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無人の時代  作者: 荒里あゆむ
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04章

 顧客向け新サービス発表会はスーパージェットの本社から徒歩五分ほどの銀座フェニックスプラザで行われることになっていた。

 事前にプレスリリースを行い、自社のホームページでの告知はもちろん、メディアや取引先へ連絡し、Twitterや YouTubeで大々的に宣伝するなどかなり積極的な告知を行なっていた。まさに社運をかけた一大イベントという位置付けだった。


「ではまた後ほど」建物の入り口で典子は笑顔で軽く会釈をして奥の会議室に去っていく。これから社運をかけて一大イベントの主役であることなど微塵も感じさせない。

 その後ろ姿を見送る真田と春菜のほうがよっぽど緊張している。


 会場は冷房が効きすぎていた。座席すでにほぼ満席になっていた。報道関係者の姿も見える。集まった出席者は、日本で初めてのこの画期的な運送システムに興味津々な様子であった。みな熱心に、配られた資料に目を通している。

 さらに会場の後ろにはずらりと大手メディアがカメラを並べて勢ぞろいしている。


「大盛況ですねぇ」

「邪魔にならないように一番後ろに座るぞ」

 真田は子供のようにはしゃぐ春菜を制して席に着く。


 今日のセミナーは恐らく半信半疑で集まっている顧客がほとんどであろう。今日この場で、無人運転システムを印象付けることでその『半疑』の部分を払拭できれば、ジェット社の今後の戦略は大きく前に進むだろう。


 実はこのセミナーを提案したのは真田であった。この無人運転システムの最大のリスクは運行の『安全性』であるが、企業にとって『本当に安全かどうか』と『世の中が安全と思っているかどうか』は時として別のリスクと考えたほうが良い場合がある。


 実際の安全性が高くても、世の中が安全と思ってくれなければマーケティングとしては失敗である。そういう意味でマスコミを味方につけることは企業戦略上のキーになる。

 企画部長の小沢典子は真田の提案の意図を即座に理解し、短い期間で開催の準備を行いここまでの動員を実現した。おまけに彼女のアイディアで、本番の無人運転業務のデモンストレーションを行うという大胆な企画も付け加わったのであった。


「えー、それではたいへんお待たせいたしました。予定の定刻になりましたので本日のスーパージェット社、新サービス説明会を始めさせて頂きます」

 司会進行役の営業部長の坂本がマイクで話し始めると、それまでざわついていた会場が水を打ったようにしんと静まり返った。出席者はみな、この世紀の新技術に関する情報を一言も漏らさず持ち帰ろうと身構えている。


「プレゼンターは、株式会社スーパージェット、企画部、小沢典子部長です!」

 坂本の掛け声と同時にホールの照明が薄暗くなり、ホールの入り口にスポットライトが当たる。そして扉が開き、ライトグレーのスーツをまとった典子がさっそうと入場した。

 彼女のその凛とした登場に、会場の観客は引き込まれるように盛大な拍手を送る。


 典子は演台に立ち聴衆に向かって礼儀正しく礼をし、良く通る声で挨拶をした。

「ただいまご紹介にあずかりました企画部の小沢です。みなさま本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」深々と頭を下げる。


 典子はこれだけの聴衆を前に全く物おじせず、むしろ微笑を浮かべながら淀みなく声を発する。

「では早速本題に入らせていただきます」

 再び照明が薄暗くなり、厳かなBGMとともに正面のスクリーンにサーキットを疾走するトラックの映像が映し出される。映像にかぶせる様に典子が解説を行う。


「先日のプレスリリースで発表させて頂いたとおり、このたび弊社は運送トラックの完全無人運転サービスを開始させていただくことになりました」

 典子の声はNHKのアナウンサーのように落ち着いた雰囲気であると同時に、アニメの声優のような愛嬌も感じられる。聴衆は映像を食い入るように見つめる。

 映像が次々に切り替わり、その都度典子は聴衆を見渡し語りかけるように淀みなくプレゼンを続ける。


「・・・ドイツで延べ数十万時間の実走テストが行われました。その結果、故障率は日本政府が定める基準値を大幅にクリアし・・・」

「・・・無人運転の技術はアメリカのグーグル社が有名ですが、ドイツの開発チームはカメラ映像による形状認識アルゴリズムを採用しました。もともとドイツはカメラレンズの分野では世界トップクラスの技術を・・・」


「・・・このように、カメラ方式のアルゴリズムが従来まで不得意としていた夜間や悪天候時の認識率の向上が図られました。また近年、日本政府の自動運転に関するインフラ整備も急速に進み、事故情報、工事情報、あるいは渋滞情報などの各種インフラからのデータをシームレスに取り込むことで、より安全な・・・」


 春菜は熱心に典子の話に聞き入っている。話が無人運転システムの画像認識アルゴリズムの話に移ったときには、一段と目が輝きはじめた。

「すごいですよね、カメラで捉えた物体を一瞬で認識して危険度を数値化し、おまけに車が取りうる行動パターンを何十通りも作成して最適な優先順位をつける・・・よほど効率の良いファームウェアプログラムを書かないと瞬時に判断が行えないですよね」


 二人とも専門がIT分野なので、どうしても会話がシステムの仕組みの方向に向かってしまう。しかし、企業のコンサルはいまやITシステムとは切り離せない。そういう意味で、この仕事は二人にとって適任なのだろう。


 典子の説明のギアが一段上がる。

「・・・この安全性アルゴリズムはドイツメーカーの特許であり、ヨーロッパでは人間が運転する車よりもむしろ事故を起こしにくいという研究結果も報告されています。そのため、無人運転車の保険費用は通常よりも安く抑えることができ・・・」


「・・・また、運用コストに関しましては、ドライバーの人件費を約五分の一に低減できる見込みです。加えまして、追随走行による燃費の大幅な向上が見込まれます。追随走行というのは、トラックの車列における車間距離を通常より大幅に狭くして走行することにより、トラックが前のトラックの陰に入り込むことで空気抵抗を軽減します。試算ではおよそ三、四十パーセント程度の経費削減を見込んでおり、これをお客様価格へ還元させて頂く予定です」

 聴衆が「おお!」とどよめいた。


 典子はそこで自分を落ち着かせるように一呼吸置いて聴衆を見渡し、自信に満ちた笑顔で続ける。

「・・・弊社は、他社とは比べ物にならないほど低料金かつ安全なサービスを提供させて頂けると確信しております」

 最後に典子が深々とお辞儀をし、プレゼンは終了した。会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

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