喧騒
どれぐらいそうしていただろうか。
停止していた思考を再び引き起こして、顔を上げた。
夕方になっていた。
時間を確認し、体の固さに『ああ』と呟きながら伸ばす。
意識が遠くなるくらい机に突っ伏していたようだった、外が暗いと少しだけ落ち着くが夜がやってくると思うと、また気が重くなっていく。
眠れない夜は嫌だ。また夜更けまで、本を捲る時間が始めるから。
***
ベッドの中で、本のページを捲る。
夜は静寂かと思いきや、仕事もない人間の集まりから始まるのは酒盛りだ。
昼間に絡まれた連中が、どこかで大騒ぎしてるのだろう。
うるさくって敵わない、ため息を吐いて『酒飲んでる人は苦手だ』と改めて思う。
自分の父親が酒に弱い体質だったため、身内に酒を飲んでいる人は少なかった。
あの酔っ払いの独特の雰囲気に慣れていないせいか、酒の席というのはあまり好みじゃなかった。
馬鹿騒ぎを助長するような物、好きになるはずもない。
布団を頭から被っても音小さくなるだけで、微かに声が聞こえる。
布団の中で本は読めない、眠気がやってくるまで行うのは考えるだけ。
ふと頭の中に過ぎったのはエコーの怒った顔と、困っているメイウィルの顔だった。
……今、思ったのだが。
メイウィルは、俺とエコーに面識があったことを知らなかった。
本当に良かれと思って、俺をエコーに紹介しようとしたなら、メイウィルはエコーのことをよく知っている。
もしかしたら、彼も俺のように彼女の世話になっているとしたら?
それなら辻褄が合う。
俺の体調が悪いから医務室に連れて行くのではなく、彼はエコーにわざわざ話しかけに行ったのだ。
医療班だったら誰でもいいというわけではなく、エコーだったから俺を合わせたかった。
つまり、エコーとメイウィルには何かしらの繋がりがある。
俺が邪推するのも悪いから口にはしないが、つき合ってないだろうな。
メイウィルの反応的に予想はできる。
俺とエコーがどういう関係か気になっていたようだし。
俺たちがそういう関係じゃないと知った時、安堵した表情から見て……なんとなく、二人がそういう関係にもなってないのがわかる。
まとめると。俺の状態を見て、エコーに紹介するという思いつきは『自分がそうなっていないと思いつかない』というわけだ。
『俺さ、ちょっと訳アリなんだよ。その……銃が使えなくて』
銃が使えない。
その意味が技術的な問題ではなく、精神的な問題ならばエコーが介入しているかもしれない。
原因に向き合うために、精神的な治療を行っているのなら辻褄が合う気がする。
そこまで考えついたところで、ギャンッと酔っ払った声が響いた。
舌打ちをしてイライラしながら耳を塞ぐ、今日の集中力はそこで途切れた。
***
また、ドアノックの音で目が覚めた。
時計は昼間を完全に過ぎていて、なんなく相手がわかっていた。
ノロノロと扉を開けると、やはり浮かない顔で彼が立っていた。
「何か用か?」
「あ、あーと……大丈夫かなって」
メイウィルは苦笑いをして、俺を見ている。
彼に悪意はないし、本当に心の底から心配はしているのだろう。
俺がこんな反応だから、彼も困って表情を曇らせる。
自分が困るのに、それでも俺の方を心配するのはなんなのか。
本物のお人好しか。
「ここは本当に税金で建てられた軍事施設か、悩むぐらいにはうるさかったな」
「あー……たまに、そのぐらい騒がしくなるよ。音楽プレイヤーとか持ってなかったの?」
「……両耳を塞ぐものは、持ち込み厳禁のはずでは?」
「あっ」
個人の通信機器や耳を塞ぐ物は、施設内への持ち込みが禁止になっている。緊急の招集に耳が塞がっていたら、対応ができないためだ。
あれくらいの喧しさなら仕方ないかもしれない。
俺が来る前からここにいるメイウィルは、耐えきれずに耳を塞ぐようになったのだろう。
「まぁいい。招集すらない隊なら、意味がないからな」
「ははは……どうも。でも、フィアもそうした方がいいよ。耳栓くらいは持ってた方がいいかも」
「ああ」
それだけ言って扉を閉めようとしたが、メイウィルはアワワとしながら扉に手をかける。
「他には何かあるのか?」
「お昼ご飯、食べてないでしょ」
「……そうだが」
「じゃあ、食べに行こうよ」
「なんで、そうなる」
困惑気味にそう言うと彼は『うっ』と肩を竦めた。フードの奥の俺の目を見ながら、彼は少しモジモジしながら答える。
「あの、その……エコーについて色々聞きたくて」
「……ああ、そういうことか」
「ん? 何が?」
「いや、いい。気にしないでくれ」
色々察してしまったので、俺から特に言うつもりもない。
ただしと、俺は彼に条件をつけて返す。
「俺が話したくないことは話さない。俺が答えたら、お前にも俺の質問に一つ答えて貰おう。それができるなら話につきやってやる」
この条件が飲めるなら、丁度良い暇つぶしになると思った。
彼は明るく笑って『じゃあ、飯食いに行こ』と返す。
やれやれ、なんでこんな人懐っこいんだ。
こいつは犬か、何かか?
もう少し疑いを持って生きた方がいいぞ。
本当のことを答えるかもわからないのに、嘘を吹き込まれるかもしれないのに。
そんなことを思いながら呆れつつ、彼の後ろを歩いた。