第35話 俺に、やらせてくれないか
「彼のことを、共有しておきたかった」
すてらが、手で牙人を指し示す。
紅い眼の少年は、再び牙人を見ると、「ふむ……」と値踏みするように目を細めた。
「……確かに、魔力を感じるな」
「ドラゴンに遭ったらしい」
「ほう。よく生き延びたものだ」
感心したように見つめてくる。やはりドラゴンというのは、遭遇後に生きていると不思議がられるレベルの存在みたいだ。
なんともいえない気分になって、牙人は「どうも」と頭を掻きながらお礼だか挨拶だかわからない言葉を吐いた。
「……で、君は何者なんだ」
「おお、自己紹介がまだだったな。俺は、トーマ……こちらでは、十文字灯真と名乗っている」
「こちらではってことは……」
すてらに視線を向けると、肯定のうなずきを受け取る。
「ん、ワタシと同じ世界から来た」
「やっぱりか……」
第二異世界人との遭遇は、思いのほか早かった。
改めて灯真を見る。少し長めの灰髪の下から、深い紅色の瞳が輝いている。何か強い意志を感じさせる眼差しは、どこかヒーローの目に似ている気がした。そしてやはり、欧米系に似た顔立ち。
それにしても、異世界の住人というのは、皆こんな感じで美形なのだろうか。ソースが二人しかいないので、この二人が特別ということも十分考えられるのだが。
——と、いうか。
「あのさ」
「む?」
「……君、三嶋大社の祭りで焼きそば買わなかった?」
「っ!?」
憮然としていた灯真の顔つきが、急に驚きと警戒の色に変わる。動物なら毛を逆立てていそうなほど目を丸くして、灯真は愕然としつつも牙人を睨みつけた。
「貴様、なぜそれを……!」
ついでに、バイト先のファミレスでも見かけた記憶がある。
何せ、この見た目だ。灰色の髪なんてそうそう見かけないし、ましてや紅い眼である。それに、言動も奇抜だった。しかし、それもこれも異世界人だからと言われれば、釈然としないながらも納得はできてしまう。
「俺、あそこの店員」
「……」
「……」
「……ふむ」
すん、と警戒を引っ込めて、灯真は静かに表情を戻した。
「焼きそばどうだった?」
「うむ、美味だったぞ」
「そりゃあ何より」
思い出すように目を閉じてうなずく灯真に、牙人は笑みをこぼした。こうしてみると、少し変なところはあるものの普通の少年のようだ。
そんな彼が、異世界出身だというのだから驚きである。知らない世界は、案外すぐ近くに転がっているものだ。
「俺も自己紹介した方がいいのかな。狼谷牙人です。どうぞよろしく」
「うむ、よろしくだ狼谷」
ぶっきらぼうな喋り方に似合わず、灯真は丁寧にぺこりと頭を下げた。
「これはご丁寧に」
牙人も、会釈を返しておく。
「……そういえば、さっき『なんたらの魔女』、みたいなこと言ってなかったか? あれは何なんだ?」
「“凍星”」
「そうそれ。いてぼし」
すてらの短い訂正に、指をさして応える。
「凍った星で“凍星”。ワタシの、異名のようなもの」
「ま、だろうな」
そのくらいは予想がつく。
何せ、牙人も似たようなものを持っているのだ。“狼怪人ウルファング”。ほとんど捨てた名も同然だし、ちょっと恥ずかしいとすら思っている。そこそこ気に入ってはいるが。
少しだけ昔のことに思いをはせた牙人に、すてらは続けて言った。
「これでも、そこそこ長く生きている。そこの若造が、当たり前のようにこの名前を知っているくらいには」
「むっ」
若造と呼ばれた灯真が、明らかに不服そうな顔をする。
「あれ、そうなると、その制服……」
「何?」
「あー……」
「……何?」
心なしか、表情の読みづらいすてらの目の温度が下がったような気がする。これが異名の由来だったりするのだろうか。
ともかく、見かけよりも実年齢はだいぶ上らしい。なんだか、りこと仲良くなれそうだ。
年齢不詳の無表情コスプレイヤーを思い出し、牙人は小さく苦笑を漏らした。
「そっちの、灯真くんもそういうのあるのか?」
「俺か? 俺は“勇者”と呼ばれている」
「へえ、“勇者”ね」
「……」
「……」
「は!?」
危うく完全に流すところだった。
「なんだ、急に大声を出して」
「いやー……なんでもない」
勇者とは、あの勇者だろうか。そうだとすれば、主人公中の主人公だ。
「うん、よく見ると主人公っぽい雰囲気してるな」
「何を言っているんだ」
「なんでもないよ」
なおもしげしげと見つめる牙人を少し気味が悪そうにしながら、灯真はしかめっ面のまま鼻を鳴らした。
しかし、勇者が別の世界に滞在していていいものなのか。勇者といえば魔王を倒すのが仕事とかではないのだろうか。さすがに、そこまでゲーム仕様ではないのかもしれないが。
そんな牙人の心配をよそに、灯真はすてらに顔を向ける。
「それで“凍星”。先程の、狼谷がドラゴンに遭遇したという話だが」
「ん。あなたに、捕獲を手伝ってほしい」
「無論、放ってはおけんし協力はしよう」
「ん。まず——」
牙人の目の前で、ファンタジーな二人の人物がドラゴン捕獲の計画を立てていく。
言っていることの半分もわからないが、確実に倒せるという前提のもと話が進んでいるのはわかった。
かたや異名がつくほどの魔法使い。そしてかたや“勇者”だ。それもおかしくない話なのかもしれなかった。
「では、とにかく俺が——」
「その間に——」
その光景を見ていると、牙人の胸の中に、何かずれが生じたような、ぴりっとした強烈な不快感が充満していった。
疎外感のようでもあるが、それとも少し違う。どうしようもなく、額縁の外から世界を眺めているような気分になって、胸の奥で何かが蠢くようだった。
無性に苛立ちも感じていた。たぶん、自分自身に対して。
それは、病院で栞にぶつけたときの苛立ちによく似ていた。
その存在を認識してしまえば、それ自体は特段おかしな感情ではなかった。ありふれた、今までにも覚えのある気持ち。
——ああ、俺は悔しいのか。
自らを負かしたやつが。
仲間を傷つけたやつが。
全く関係のない彼らに、自分の力の及ばない領域で簡単に倒されようとしているのが、どうしようもなく、気に入らないのだ。
それは嫉妬のようでもあり、実際いくらかそうだったのかもしれない。
とにかく、そう。言うなれば、獲物を奪われることが——牙人には、我慢できなかった。
それまで黙って二人のやりとりを見ていた牙人は、無意識に「あのさ」が口を突いて出ていた。
すてらと灯真が、会話を止めて牙人を見る。疑問の宿るその視線に、牙人は逡巡して、しかしやはり確固たる意志を持って口を開いた。
「その、捕獲なんだけど」
「……」
「——俺に、やらせてくれないか」




