美しい薔薇には棘があるといいます
この国を支える3本柱の1つ、富のキュルベルト公爵家。私はその公爵家の一人娘であるリーリア・キュルベルト。
そんな私には同じ柱の公爵家の一人息子、ケイト・アルバーナという婚約者がいる。
もうすぐ婚約して1年。婚約者様は薄暗い木陰で令嬢と乳くりあっていました。
今夜は卒業パーティーだった。
息抜きに2階のバルコニーへ出たら丁度彼らの姿が見えたのだ。
(よくそんなに盛れますこと)
これが初めてではなかった私は、呆れながらも静かに彼らを眺めていた。
「ケイト…!アイツまたっ!!」
私の横にいつの間にか立っていた男性。
飲み物を取りに行くと言っていた学友のノアがいつの間にか戻ってきていた。
彼は男爵家の次男で、孤立していた私に優しくしてくれる唯一の学友。
今のように、こうしてノアが私のために怒ってくれていることが私の学園生活を支えていた。
私は彼から飲み物を受け取り、制止する。
「いいの。いいのよ、ノア…」
眉を下げて笑う私に、何か言おうと口を開いたノアだったけれど何か思ったのかすぐに口を閉じた。
こんな時、一般的な令嬢ならどのようにするのかしら?
ただ泣き寝入りをする?
怒って彼を問いただす?
浮気相手の女性に復讐をする?
私はひとまずお父様に言いつけますわ。
帰宅後、私は着替えずにお父様のいる執務室へ向かった。
「お父様…」
「どうしたんだい?可愛いリーリア」
お父様は目を通していた書類から目を離し、ニコニコと笑った。
私はしおらしくお父様のもとまで歩く。
「ケイト様が…また、どこかの令嬢とまぐわっていましたの…」
すすり泣きながら今日見たことを漏らさずお父様に告げれば、お父様はお顔を真っ赤にして怒りだした。
「なんだと!?許さんぞ!私の可愛いリーリアを幸せにすると誓ったではないか!礼儀知らずめ!!」
「お父様、」
私は「でも…」と、お父様の腕にすり寄り耳元でお話する。
「その礼儀知らずを選んだのはお父様よ?」
低い声で囁けば、サアッとお父様の顔から血の気が引いていく。
「私、言いましたよね?私を幸せにしてくださらない方のもとへお嫁には行きません」
そしてこうも言いました。
「もし、私を不幸にするような男性を選んだら私がお父様の全てを奪います。と…」
私の歪な笑顔にお父様が震える。
それから間もなくお父様が早めの隠居生活を送ることになり、婚約破棄した私が爵位を継承した。
お父様が無理やり婚約を結んできたことに反対していたお母様は、今回のことでとてもお怒りになったようでお父様を「自業自得です!」と叱り、2人で別邸へ。
私は、もともと経営についてもしっかり学んでいたので、爵位を継承した後もつつがなく過ごせていた。
ケイト様は、婚約破棄後に更に女遊びが激しくなり闇討ちにあったとか。その時に大事な一物を傷つけられてしまい、2度と致せなくなったらしい。彼はご兄弟がいらっしゃらないのに可哀想に。けれど、不幸中の幸いか私があの日見た令嬢…ケイト様とまぐわっていた令嬢が身籠ったそうで早々に結婚されました。
実は、彼女もちょっとした有名人でして。
噂ではその令嬢は人の物を欲しがる傾向があるようで、何人もの男性と関係を持っているそうなのです。しかも、それを繰り返していたせいか性の病も持ってしまったとか。ケイト様は考えが足らない方なので気が付いていませんが、そのうち真実が見えてくるはず。
けれど、私が裏で糸を引いていたことまでは彼の頭では生涯気付くことはないでしょうね。
初めてケイト様が浮気をしたあの時から私は今回のことを企てていた。
お父様が決めた人が、本当に誠実で私を幸せにしてくださる方だったなら、私は心から愛せなくてもその方と添い遂げるつもりでしたの。
だけど、ケイト様は簡単に私を裏切りました。ですから、私も遠慮なく行動に移した次第です。
すべてが落ち着き、私はノアをお茶会に呼んだ。
場所は私のお気に入りの薔薇の庭園。
穏やかな日差しの中、使用人を下がらせ私とノアのふたりきりでお茶を飲む。
「ノア、私のお婿さんにならない?」
「…なんだって?」
突拍子もない言葉にノアは驚き、ガチャンと音を立ててカップをソーサーに戻した。
驚いている彼を横目に見ながら、私は優雅にお茶を飲む。
「貴方は次男ですもの。お婿さんでも構わないでしょう?」
にっこり笑ってみせると、彼はハッと私の顔を見て固まる。そして何かを察したのか片方の手で頭を抱えた。私、貴方の勘の鋭いところ好きよ。
ゆっくりカップをソーサーに戻し、そっと彼の袖を少しだけ掴んだ。
「私、2度も貴方を諦めるなんて嫌よ…?」
先程までの堂々とした姿が嘘のように、私から出た声はとてもか細かった。ノアは雷に打たれたかのように大きく目を見開く。
ずっと貴方が好きだった。
そして、貴方も私のことを好ましく思っていたでしょう?
随分と前から、私達は想いあっている。けれど、公爵家と男爵家ではあまりに違いすぎて互いに想いを告げることはしなかった。
そのまま婚約が決まり、私はノアを諦めたわ。お父様の幸せになるという言葉を信じて。
けれど、ケイト様と婚約していた1年間、ケイト様の女癖の悪さのせいで私は令嬢達の悪意に晒された。危害を加えられることもなくはなかった。そんな私を支えてくれていたのは、婚約者のケイト様ではなくノアだったわ。
もう、諦めたくなかった。そのための地盤は作ったつもりよ。無意識に袖を掴む手に力が入る。
ノアは私の手を優しく取り、目の前に膝をついた。
「リーリア、君が好きだ。一生、君を大切にすると誓う」
私の手に口付けし、照れたように笑うノア。
「…ッ、私も、好きよ」
喜びに涙ぐみながら、私も笑う。
庭園の赤い薔薇が嬉しそうに風に揺れた。