なんでこうなるんだ!?
「ユミリーネ。準備は済んだようね、それでは向かいましょうか。」
「……ハイ。」
まるで機械のように頷き、返事をする。これからのことを考えると胃が痛くて、この返答が精一杯だ。だって今から行くのは…王城なのだから。…マジで今日、しかもまだ昼前なのに行っちゃうとか、流石の私でもしないなぁ。母の行動力の凄さに感嘆する、いや褒めてはないけどな。
朝食後すぐに母は王妃宛に手紙を書いて、使いに渡してくるよう伝えた。普通はここで返事が来るまで待つもんだが、流石は母、私に王城へ向かう準備をと告げた。言われるがままにメイに着替えさせてもらって、優雅にお茶を飲んで待っていた母の元に着いた。そしたら冒頭の会話だ、流れるように処刑台に送られる気分、まぁ処刑されたことが無いから正しい比喩じゃないが。
というかもう行くんだ…、返事待つ気全くねぇんだ…。
そこからはただ母に従って馬車に乗り込む。この間、終始無言だ。母からただならぬオーラが垂れ流されているから、とてもじゃないが話せる雰囲気じゃない。退屈を紛らわすために窓の外を眺める。といっても、普段と変わり映えのない街の景色が見えるだけだから退屈には変わりない。
そもそもなんで第一王子なんかと結婚しなくちゃならないんだ、あんな噂しか出てこない王子に。
…王子が嫌な理由、それは一重にそれに尽きる。顔はまぁ、こういう世界に良くある絶世のイケメンらしい。ただ性格に難がありすぎる。噂で聞いたところしか分からんが、悪戯と嫌がらせは日常茶飯事。自己中な考えと罵詈雑言が凄いらしい。口が悪いくらいなら気にならないんだが、自己中はちょっと…なぁ。
だから世間では残念王子の異名を戴く、第一王子。…不良物件じゃん、私よりよっぽど母の教育必要な奴じゃん。ん?そうか、だから母はブチギレてんのか。猫も被れない奴、子供だろうが大嫌いだもんな。…私はちゃんと愛情受けて育ってるから変な心配はいらないからな。
考えれば考えるほど、この馬車から飛び降りてでも行きたくなくなるが、実行にでも起こそうものなら母からの大目玉は避けられない。どうにかグッと堪えることを繰り返すこと三十分程経てば、王城が見えてきた。それに伴い馬車内の温度も下がってきたようだ、まだ春なのにおかしいな、ストール必要だったな。
「…ユミリーネ、これだけは言っておきます。王城で王子に会おうとも一切相手にしない事。何かされたらすぐに私に報告すること。いいですね?」
親の仇を見てるのかと思うほど、王城を眼光鋭く見ていた母が急に言う。
「分かりました母様。何かあればすぐにお伝えします。」
静かに頷けば、母はコクリと頷き返し、また無言になる。母と王妃の関係は分からないが、上手く対応してくれるだろう事だけは分かる。…前世でもそうだったが、母の対応力というのは何故こんなにも信頼出来るのだろう。任せておけば何とかなる、そう思えてしまう理由はなんだろう。
少し考えてみたが答えは出そうになかった。疑問は心に残したまま、ついに王城に着く。御者が扉を開き、母に続いて降りると。
「お待ちしておりました、ミラ様!あら?ユミリーネちゃんも一緒に来ていただけたのですね!」
突然どこからか声が掛かる。声のした方に目を向ければ、子供にも分かる上質なドレスを纏った人物を見つけた。ウェーブのかかった綺麗な金髪、歳は母に近そうだが可愛らしい…というと失礼かもしれないが、そんな印象を受ける顔立ち。
「はぁ…、様はやめなさいといつも言っているでしょう?今は貴女の方が立場が上なのよ、ベイリー。」
こめかみに手を当て、母はそう言った。…母より立場が上?公爵夫人より、上?それって…。
「ミラ様にしかお呼びしませんよ!…ユミリーネちゃん初めましてね!私はベイリー・トリートよ、よろしくね?」
トリート…ってこの国の名前じゃねぇか!今分かったわ、母がああ言った意味。目の前にいるこの人は、トリートの王妃だ。
てか、え?王妃に話をつける的なこと言ってなかったか?王妃に文句が言えて、様で呼ばれる母は一対…。
というか母のことでスルーしそうになったが、王妃がクラブ活動してそうな先輩学生みたいな話し方で良いのか。あまりにも軽すぎて思わずタメ口で話しそうになっちまったじゃねぇか。もう何から何までツッコミどころ満載で、既に心は満身創痍なんだけど…、帰って寝たいなぁ。
「初めまして王妃様。ユミリーネ・ヴェイハンズです。」
考えることを放棄した私は機械的に挨拶をし、終わったとばかりに母の後ろ側へ下がる。王妃はあらあら恥ずかしかったのね、なんて言ってるが勘違いだ。私はただ視界に映らないよう、母の後ろに隠れただけ。…誰のかって?私も意図的に見ないようにしてたけど、王妃の横にいるんだ、私と同じくらいの背丈の奴が。もうなんなら、こいつを見つけたから考えるの放棄したって言える。
「さぁ、貴方も挨拶なさい?格好良いところを見せるのよ!」
王妃様、挨拶に格好良いも悪いもない気がするが。あと悪いけど噂のせいで格好良さ半減なんだよな、今も母の後ろからチラッと見てるが、絶妙にイラッとする。だってその目が、悪戯を考えているク…おっと、ガキ大将みたいだからだ。
王妃に言われて前に出てきた王子が、開口一番で場を凍らせた。
「なんだこのちんちくりん!お前、ブサイクだな!俺の馬の方が可愛いぞ!!」
あ?しばくぞ。と言う前に、王妃が慌てて叱りつける。…叱る、というか…メッ!と言っているだけのレベル。息子に甘すぎやしないか。ついでに母は、子供に向けちゃいけないレベルの冷たい眼差しをする。お母様、子供相手にムキになってはいけませんわ、おほほほ!
なんてどうにか自分の怒りを誤魔化しているのに、王子…もといクソガキが更に火に油を注ぐ。
「だって事実じゃん!お母様、もっと可愛い子が良いよ!」
あー、あかんこれ。今自分が愛想笑いすら浮かべてないのが分かる。手を固く握り締めているのも分かる。これが無意識でやっちゃってんだもんな、自分が怖い。
チラッと母を再度確認すれば…あー、前世で言う般若が背に浮かんでいる。ちなみに顔は能面。ん、どちらにせよ、母の怒りはこの短時間で頂点に登ったようだ。クソガキ王子よ、さらばだ。
「…ベイリー、話にもならないわね?『これ』が相手ならユミリーネは尚更婚約させられないわ。いえ、永遠に会わせたくないわね。」
そう言い放った母は、踵を返し帰ろうとし始める。私も母に続き帰ろうとすると…。
「ヒグッ…!ま、待ってくださいぃぃぃ…!今日を、心待ちにしてたのにぃ…!せめてお茶だけでもぉぉ…。」
……え?え?なんか泣き声で未練タレタレの言葉が聞こえんだけど?しかも女性の声…ここにいる女性って、母と私、王妃しかいないはず。その中で背中から聞こえてくるってさ…。
恐る恐る振り返ると…そりゃそうだよな、分かってた。でもさ、違うかもしれないって思うじゃん?他に誰かいたかも?とか思うじゃん。
いないよなぁ、王妃しか。子供ですらしなさそうな大泣きして、ずっと「待ってぇ!」って言ってる。周りの侍女も、なんならクソガキすらも戸惑ってるし。いや、あれは引いてんのか?
まぁ大の大人、しかも王妃って立場で子供もいるのに大泣きしてりゃあ、な。分かる。私だって引いてる、なんなら顔が引き攣ってるのが分かる。そこで堪えてるだけで偉いもんだと褒めてほしいくらいだ。
あっ、侍女がハンカチ渡してる、涙を拭いて…鼻チンした!?おい、王妃様よぉ!あんた、家臣に見せちゃいけないもん見せすぎじゃない!?……こんなの漫画の中だけだと思ってた。実際にやる人いるんだ…。
ドン引きしてる私の背後に気配を感じ、振り返ると。
「はぁぁぁ…。」
お母様…、こめかみ抑えながら大きな溜め息ついてんよ…。
いや分かんなくもないよ?てか分かりすぎるんだけどさ?なんか、せめてこう、さ?
あっ、私も感化されてきたのか語彙力が乏しくなってきた。もしくは目の前で起こった現実から逃避してるか。
なんて遠くを眺め始めた頃、パンッ!と大きな音が鳴り、ビクッと意識を戻す。音を鳴らした正体は、言わずもがな母である。手に持っていた扇で鳴らしたのだ、恐ろしい。クソガキ王子も震えてんじゃん、ざまぁねぇな。
皆が母に怯え…注目する中、母は深呼吸をする。…っ!耳塞がないと!
「ベイリー・トリート!」
それはそれは大きな、怒りを存分に込めた声が響き渡る。余りの大きさに皆一様に耳を塞ぐ。侍女の方々、怒られたのは貴女方ではありません、貴女達の主です、涙目で震えない。
母はそんなの気にもせずに、王妃に続ける。
「貴女は何者です!トリート王国王妃ではないのですか!民の手本となるべき貴女が!いつまでその癖を続けているのです!」
ん?癖って言った?王妃のこれ、癖なの?泣き虫癖、って…。しかも、なぁ…。侍女はまだしも息子の前だもんなぁ。
甘やかされてきたのか、それが泣き癖になって息子も同様に甘やかして。…親の問題は子にも継がれて、それが延々と続く。無論、取り巻く環境でいくらでも変われるだろうけど、立場がいけない。この二人を取り巻く環境は、甘い汁を吸おうとする輩が多いのだから。そりゃ母も怒る。
「私は貴女が嫁ぐ際に言ったはずです!これからは貴女が国を導くのだと!国母としての矜持を持ちなさい、と!」
…これじゃどっちが王妃か分かんねぇ。貴族としての役割を理解している母と、王妃としての責任が薄いベイリー。もちろん優しい国母、と世間じゃ言われて慕われているが、この一面を見てしまったら、とてもじゃないが付いていくのが心配になる。これを見せたのが、母や私だけであればまだ良かった。でもここはサロンでも、来客用の談話室でもない。人払いはしてあるものの、王宮の入り口だ。母は筋が通っていないことは酷く嫌う、責任を持たない行動も。貴族故の柔軟さも持ち合わせているが、基本的には自分の中に持つ、確固たる正義に従って動く。だからこそ、母が激怒してしまうのは分かる。私だって母に同感だ。
「うぅ…!も、申し訳…ありません…!ミラ様ぁぁ…。」
どうにか涙を堪えようと王妃が謝る…が、ぜんっぜん止まってねぇんだけど…。母も呆れて溜息また一つ吐いて、こめかみ抑えたまま止まったじゃねぇか。
…あぁ、どうすんだこれ。