新入隊士、山崎烝
いよいよ始まる。新選組の物語。
語られることのなかった新選組のもう一つの法度とは。新選組の姿とは。
杉村義衛(かつての永倉新八)は動揺を隠せなかった。
なぜ御一新の世になって、局中法度の話を、しかもあの、忘却したはずの、幻の禁止事項を、この若者が知っているのだ。
「答えてくれ。あんた、なぜ知っている?」
八重樫眞平が強張った表情で答える。
「実は、私の祖父も新選組隊士でした」
「隊士の孫」
――そうか。
杉村は感慨深げに眞平の顔を見た。明治に、新選組隊士の孫と邂逅するとは。
「八重樫八十八。立派な隊士だったと聞いています」
「その紙切れは、こいつが一昨年、祖父さんの遺品を整理していたときに出てきたそうです」
「ここにはこう書いてあります。≪笑うこと決して許さず≫ 右の条文に背く者には切腹を申し付ける、と」
――笑うこと決して許さず。
杉村は、久しぶりに聞いた一文に身の毛がよだった。
「ああそうだ。それが、俺たち新選組隊士が最も忌み嫌った、幻の局中法度。笑うことすら許されなかった俺たちが、最後に皆が揃って笑ったのは、同志であり、最愛の友である、山南敬助の切腹のときだけだ」
目をつぶってもはっきりと思い浮かぶ。腹を切った山南を囲んで、その様を見て、ゲラゲラと笑う隊士たち。
「え?笑ったんですか?」
「ああ、正気じゃなかったからな、あの時は」
「狂っている」
「ああ、そうだ。その言葉の方が正しい。俺たちは狂っていた。狂っていたとも。≪笑うこと決して許さず≫ 絶対に笑ってはいけない新選組のなかで、俺たちは生きていた」
新聞記者二人が生唾を飲む音が聞こえた。
「あんたたちの抱いた三つの謎も、土方副長のことも、おら、なぁんでも答えてやるよ。
だがな。聞くからにゃあ、あんた達も覚悟が必要だ。すべてを知る覚悟が」
「心得ました」
「うむ。しかしまぁ、ここじゃなんだ、場所を変えねぇが?ちと長話になるがらよ」
「ですね。八重樫、馬車を」
「はい!通りに出て探してきます」
眞平が走っていく後ろ姿に、在りし日の新選組隊士の羽織り姿が重なって見えた。
隊士の孫か。
感慨深ぇな。
そして幻聴だろうか。気が付けば、耳の奥底で、近藤局長のいつもの名乗り口上が聞こえてきた。
――野郎ども名乗りをあげろ。俺たちは、新選組だ!
――おう!!!
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時はさかのぼり、49年ほど前。
文久三年(1863年)の年末。
京都壬生村、新選組屯所前に、一人の隊士が突っ立っていた。
真っ白い息を吐き、ぶつぶつとつぶやいているこの男。名を、山崎烝といった。
「うわあ、ここが新撰組屯所かー。緊張するわー。挨拶の練習しとこ。おはようございます!今日から新撰組に入隊することになりました!山崎烝です!宜しくお願い致します!はぁー。気ぃ重い。なんや帰りたなってきたな。オカンにめっちゃ反対されたもんな~新撰組なんて止めときやぁ言うて」
摂津国大坂出身の、生粋の関西人である山崎は、獣柄の派手な一張羅をびしっと正してはいるが、小心者な生来の気質が災いし、屯所の中に入るのをためらっている。
「あ、そや!ちゃんと局中法度読んどこ。新撰組んなかでの固い法度。通称、局中法度。一つ、士道に背くまじきこと?あー、武士道に反することすんなっちゅうことやな、でも漠然としすぎちゃうか?寺子屋の校則やないねんから。ん、いっちゃん端っこの何やこれ、≪笑うこと決して許さず≫!?右の条文に背く者には切腹を申し付ける……って、うせやん、お笑い一切禁止ってことなん!?信じられへん!!」
――どんなに辛いことがあっても、気の合う誰かとおもろい話でもして、笑い合えるから、人間は頑張れるんとちゃうんか。つまらんこと考えよってからに。
読まなきゃよかった。ますます気乗りしない山崎は、小一時間、屯所前を行ったり来たりしたのち、ついに覚悟を決め、門扉に手をかけた。
新撰組。
――厳しい法度に縛られた、笑いが禁止の人斬り集団。一体どないなとこなんや。
ギィイイイイ。
軋む門扉の音と共に、屯所の景色が目の前に広がった。
――は?
そこには、変態しかいなかった。
屯所の庭先では菜種油を身体中にぬりたくり、ふんどし姿で腕立て伏せをする男、原田左之助が。
部屋の中では花魁の着物をまとい、化け物みたいな厚化粧を顔面にぬりたくる井上源三郎が。
屯所に植えられた樫の木の下では、乳首をつまみながら奇声をあげる永倉新八が。
その横では、全裸になってあそこを二つの桶で隠したり出したりする藤堂平助が。
そして屯所の廊下では、自分の腕を脇差で切って血が出てくるのを観察している荒木田左馬之助の姿が。
「なんでやね――――――――ん!!!!!!!!!!!」
山崎烝、入隊初日、最初のツッコミが炸裂した。
お口に合えば、ぜひこのまま読んでやってください。
おもってたのと違う!という人、我慢してもう少し読んでやってください。
新選組夜想曲、次回も乞うご期待!