小さな規模の展示会を主に扱っているそうだ。


 中に入ると3人が言っていたようにがらんとしていて作品は置かれていなかった。入り口の正面奥に立て看板が1つ置かれているだけ。

 近づいてみると立て看板には作品のタイトルが書かれていた。


「視点」


 シンプルに漢字が2つ。

 一ノ瀬はここで天井を見上げて展示物に気づいたという。


「あれかぁ」


 見上げると天井の1ヵ所が四角くくり貫かれて透明になっていた。


「丸いな」


 蓮川が見上げる先には一ノ瀬が言っていた通りに黒くて丸い物がある。

 どうやら透明な台に置かれているようで、ここから見上げると宙に浮いているように見えた。


「頭上に作品があることに気づいた時の驚きを狙ってるのか? でも、それじゃタイトルがなんだかな」


 少し立ち位置を変えたりしてみたが作品は丸いまま。その代わりに小さなプレートを見つけた。


「なんだ?」


 プレートにはこう書かれていた。



【立て看板の裏にあるボタンを押して】



 目線を立て看板に落とすとすぐにボタンを見つけた。

 真っ白な裏側に黒いボタンが1つ。

 プレートの指示にしたがって蓮川はボタンを押して見た。が、なんの変化もない。


「なんだよ、これ」


 蓮川はくすりと笑った。

 作者のジョークに引っ掛かったような気がして、ただのボタンを押した自分が可笑しく思えたからだ。


 気を取り直して見回す。


「二階堂が言ってたのはあの階段か」


 入り口から向かって左奥、立て看板の左手に階段があった。二階堂はその階段を上って作品を観賞したそうだ。

 蓮川は二階堂と同じようにその階段から2階へと上がった。


 2階の部屋にも展示物はなかった。

 奥の壁に四角い穴が1つあってその横に立て看板が立っているだけ。壁に近づいてみるとそれはガラスの小窓だった。窓の向こうに展示物が見える。


「三角だ」


 展示物は1つっきり。

 二階堂が主張する通りに三角形の作品があった。

 作品は透明な台に置かれている。その下が四角く切り取られて階下が見えているようだった。


「さっき見た天井の穴はあれか」


 下から見上げたときに見たプレートが床にあることに蓮川は気づいた。

 たぶん、見えているのは同じ面。


【立て看板の裏にあるボタンを押して】


 そう書かれた面が見えている。


「・・・・・・あ」


 窓の右手に置かれた立て看板には1階の看板と同じようにボタンがあった。

 指示にしたがってまたボタンを押して見る。


  カチャリ


 今度は壁から音がした。

 ただの壁だと思っていたけれど、ドアノブのような取っ手が生えている。


「さっき・・・・・・こんなのあったっけ?」


 疑問に思いつつドアノブを回してみる。が、開かない。


「ん? 鍵がかかってるのかな?」


 ドアが気にかかるが、とりあえず三井の見たと言う作品の確認を先に済ませよう。蓮川はそう思って1階へ降りた。


「あの階段か」


 三井は入り口横の階段を使って2階に上がったと言っていた。

 1階には展示物がなかったので2階にあるだろうと思った。どうせ上がるなら奥の階段じゃなく側の階段で、と横の階段を上がったのだ。


 2階に上がると先ほどと同じく奥の壁に四角い窓と立て看板。

 窓から見える作品は三井が言うように四角い。


「確かに四角だ」


 下から見ると丸く横から見ると三角や四角に見える。


「不思議」


 見えているものは同じ1つの作品。


「立て看板の裏にあるボタンを押して・・・・・・か」


 作品越しの奥の壁に指示が書かれている。

 タイトルの立て看板の裏には同じようにボタンがあった。蓮川はすぐにボタンを押した。


  カチャリ


 鍵の開く音がして壁にドアノブが現れる。

 そっと握って回すと今度はドアが開いた。


「お邪魔します」


 なんだかそう言いたくなる雰囲気だった。


 入った部屋の中には中央に作品が1つ。

 蓮川はゆっくり近づいてじっくり作品を見つめた。


 正面から見ると四角い展示物。その回りをゆっくりと移動する。


「あっ、変わった」


 四角く見えていた展示物がある地点から三角に見えはじめて、いま立っている所からは正しく三角に見えいる。

 この場所から見える正面の壁に窓が開いていた。


「あの窓から見ると三角に見えるんだ。へぇ~、面白い」


 しゃがんで見上げると展示物は丸く見える。


「うわぁ・・・・・・複雑な形」


 口角が自然と上がって蓮川はいつのまにか笑顔になっていた。

 立ち上がって展示物の裏側へと回り込む。


「こっから見ると四角いんだよなぁ」


 感心して頷く蓮川は笑みを押さえられなかった。


「視点かぁ」


 一ノ瀬が見ていた物も二階堂や三井が見ていたのも間違いじゃない。真剣に口喧嘩していた3人を思い出して、蓮川は妙に可笑しく思えた。


 たかだか展示物1つで掴み合いの喧嘩を始めそうになるなんて、なんて滑稽なんだろう。


「ん」


 展示物の向こう。

 いま入ってきた入り口側の壁に文字が書かれていることにいま気づく。


「3つの視点で完成する造形」


 声に出して読んでみて深く頷く蓮川は、ふと違和感に気づく。

 どうやらその文字は壁に書かれているのではなく凹凸おうとつがあるようだった。


 なんだろうと近づいて蓮川はぎくりと足を止めた。天井から突然光が差したのだ。

 スポットライトは文字を照らし出している。そして、文字に当たったライトは壁に影を作っていた。


 浮かび上がったのは何かの造形ではなく文字。

 そこに現れた文字は、



【他視点に気づかぬ危うさ】



 という文章だった。


「・・・・・・危うさ」


 さっき、口喧嘩をする3人を笑った。

 けれど・・・・・・。


 同じ彼らの姿をいま、笑えるか?


 滑稽に思えた彼らの状況が、今、蓮川には違って見えていた。






 読んでくださりありがとうございます。


 見間違いや思い込み、思い違いや1を聞いて10を知った気になったり、人は色々と危うい場面があります。

 自分が見聞きしたことを別視点で考えてみる。そんな事をつい忘れて自分の正しさを強く主張してしまう事ってありますよね。後からしまったと思うこともあったりします(苦笑)。気をつけたいものです。

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