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無人の時代  作者: 荒里あゆむ
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08章

 その日はどんよりとした曇り空だった。如月コンサルティングの真田悠斗と河合春奈は日本橋のイタリア料理店で遅めの昼食を取っていた。

 店内は混雑しており、店員が忙しそうに歩き回っている。どうみてもモデルにしか見えない長身の超絶美人の店員が、ミートソースとトマトのカニクリームパスタを運んで来て真田たちのテーブルにドスンと置いた。


 真田はその店員のあまりの美しさに思わず見惚れた様子で、春菜はその店員のぶっきらぼうな態度に少しかちんと来た様子だった。

「ほんと、さっきの営業部長、感じ悪かったですよね。あれじゃまるで私たちが悪いみたいじゃないですか」


 春菜は頂きますと小さく手を合わせると、猛烈な勢いでカニクリームパスタを食べ始めた。

「売り上げが上がらないのは広告費をケチったせいですよ。あの調子じゃコンサル費は払わないなんて言ってきますよ。あーもう、あの白髪頭を思い出すだけで頭に来ちゃう、ちょっと聞いてますか、真田さん」

「え? ああ、まあそうだね。困ったね」

 超絶美女店員は伝票をテーブルに放り投げると、くるりと背を向けてキッチンのほうに歩き去って行く。


「困ったねじゃないですよ、真田さんももっとガツンと言ってくれれば良かったのに」

 春菜はプリプリ怒りながら早くも三口目をほおばる。

 この日二人は都内のアパレルショップを経営する企業との打ち合わせに行っていたのであった。数ヶ月前から実施しているキャンペーン企画の中間報告について話し合ったのだが、思ったように売上が伸びておらず会議が少し紛糾したのだった。


 確かに春奈が言うとおり、先方の営業部長の言うことは理屈に合わない内容だった。真田が三か月前に提案した企画の前提は、予算や体制の面で完全に崩れ去っている。上層部の判断で広告費は半分に削られ、その上企画のコアメンバーが突然退職してしまったため十分な準備ができなかったのである。しかし、先方の部長は売り上げが上がらないのを真田たちのせいにしてきたのだった。


 企業の事業計画というものは計画どおりに進むことはむしろ少ない。それに企業の内情は外から見るほど一枚岩でもない。様々な部署があり派閥があり立場があり、そしてそのそれぞれが公私における利害と役割と企業固有の文化に縛られている。

 プロジェクトは上層部から結果を求められ、システム部門に足を引っ張られ、購買部門から費用対効果を常に疑問視され、中間管理職は板挟みになり、現場のメンバーは混乱する。


 プロジェクトを取り巻く様々なマイナス要因が相乗的に作用し、何をしても成果が上がらず八方ふさがりになってしまうことがある。もはや『カオス』としか言いようのない状況に陥るのだ。先ほどの営業部長のクレームの言葉は、そのような人知を超えた複雑系が発した呪詛のようなものなのかもしれない。


「少し様子を見よう。もともとこんな短期間で結果の出る企画じゃないし。時には『何もしない』ことが最善手という局面もある」

 真田のその一言で春菜は黙った。仏頂面には変わりなかったが、なんとなく雰囲気は理解できたのであろう。やはり頭のいい子だ、真田はそう思った。


 春菜がパスタの最後の一口を思い切りほおばった時、真田のスマートフォンが鳴った。

「あれ、ジェットの石川さんだ」

「なんですかねぇ、無人トラックが大惨事だったりして」

「こら!縁起でもない」

 春菜はまだ完全に怒りが収まっていないらしく、パスタを食べ終わった口元を澄まし顔で拭いている。


 真田は席を立って店の外に出ると通話ボタンをタップした。

「はい、真田です」

「ああ、真田さん、すみません至急お越しいただきたいのですが」

「どうしました、なにかありましたか?」

「無人トラックが・・・そのう・・・重大トラブルを起こしてしまいまして」

「ええっ?」

 真田は息を飲んだ。振り向くと春菜がお店の窓越しにこちらを見てにっこりとほほ笑んだ。女の勘はこわい、と思った。

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