かつて永倉新八だった男
新選組に心惹かれたのが11歳のとき。そこから創作の根幹の一つには必ず新選組がありまして。
新選組フリーク歴21年。二十代の一番熱かった時期に描いた物語を、三十代の落ち着いた今、懐かしみながら、手直ししながら、多くの人に見てもらえればと、わくわくしながら書きました。
どうか読んでください。お願いします。
時は風雲急を告げる幕末、闇夜がどこまでも広がる京都市中。
一方では静けさに包まれた森林で梟が鳴く。また一方では、狼の遠吠えが聞こえてくる。
なんじゃ、また人斬りが出たのか。
惨殺された遺体の死肉をむさぼり食っているのかもしれない。まるで今の時代そのものじゃ。
誰かが誰かを食い物にし、利を得てほくそ笑む時代。
狂っとる。
誰かが、こんニッポンを、洗濯せんといけんの。
男はくせ毛を揺らし、旅籠の窓枠に腰掛け、月を眺める。
こんな夜に、嫌な月ぜよ。
その瞬間、遠くの旅籠より、野太い声がした。
「野郎ども。名乗りをあげろ!俺達は!」
男はため息をついた。はぁ、……奴等じゃ。
「「「「「「「「「新選組だ!」」」」」」」」」」
京の夜に、落雷の如く鳴り響く壬生の野良犬たちの名乗り口上を聞き、土佐脱藩浪人・坂本龍馬は、先ほどよりも大きなため息をついた。
はあ、今日も同志は、奴等にむさぼり食われるんじゃ。
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時代は変わり、
物語は明治45年。
――日露戦争に勝利し、列強諸国と肩を並べるようになった、大日本帝国時代の北海道は小樽の、とある一角から始まります。あ、自分は八重樫眞平と申します。明治45年の北海道にいた、小樽新聞の記者です。そしてあれが、わたしの先輩、加藤眠柳。
眞平が指をさす方向には、寒空の小樽で、身ぐるみを剝がされた加藤眠柳の姿が。白フン一丁で、地元のチンピラたちにリンチされている、丸眼鏡の瘦せぎすな記者。
先輩に対して無礼は承知で、眞平は、哀れだべ、と無表情で眺めていた。
「勘弁してください。本当にすみませんでした!」
加藤はそう叫ぶと、30過ぎのいい大人にもかかわらず、泣いて土下座をする。
「おめえみてえなんがへっぺこけると思っとったんだべか?」
「おめえ、おらの乳触ったんだべ、金払え」
「なして!?おめがら誘ってきたんだべや!誰とでもこきそうな顔して」
「はぁー!?誰とでもはこがねぇがら!なまらあかまるんだけど!」
娼婦とチンピラに一方的に蹴られている先輩を、遠巻きに見る眞平。その横を、コツコツコツと、杖をつく一人の老人が通り過ぎた。
「え?」
――なして?今、一陣の風ば吹いたような気が。あのじさまが横を通っただけで、空気がすんとした。なしてや?
つるつるの禿げ頭に、口元やあごの周りに立派な白髭をたくわえているのが特徴的な老人が、からっとした陽気な調子で、チンピラたちに声をかけた。
「おめら、なーにはんかくさいことやっとんの。こっぱんずかしぃ」
「誰じゃ?」
「なんだ。じーさんが邪魔すんじゃねぇ」
「爺さま危ない!」
チンピラが、老人の肩を思いっきり押そうとしたその瞬間、目にも止まらぬ早業で、老人がチンピラの一人を掴み、背負い投げして組み伏せた。
「なまらすげ!!!」
「いってえええええええええええええ!!!」
「そいつに何したんだジジイ?」
「はっはっはっはっ、ワシな、これで結構強いんだわ。死にてぇ坊主は、かかってこい」
そういいながら、老人は杖を構えて、更に変形させた。
――-仕込み刀!?
杖の先から、鋭い刃が飛び出した。その瞬間心なしか空気が重くなった気がする。殺気と言っていいのか。明治の世で初めて感じる殺気が、辺り一帯を覆ったような、そんな感覚に襲われている。そして間違いなくそれは、この爺さんから出ている、と眞平は感じ取った。
「覚えとけや!」
チンピラの一人が捨て台詞を吐いて逃げていくと、他の者たちも続いて去っていった。にこやかな老人は、加藤にハンカチを差し出す。
「血が出とる」
「ああ、すみません」
「なしてあんなごろつきに絡まれとったんだ?」
「実は美人局に遭ってしまって。あまりにも誘ってくるもんだからつい」
「はっはっはっはっ」
「先輩ー!!!」
「あ、八重樫てめえ!おめ、見でんなら助け呼べや!えれえ目に遭ったわ」
「店で待ってろっていうがら、待っとったのに、女買ってんですもん、バチが当たったんです」
「一応おら先輩だべ?」
「うるせ、早く服を着ぃ」
「はっはっはっはっ」
若者二人の会話を面白がる禿げの老人。加藤はひっぺがされたYシャツやスーツを着ていきながら、後輩に指示を出す。
「あ、八重樫。この方の連絡先伺ってけ。爺さま、助けてもらったお礼今度させてもらいますよ。八重樫よぉ、この爺さま、なまら強えぞ」
「大したことしでねえよ。んだ。したっけ」
礼には及ばない、と去っていく老人だったが、加藤の手にはハンカチが残っていた。あの、とハンカチを返そうと腕を伸ばしたところ、ハンカチに書かれている名前が視界に飛び込んできた。
達筆な書き文字でなかなか読みにくいが、そこには確かに、杉村と書かれている。
杉村?……まさか。
「もしかして爺さま、杉村義衛さんでねえかい?」
「んだ?なして、おらの名前を」
加藤はすぐさま眞平の方を見やると、同様に驚いた表情の後輩も、こちらに視線を合わせてきた。その顔一目で、興奮が見て取れる。
「やった、ついに!ああ。ずっと探していたんですよあなたを」
「……おらを?」
「ああ、我々、こういうものです」
名刺を手渡す加藤。
「小樽新聞、……新聞記者か?」
「ええ。小樽新聞記者、加藤眠柳、こちらは部下の」
八重樫眞平と申します、と八重樫が言うと、取材をしたくてここ数か月、札幌、室蘭、旭川、夕張などなど、北海道中を探し回っていたのだと鼻息荒く言った。そして言葉を引き継ぐように加藤が告げる。
「お話聞かせてもらえませんか杉村さん。いえ、かつて新選組二番隊組長だった男、永倉新八さん」
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また一陣の風が吹いた。
と、眞平は思った。多くの死線をくぐり抜けてきたのだろう。
昔の名前を呼ばれ、表情が変わった禿げの老人、いや杉村こと新選組二番隊組長、永倉新八は、神道無念流剣術の使い手であり、新選組では、一番隊組長の沖田総司や、三番隊組長で一刀流の使い手・斎藤一と並び称され、一、二を争う強者だった。
沖田総司は病死してすでにこの世にはおらず、斎藤一は東京の本郷区真砂町で孫と暮らしているとの情報は掴んでいたが、新聞社の予算の都合で東京出張は断念していた。
そのため、永倉新八が杉村義衛と名を変えて、北海道にいると聞いたときは先輩と共に狂喜乱舞したものだ。(ついさっきまではいよいよガセだったのではないかと八割諦めていたが)
「……何が知りたい」
「新選組の謎のすべてを」
眞平が答えた。
「私たちは、もともとこの北海道にゆかりのある英雄を記事にしたかったんです。日清、日露と戦い続けて、この国はすっかり疲弊している。みんな参っている」
「だから私と八重樫は、自分たちなりに、我々が書く文章で人々を勇気づけたい。笑顔にしたい。そう思って、新選組副長、土方歳三のことを書こうと思ったのです」
「土方副長のことだと?」
頷く加藤。
「新選組副長、土方歳三は、薩摩藩、長州藩ら、新政府軍を相手に、隊士らを引き連れて、旧幕府軍の中心となり、転戦をつづけた。世に言う、戊辰戦争。最後はこの北海道、函館で戦死した。では、土方歳三とは一体どのような人物だったのか。新選組とはどのような組織だったのか。調べれば調べるほど謎は深まるばかり。我々は、新選組の謎を解き明かしたいんです」
「謎とは何のことだ」
「3つあります。1つ、なぜ新選組筆頭局長、芹沢鴨は死ななければならなかったのか。2つ、何故あなた方の仲間である、新選組総長、山南敬助は脱走を企てたのか」
言いながら加藤が眞平に目配せすると、眞平はうなずき、続けてしゃべりだした。
「そして、3つ目。なぜあなた方はこれを捨て去ろうとしたのか」
眞平が「これ」と言って懐から取り出した紙切れを見て、杉村はいぶかしむ。
「なんだそれは」
「破かれた局中法度の切れ端です」
「なに?」
「驚かれてますね。そう、新選組の鉄の掟。通称・局中法度。一つ、士道に背くまじきこと。一つ。局を脱するを許さず。等と禁止事項が細かく決められていた、ですよね」
「よく調べたな。そうだ。右の条文に背くものは切腹申し付ける。つまり罰として腹を斬らなくてはならなかった」
懐かしむように話す杉村へ、声色を変えて、八重樫は言い放った。
「その局中法度に、もう一つ。幻の禁止事項があったんですよね」
「なっ……!!」
――なぜそれを知っている?
かつて永倉新八と呼ばれた男はいぶかり、目の前の新聞記者の手元を睨みつけた。
「やはり、あったんですね」
いかがでしたか。
幻の局中法度とは何なのか。乞うご期待!!