再会
メイウィルが連れて行った場所は医務室だった。
朝の体調から気遣われたのかと思い、俺は彼を呼び止めた。
「医務室に行く必要はないから」
そう俺が言うとメイウィルは振り返って『ああ、元気なんだ。よかった』と笑ってくれた。
だが彼の足は止まらず、医務室の扉を開けて入った。
仕方なく追うと、真っ白な部屋に真っ白な服を着た人が数名。
その中にいる人とメイウィルは話しかけていたが、そ俺はゲッと声を出しそうになってしまった。
向こうも、俺に気がついたようだ。
俺が一歩引こうと動く前に、あちらが一歩を踏み出すのが速かった。
「ファイアハート、久しぶりじゃない」
「……エコー」
白髪にも見えるブロンドの髪が揺れる。
戦場には珍しい女性は、医療班ならあまり珍しくもない。
エコーと呼んだ女性は、少し怒った表情で俺を見ている。
それもそうだ、俺から連絡を取らなくなったからだ。
「あ、あれ。二人は……知り合い?」
「まぁね」
メイウィルの言葉にエコーはそう言った、そこは俺も別に否定はしない。
「え……と? 二人は、彼……彼女の仲とか?」
「違うわよ」「それは違う」
声が重なってしまって、二人で見合わせる。
俺とエコーは、メイウィルが想像するような男女の仲ではない。
どちらかといえば。エコーの気遣いに俺が申し訳なくなり、切ったはずの関係だった。
「なんだ、そうなんだ」
俺たちの反応を見て、ちょっとホッとしたメイウィル。
なんだそういうことか。こいつ、エコーに気があるんだな。
そんなことを思っている俺に、エコーが話し出した。
「音信不通だと思ったら、こんなところで再会とはね。で……ウィルの話を聞いたら悪化してるわけだ。そろそろ自覚したら? 自分一人じゃ、難しいって」
「……別に、関係ないだろ」
エコーの言葉に耳を塞ぎたくなるのは、彼女の言葉が事実だからだ。
わかっていた。悪夢も不眠も何もかも、俺一人ではどうしようもない。
どうしようもないが、それでも誰にも頼りたくはなかった。
エコーの前から姿を消したのにも関わらず、なぜ彼女がこんなところに。
俯いた俺と睨みつけているエコーの間に、メイウィルが割って入る。
「ま、まあまあ。なんかよくわからないけど、これも何かの縁ってことでさ」
「勝手なことするな」
余計なことをしてくれたと、俺は無意識に彼を睨んだ。
これ以上話す気にもなれず、俺は二人に背を向けて医務室を出る。
そんな俺を追ってきたのはメイウィルだった。
「フィア。その、悪かったよ。俺……人が苦しんでいるの、あんまり見ていたくなくて」
背中の方から俺を呼ぶ声がして、イライラしながら振り返る。彼は困った顔をしながら俯いていた。
「エコーはいい人だし、すごく親身になってくれるから……話だけでもと思ったんだ」
「知ってるさ、エコーは親身で献身的で……それを見ているのが、俺には耐えられなくなったんだ」
「どういうこと?」
「頼むから……俺に関わらないでくれ。『不幸』になるから」
それ以上を話したくない。
気持ちを汲んでくれたのか、それとも俺に呆れたのか。メイウィルは追ってこなかった。
***
自室の扉を閉める。
ああ、カーテンを支給してもらうのを忘れた。
ため息を吐いた、大きなため息だった。
窓の向こう側は曇り空だ。
眩しくはないが、カーテンがないせいで外と接している気分になった。
こんな気分の時はカーテンを閉め切って、静かに何も考えてくないのに。
椅子に座り机に突っ伏して、自分の腕の中の暗闇で深く呼吸をする。
フラッシュバックに苦しんだ俺を、助けてくれたのはエコーだった。
初陣で大火傷を負った俺の命を、救ってくれた人でもある。
命を助けただけで医療班の仕事としては終了だろうに。それにも関わらず、彼女は俺の心を心配してくれた。
その彼女の優しい手を、俺が払った。
邪推する者の声に、彼女を巻き込みたくなかったのだ。
『二人で、デキてるんじゃないのか』
『サバサバしているようで、やることはやってる。やっぱり女だ』
子供の恋愛話みたいに面白おかしく話している者や、心ない奴が彼女を貶めるように笑うのが耐えられなかった。
彼女は『なんてことはない』と言ってくれていた。
だが、それが余計に俺の心を苦しめた。俺を責めて、俺から離れてくれたら楽だったかもしれない。
俺は刃のように鋭い言葉に慣れていた。慣れていたからこそ、彼女を同じ目に遭わせるのは嫌だったんだ。
誰かが、俺を『疫病神』と呼ぶ。
本当にその通りだ。
俺の傍にいる人に、邪推や嫌がらせの言葉が送られる。
それを防げない自分が、情けなくて消えたくなった。
だから、彼女の前から姿を消したのだ。
それなのに、こんなところで再会するなんて。施設内で鉢合わせしないように、願うしかないな。
そうしてしばらく、腕の中の暗い闇に思考を預けて目を瞑り続けた。