んー、甘い
時は流れて私は十五歳になった。社交デビューは来年十六歳になってからだから、本当なら静かーに暮らしているはず…だったんだが。もちろんそうはいかなかった。
理由は単純明快、シュナイドの婚約者に正式になったからだ。告白を受けた翌日には国中に発表をし、それに伴ってお茶会やらなんやらのお誘いがひっきりなしに来るようになって。
それだけじゃなく私達が十三歳になった年に、シュナイドが王太子に決まって互いに教育も始まり…多忙すぎる。
ただ…まぁ、多忙すぎるわりには私達は仲を深めている…と思う、私の主観だけど。なんせシュナイドは…その…、愛を囁くのが多い。もう多いとかのレベルじゃない、息を吐くのと同等に。
なんでそうなったかと言うと、ある時シュナイドの愛馬を見せてもらった時、皮肉も何もなく私が言ったことが要因だ。
『こちらが私より可愛い馬なのですね、…確かにクリっとした眼も艶やかな毛並みも、可愛いですね!』
……いや本当に悪気はなかったんだ、そーいやそんなこと言ってたなぁ〜くらいの感覚だったんだが。それを聞いたシュナイドは。
『ユミリーネ、君より可憐で可愛い存在など居はしないよ。…なんでこんなに、世界一素敵な君にあんなことを言えたんだろうか…。』
と酷く落ち込み、自分を殴りたい気分だとまで言い始めた。その分殴ったから問題ない、と言ったら『じゃあ、足りないのは言葉と行動か。』と愛を囁くようになった。
ちなみに母はあんなことがあった後の婚約とシュナイドの変わりように驚きながら、反対の意を示し続けていた。曰く娘を一度でも傷つけたのだから許されると思うな、らしい。
私自身としてはシュナイドの想いを嬉しく思い始めていた反面、母の気持ちも分かる、と板挟みになっていたんだが。まぁ、良い方向に向かったんだから良しとしよう。
と、まあこの数年を思い返す現実逃避はこれくらいにして…。目の前の状況、どうにかしないとまずいよなぁ…。
「リーネ、君の大好きなお菓子を持って来たよ。だから一緒に参加しても大丈夫かな?」
爽やかな笑顔を見せつけると、周囲はキャー!と黄色い歓声を上げる。どこのアイドルのコンサート会場だ、ここは。コンサート会場じゃなく、私の家の庭のはずだ。なぜ来た。お前が来るとこうなるから呼んでないんだが…!?
そのまま返事をしないわけもいかない私は、笑顔を引き攣らせながら頷く。
「え、えぇ…。こちらへどうぞお掛けください、シュナイド殿下。」
参加を認められたシュナイドは嬉しそうに、私の手を取って座る。もちろん私の隣である、婚約者なのだから当然なんだ、分かってる。分かってるけど!
「あれ?リーネ、顔が赤いけれど…うん、熱はなさそうだね。」
さりげなく私の額に触れて、安心したように笑みを浮かべる。……それがとてつもなく恥ずかしい。だって顔はあの頃から整っていたんだ、それが成長して爽やかさと大人っぽさを合わせもったら、絶世のイケメンの誕生である。それにあの時の誓いを守るように、シュナイドは変わったのだ。王家に産まれた者として相応しくなった。それを皆に認められて王太子となった。何もかもがハイスペックである。
そんな人が自分にだけ見せる優しい笑みを見たら、誰だって恥ずかしくて赤くなるに決まってる!…あぁ、分かっている。そうじゃない人だっているのは。
でも仕方ないだろ、す、好きに…なっちゃったんだから。
婚約してからずっと、教育を受けながら暇を見つけては私の元へ来て、愛を囁くし!休みの日は色んなところへ連れて行ってくれて、私の世界を広げてくれて、それを心から嬉しそうにして。立太子した時もそう、王太子となったシュナイドが演説をする際、壇上に私を上げて高らかに愛を紡いだ。おかげで私は恥ずかしがり屋な可愛い王太子妃扱いされている。
こんな予定じゃなかったんだ、ほっとかれて自由を満喫してるはずだったんだ。それなのにシュナイドときたら!
性格も良くなったのだから、惚れないわけがない。
「だ、大丈夫です殿下…。」
かろうじて返せば、なら良いけど?と優しく笑う。あぁ!だから!その笑顔が私には毒なんだって!
恥ずかしさで俯いてしまった私の代わりに、気持ちを伝える代弁者が口を開いた。
「殿下?ユミリーネ様は殿下が近くにいてくださるから、嬉しさと恥ずかしさで赤くなられているだけですわ?」
ほほほっ!と要らぬことを言ったのは、いつの間にか友人枠に入ってきていたカトリーナ・ウォールデン。ウォールデン侯爵の一人娘で、年齢は私達と同じ。容姿は可愛らしい、のか?本人はそう言っているのでそうしておこう。水色の髪と瞳の性格は貴族らしい女の子だ。ちなみにこいつにも一度平手ビンタをお見舞いした。
元々私とシュナイドの婚約を認めたくなかったウォールデン家が、娘をわざわざお茶会に寄越してはあれこれ文句を言ってばかりだった。それは我慢出来る範囲…ギリッギリ我慢出来る範囲だったが、ある時にわざとケーキを落とした挙句、それがたまたま近くにいたメイドのせいだ!と非難した。仕事の仕方がどーのこーの、来客に対する姿勢がどーのこーの。どうにか諌めようとしていたら、こいつは余計なことを言ったのだ。
『こんな平民のメイドなんか雇うからですわ!』
確かに平民出身であったが、仕事はちゃんとこなしていたし問題は無かった。だが出生でそんな言い方をするのは酷く気に入らなかった。確かに貴族であるならその考え方も必要だ、でもその平民の税で裕福な暮らしを出来ているのは私達。ならばそれを理由として蔑むのは大いに間違っている。と思った私は何故か口より先に手が出た。
バチンッ!と綺麗な音が響き渡り、好き放題言ってやった後冷や汗を思いっきり掻いた。ヤバい、また後先考えずにやってしまった…。しかも婚約の件で敵対してる相手に。あー、どうしよ、と固まっていたら、カトリーナは泣きべそかきながら帰っていった。面倒起こしたなぁ、ととりあえず両親とシュナイドには報告をして、過ごすこと数日。
また我が家で開いたお茶会に、平然と参加してきていた。こいつメンタルすげぇな!よく顔を出せたなぁ、とある意味尊敬しながら、また何かしでかすんじゃないかと注意していたら。
「あの…ユミリーネ様!先日は大変なご無礼を働き、申し訳ございませんでした!」
と謝ってきた。あの時の茶会は人として恥ずべき言動と行為だった、と。それ故に家族には一切の報告をしなかった、とも。あーだから何も無かったのねー、と納得していたら、カトリーナは瞳をキラキラ輝かせ、私に宣言した。
「ユミリーネ様のような方が王妃になられるのならば、臣下としてこれ以上ないほど喜ばしいことですわ!私、ユミリーネ様に一生ついていきます!」
と。
それからいつの間にか友人枠に入って、こうして要らぬことも言うようになった。もう一度ビンタかましたろか。
「カトリーナ…?後でお・は・な・し、しましょうか?」
分かりやすく脅してやれば、カトリーナは涙目になってシュナイドに助けを求める。
「殿下ぁ?ユミリーネ様、お話し方がいつもと違われてはおりません?」
いや、逆に脅してきやがった…!バッカ、お前それ言ったら!
「ふふふ、奇遇だね?俺もそう思っていたんだ…あぁ、俺が他所行きの話し方をしてたからかな?だとしたらごめんね?」
ギギギギーッと横のシュナイドを見れば、ドス黒いオーラが見えるぅぅ!ほらぁぁ!こうなるの分かってたろ!
とても爽やかな良い笑顔をしているとは思えないほど、ドス黒オーラを醸し出すシュナイド。
「い、いいえぇ…。ほ、他の方も見えますしぃ…、ねっ?」
心の中でガクブルしながら、なんとか言い訳を考えて同意を求める。最後の方は可愛らしさを出しながら。私のキャラじゃないはずなのに、なぜこうせねばならんのか。
「ん?何?リーネ、良く聞こえなかったからもう一度言ってくれるかな?…あと最後はとても可愛かったよ。」
聞こえてんじゃねぇか!ボソッと言うから聞き逃しかけたわ!
「そ、そのぉ…ね?やっぱり、本音と建前は使い分けるべきで…。」
「それは俺がいない時だけで良いよ?俺がいるならどんな時も守ってみせるから、気にしないで?」
もうやだぁ、この殿下!私の逃げ道塞いでくるぅ!
「ユミリーネ様、愛しくて堪らない殿下がこう仰っているんですもの、良いじゃありませんか?」
カトリーナ、お前絶対あとで泣かす…!なんなら軽口叩けないようにお説教をする、丸一日かけて。
そんな決意を固めていると私の左手が動いた。勝手に。ん?と横を見れば…、シュナイドが左手を握ってジーッと見つめてくる。あぁ、やっぱり綺麗な晴れ渡った空の色をしているなんて考えていたのに、開いた口から出てきた言葉は曇天を通り越して雷雨であった。
「リーネ、そろそろ戻そうか?あっ、それともリーネは…イジメられる方が好き、なのかな?」
ひぃぃぃ!違います、違います!断じてそんなことありません!!ブンブンと首を横に振ると、どうしたら良いか分かるよね?と脅迫してきた。あ、あぁ…戻さなきゃこれ、またヤバいやつだ…。
「わかっ…た。ごめん、シド。でも私の気持ちも分かって…。」
シュナイドを愛称で、敬語も全て取っ払い話す。ドス黒オーラはたちまち消え去り、シュナイドに後光が差したように思えた。
「ありがとう、リーネ。我儘を言ってごめんね?君の気持ちは理解してる、でも俺はリーネといつだって対等でありたいんだ。」
私の頬を優しい手付きで撫でながら、言い聞かせるようにしていた。…分かってる、シュナイドの気持ちだって。でも今はまだ婚約者ってだけだから。皆に家格だけじゃなく、自身を認めさせなきゃいけないから。じゃないと…シュナイドの隣に並べなどしないから。
「…ふふっ。リーネは分かりやすいなぁ。安心して?君は誰よりも素敵だ。」
頬から手を離した、と思ったら私の髪を一房掬い、そっと口付けを落とす。だーかーらぁ!恥ずかしいんだって!
カトリーナなんか、あらぁ!とか声上げてガッツリ見てるし!決めた、こいつにはもう一発ビンタかます。話なんかぶっ飛ばしてかます。前世でネットで見た、右頬をぶたれたら左頬も、ってやつ。あの理論でいく。覚えとけ。
……まぁ、流石に?手加減はするけど?
最近になって思う、私大分変わってきてないか、と。根本は変わっていないと思うが、言葉遣いなり考え方なり。粗野な言葉遣いはたまに出るがブチギレない限り、今のところは出していないし、考え方は前世のような一般人のもんじゃない。上に立つに相応しくあろうとする、そんな考え方。
私らしくないな、と軽く溜息を吐く。
「あら?ユミリーネ様、お疲れのご様子ですわね?」
それは多分、お前のせいでもあるぞ。と言葉が出かけたのを飲み込んで、紅茶に口を付ける。
「…そういえば、そろそろ学園に行かなきゃいけなくなるけど、準備は大丈夫?」
気恥ずかしさ諸々を隠すため、わざとらしく話を逸らす。まぁ関係ない話じゃないし、構わんだろ。
この世界じゃ十五歳になったら貴族学園っていう、安直な名前の学園に入らなくちゃいけない。貴族としての振る舞いと領地経営のノウハウを学ぶらしい。家によっちゃ講師が付けられないからだとかなんとか。この学園の卒業はその後にも有利に働くらしく、文官や騎士になる道も入り口が広くなるのだとか。
てか十五歳になったら学園に入って、って前世と変わらねぇな。違いがあるとするなら、今世は貴族は基本全員が入学しなくちゃいけない、くらいか。前世は義務じゃなかったもんな。
「?準備なんて侍女達がしてくれますもの、問題はありませんわ!」
生粋のお嬢様、カトリーナはさも当然だと言わんばかりに胸を張る。…いや分かる、分かるのよ。高位貴族ならそうであるべきだけどさぁ?
「カトリーナは相変わらず丸投げ、ね。自分のことくらい、自分で出来なくてどうするの?」
前世の性分が出てしまう。なるべく迷惑は掛けず、自分のことは自分で。今世と前世、同じだけ生きてきたけれど自分は自分。容姿や生活が変わろうと変わりはしない。
唯一変わったのは口調だろう。ブチギレ案件以外はこうして大人しい話し方が出来るようになった。
「ですがそれだと、侍女の仕事を奪うような真似じゃありません?」
「チッ!」
「え?今、舌打ちされました?私、今舌打ちされましたよね!?なんでなんですの!?」
やっべ、つい出ちゃった。カトリーナの発言が正しいが故に、何故か無性にイラッとしただけだ。侯爵令嬢だから侍女の仕事にまでちゃんと気を遣えてる。…よくあの時、あんな真似出来たよなこいつは。
「気のせいよ?私がするわけないじゃない、ね?シド?」
先程から静か〜に私達のやり取りを見て、黒いオーラを漂わせているシュナイドに話を振る。
「そうだね、リーネは心優しく、強い女性だ。カトリーナ嬢の気のせいだよ。」
フワッと花が舞っていそうな雰囲気に変わったシュナイドは、他の女性が見たら卒倒しそうなほど素晴らしい笑みを浮かべる。何故かカトリーナはなんら態度が変わらないのは不思議だが。
「んー…ま、まぁ?気のせいならば良いのですけど…。」
二対一じゃ気のせいなのだろう、と納得いってないながらもカトリーナは飲み込む。ま、実際は気のせいじゃないし、シュナイドも気付いてるけどな!カトリーナの敗因はただ一つ、シュナイドが私に激甘ってことだ!それが原因で自分の身が危ないと思う時もあるけど。
とりあえず言えるのは、シュナイド。いくらなんでもカトリーナにまで嫉妬は醜いぞ。