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物事はいつも上手くいかない

「はぁ…、もう良いわ。とりあえず部屋へ案内してくれるかしら。」

母が遂に折れた…のか?呆れて物が言えなくなっている、と言った方が正解か。母は王妃のそばに控えていた侍女に声をかけた。

侍女はビクッ!と肩を揺らせ、王妃をなんとか宥めて案内しようとしている。王妃も泣き止むことはないものの、なんとか案内を始めた。

クソガキ王子はうんともすんとも言わず、黙ってついて行っている。うん、これが見れただけでも良しとするか。


……良しと出来なかった。最悪だ。なんて日だ、こちとら誕生日なんだぞ。

理由は簡単、王宮内ですれ違う人が皆、王妃が泣きながら歩くものだから何事か、と私達を見るのだ。もう気分は動物園の動物だよ。好奇な目、勝手に勘繰って軽蔑や怒りを込めた視線が、まぁ多いこと。母は素知らぬ顔して歩いているけど、子供の私には無理。

それだけでかなり苛つくのだが、世の中には更に馬鹿がいるもので。野次馬の如く、なんか騒ぎ立て怒鳴る奴がいたり。通りすがりに舌打ちされたり。こいつらの方がよっぽど動物じゃねぇか。…いかん、手が震えている。もちろん怒りでだ。

謂れのないことを受け止めるなんて、私は出来ない。だからこそ喧嘩は嫌いだけれど、殴り合いはしてきた。理由を知らない外野が憶測で、ごちゃごちゃ言うのが嫌いだから。

まぁ耐えましたけど?こんな中身でも令嬢ですので?おほほほ!

なんとか令嬢のポーカーフェイスで歩くこと数分。漸くたどり着いた…、長いわ。確かに私の屋敷だってデカい、デカいがこれ程じゃない。表情筋とふくらはぎが既にガチガチになっている。何が嬉しくてこんな苦行を強いられたのか。

泣き止んだ王妃に席を勧められ、母の横に座る。私の目の前にはクソ王子、斜め左に王妃がいる。メイドが手早くお茶の準備をして、ササっと出て行く。

目の前に置かれた紅茶をまずは頂く。喉が渇いて仕方なかったから丁度いい。これが冷えたジュースなら尚更良かったんだけどな、こればかりは我慢するしかない。

皆が一息を入れたところで母が口火を切った。

「さて、王妃様?婚約の話ですが…当家としてはお断りさせていただきます。」

単刀直入すぎやしないか?いや私としてはありがたいんだけども。

「そ、そんな!た、確かにシュナイドを甘やかしてしまっておりました…。でも!」

シュナイド?誰だそれは。…あぁ、王妃の横で仏頂面してる奴の名前か。そういや名前さえ知らなかったわ。……ごめん、知らなかったわけじゃなかった、父が名前言ってたわ。興味無さすぎて覚えてなかった。

「母上!僕はこんな奴と結婚なんて嫌です!もっと素敵な…金髪の人が似合います!こんな頭の中までピンク色そうな奴なんて!」

あ?なんだこいつ。外見でしか判断出来ねぇのか?こっちとしてもこんな奴は御免だが、性格の悪さは気に食わない。なんせ第一王子なのだから、いずれは国王になるであろう男だ。私はきっと他家に嫁いでいるだろうが、この国にいるだろう。そうなると臣下に当たるわけだ、なのにこんな頭の悪い国王じゃ忠誠なんざ誓えれやしない。誓ったら最後、泥舟が崩れて溺れ死ぬのが見えてる。

はぁ…、とわざと大きく溜息を吐いた。王妃は肩をビクッとさせ、私を涙目で見つめる。……いや、私を見られても。権限は全て母にありますので。恐らく意見は母も同じだと思うが。

チラッと母を見ると…。ん?お母様、えらく上機嫌な顔をしてらっしゃるわ。額には青筋がうっすら浮かんでらっしゃるけども。

「王妃様、どうやら答えは出たようですわね?当家としても、ユミリーネとしても答えは否。そしてそこの躾のなっていない野良犬も否。」

うっわぁ、ついに野良犬扱いだよ…。一応血統書付いてるはずなんだけどなぁー。しかも親の前なんだよなー。

まぁ致し方ないか、事実だもん。こっちだって口は悪かろうが、表面上は取り繕うことはしてる。でも向こうは一切してない。人の上に立ち、人を導く人間がこれじゃあな。

「…っ!ミラ様、流石に言って良いことと悪いことが…!」

「それは貴女の息子に言うべきことじゃないかしら?」

先に言ってきたのはそちらよ、と母は優雅に紅茶を嗜みながら返す。確かに悪いことなんだが、一応向こうは王族で…んー、お母様綺麗!

もう考えるのが面倒になってきた私は、現実逃避を始める。帰ったら何しようかなー、と考えていたら。

バシャ、と私に何かが掛かった。意識を戻せば、髪から雫が滴り落ちる。フワッと香る匂いは、今飲んでいる紅茶のものだ。そこまで確認して、周りを見渡せば王妃が青褪めた顔で、母は今にも父に見せているような怒りを表さんばかり。そして二人の視線の先を辿ると。

―――やっぱりこいつか。

私の前で、空のカップを持ちながらケラケラと笑う、大馬鹿野郎。……あぁ、こいつ金髪だったのか。目は切れ長の青い瞳で、まぁ確かに見目だけは良いな。

私は漸くこいつをしっかりと見た。理由は簡単、私の敵だと判断したからだ。

私はユラっと立ち上がり、母に一言謝罪をする。何のって?これからすることに対してのだ。

そのまま、王子の元へゆっくりと歩く。どうしてやろうか、同じように茶でも掛けてやろうか。だがそれは紅茶に失礼だな。人間怒りが頂点に達すると冷静になるというが、今の私はまさしくその状態だった。

言葉だけなら我慢してやれたが、こうして実害を被ったのだ。シンプルにこいつにも実害を与えてやろう。

すぐに王子の側に着き、いつまでも笑う締まりのない顔を見下げる。

「ハハハッ!なんだ?嫌なら早く出ていけば…」

王子が言い終わる前に、バキッ!と音が鳴る。王子は座っていた椅子から落ちて、訳が分からないように私を見上げていた。

「おい…、立てよ。もう一発かましてやるから。」

先程鳴った音の正体は、私が王子の頬をグーパンした音である。王妃は目の前で起きた光景が受け入れられてないのか、口を開けたまま固まっている。母は、構わないと言わんばかりに澄ました顔をしている。なら遠慮はいらないな。

「教えてやるよ、お前偉そうにいるけど、お前自身たった一人で何が出来るんだ?お前の立場は選ぶものじゃない、国民から選ばれるものだ、それを何勘違いしてんだ?」

あえて規模を大きくして言う。今はまだ婚約者候補に対してで済んでいるが、このまま大きくなった時、実害を被るのは王じゃなく国民だからだ。

遅れてやってきた痛みに震え、頬を抑えている王子の胸倉を掴んで、今度は逆の頬を痛めつける。

「これで両頬制覇だ、次は真ん中行くか?」

王子は口の中を切ったのだろう、血を流しながら歯をガチガチと鳴らしている。涙と鼻水が出てる…親子揃ってこんなのを見せるのか。情けねぇ。

もう顔も見たくないし、次で終わりにしておくかと腕を振り上げた…が、その腕が振り下ろされることはなかった。

誰かが私の腕を掴んでいる、誰だと見れば…母だ。

「ユミリーネ、両頬までよ。それ以上やるのなら、見えない所にしなさい。」

言葉だけ聞くと見えない所なら好きなだけ、と取れるが実際は、これ以上はやるなの意味だ。母は見えない所にやるなんて陰湿なことを嫌うから。言葉のままやってしまうと、私が王子みたくなる。

握っていた拳を緩め、胸倉から手を離すと母も手を離す。

「王妃様、この罰はしっかりと受けましょう。爵位返上でも、なんでも。如何様にも処罰なさいませ。」

固まっていた王妃は母の言葉で我に返り、王子の元へ寄り、すぐに侍女を呼びつけ氷を持って来させる。

その間も私は王子を冷たく見下ろし、王子は私を恐れるように見上げていた。

(……やり過ぎた、これは)

冷静だと思っていたが、怒りで我を忘れていたらしい。とりあえず平手ビンタで、と思っていたのに気付いたらグーパンしてしまった。猟奇的すぎる…。

「………ミラ様、確かにこちらにも非がありました。ですが、これは許されませんよ…!」

怒りを露わにする王妃に、母は冷たく言ってのける。

「ええ、だから言ったでしょう?如何様にも処罰せよ、と。」




あれから直ぐに王妃は私達に帰宅を命じ、沙汰は追って伝えると言った。帰りの馬車の中で母に謝罪をしたが、母は笑っていた。

「ユミリーネ、貴女はやる前に私に謝ったわ、それで十分。それに貴族の暮らしは息苦しいもの、丁度良いわ。」

そう言って私を責めることは一切無かった。公爵位故に処刑はないだろうが没落は免れないだろうに。

自分の短慮さを恥じていると、屋敷へ着いた。

濡れたままだったから、すぐに体を温めるために風呂に入り、着替え、自室で何をするでもなくベッドの上で蹲りながら、篭っていた。何もする気が起きなかっただけだ。思っていた以上に、自分の行いの悪辣さに自己嫌悪に陥っていた。

確かにムカついた、だがだからといって限度はある。それを見誤って、あそこまでしてしまった。やってしまったから仕方ない、なんて思えなかった。

父や母、ひいてはこの屋敷に仕える人を巻き込んで、ごめんなさいではすまない。

そうして自己嫌悪の渦に揉まれながらいると、扉をノックする音が聞こえた。小さく、はい、と答えると扉はゆっくりと開き、人が入ってきた。

私がいるベッドに腰を掛け、そっと私の頭を撫でて優しく語りかける。

「ユミリーネ、今日のことは聞いたよ。…シュナイド王子の態度は到底、許されるものじゃない。だけどね?ユミリーネも悪かったよね?」

言葉を区切って、私の頭を撫で続ける。そこで私はその人の顔を見て、頷いた。

「はい…お父様…。言葉ではなく、手を出してしまいました…。」

父は優しく微笑み、正解だと言うように頷く。

「その通りだね。時には言葉が正攻法じゃない時もある、だけど今回は違ったんじゃないかな?もっとその前に言える機会があったはずだよ。」

確かにいくらでもあった。母が言ってくれるだろうから、と何も言わなかった私も悪い。その前に言っていれば、ここまでのことにはならなかったかもしれない。

「ごめん…なさい。……皆も巻き込んじゃった…。」

ポロポロと涙が溢れて、しゃくり上げる私の頬を父は優しく包んでくれた。

「ミラも過激だからねぇ〜、向こうが悪いと判断したらやっちゃうもんなぁ。…でもユミリーネに怪我が無くて良かったよ。」

でも、と言った私に父は微笑んで返す。

「大丈夫、悪いようにはならないよ。お父様の勘は当たるからね。」

女の勘は聞いたことはあるが、父の勘とは。でも不思議とさっきまで抱いていたものが、フッと軽くなった気がする。きっと現状は変わっていないだろうが、それでも前向きに考えることが出来る余裕は生まれた。

「お父様、ごめんなさい。ありがとう。」

父は落ち着いた私を見て、ご飯にしようかと私をベッドから連れ出した。




「どう言うことなの、レイラーク!!」

時間は流れて翌朝、あの後夕食を終えた頃に城から呼び出しをされた父が帰ってきた。理由は第一王子暴行の件に関して。どんな沙汰を言い渡されるのかと、やっぱり不安になってあまり眠れなかった夜を超え、朝食を摂るために食堂へ入ったら母の声が聞こえた。

ビクビクしながら、挨拶をしようと近づくと私に気付いた二人がジッと見つめてくる。

「お、おはようございます…。あの、お父様?お母様?どうされましたか?」

恐る恐る問えば、母は溜息一つこぼして父を見る。父は分かったと頷き、私に席に座るよう言った。

普段と違うただならぬ雰囲気に、緊張しながら席に着くと。

「ユミリーネ、落ち着いて聞いてほしいんだ。…お父様が昨晩、陛下に呼ばれたのは知っているね?」

こくん、と頷くと父は続ける。

「内容は王宮での出来事についての確認と…その処遇だ。」

…やっぱそうだよな、夜に急遽呼び出されるなんて余程じゃないとない。だからそうじゃないかと予想していた通りだった。

「確認は二人から聞いたまま話したよ。互いの認識に相違はない、とすぐに終わったんだがねぇ…。」

父が重要な話をするには少しそぐわない、間の抜けた言い方をする。…処遇でなんか訳がありそうな感じだな…、と思ったと同時に何故か悪寒が走る。父ではないが、私の勘も良く当たる。ということは…。

「結論から言おう、ユミリーネ。君に王命を罰として与える。王命の内容は…シュナイド王子との婚約と結婚だ。」

……。オウメイガバツ?あれか、狩りにLet's go!みたいなゲームの新しいモンスターの名前か。名前からしたら、虎みたいな姿のカッコ良いタイプの奴かなー。

なんて理解したくない内容から現実逃避をしてる私に、父が追い打ちを掛けてきた。

「詳細はまぁ…、今日の昼過ぎに王子が見えるから、そこで聞いてほしいんだ。あぁ、ミラは僕と王宮に行くからね?」

「!?レイラーク、本当にどう言うことなの!ユミリーネを一人であの駄犬と…!」

母が食ってかかるが、父は家族にはあまり見せない宰相としての顔をして遮った。

「ミラ?私が言いたいことは分かるだろうね?」

普段の私達に甘い父と比べものにならない、どこか冷たさを感じさせる雰囲気に母もグッと黙り込んでしまった。いつもと同じ優しい言葉遣いでありながら迫力があって、普段と自分の呼び方を変えている。これは黙り込む、誰だって黙る。それを見て雰囲気を緩め、ニコニコと笑う父。…今度からは絶対に怒らせないようにしよう…、マジでやばい。家族全員がヤバい人達ばかりだった事実を胸に刻みながら、父に問いかける。

「あ…のぉ、お父様?」

ビクビクしながら恐る恐る挙手をして、発言の意思を示せば父はどうしたんだい?といつもの笑顔で言ってくる。…あぁ良かった!さっきみたいに冷ややかな感じだったら、話せる気がしなかったわ!……おかしいよな、私これでも前世はヤンキーだったんだぜ…、今や顔色を伺う部下と同じじゃねぇか…。

気を取り直しつつ、思いを口にする。

「そのぉ…ですね?私としてはぁ…昨日の今日で、怖いと言いますか…。また何か言われたら、一人で対処は難しいかな〜って…。」

対処が難しい、とは簡単に言えばまた手が出るかもの意だ。オブラートは大事だな、あと可愛く言うこと。これなら父も考え直すんじゃないかと、僅かな希望を抱きながら言ったのに返ってきた言葉は非情だった。

「うん、無理。これは可愛く言われても無理だね。」

あっさりバッサリと切られた。そのくせして、他の時ならそれやってくれたら、何でも許しちゃう!と言っている。何なら母にも頼み込んでいる。…最初っからヤバい父だったのを忘れてたわぁ。

「まぁ、兎にも角にも!王命だからね、僕らに拒否権はないんだ。大丈夫、ミラやユミリーネが心配するようなことは起きないよ。」

ハイ、と機械的に頷いて、普段と空気感の違う朝食を楽し?んだ。

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