表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い腕章に誓う話  作者: ラノ
隊長になるまでの話
5/56

理解できない存在と悪夢

 眠れないベッドの上で、静かに本ページを捲る。

 これ以上悪いことをが起きないように願いながら、同じ本を読み続けている。

 でも、今日はその手があまり進まない。

 ふと、ちらついて離れないのはメイウィルという存在だった。


 彼は……お人好しすぎる。

 こんな荒れ果てた隊の中で、彼のような人がいるのか。その理解がわからなかった。

 それに、あの隊長が言っていた『嫌われ者』という言葉が気になる。俺には該当するが、彼にもそうだというのだろうか。

 世話焼きで面倒な俺にも話しかけて、積極的に交流をする人が嫌われ者になるのだろうか。

 なんで、彼について考察しているんだ。俺は……


 ため息を吐いて、本を閉じる。

 思考が纏まらない状態で、本を読み続けるのは苦痛だ。部屋の電気を消して、ベッドに戻って目を閉じる。

 それでも、眠れない。

 思考が巡って、終わることがない。

 これはいつもと同じだ。考えたくないのに眠れないから、何かが頭の中に浮かんで吐きていく。

 体が眠りを受け入れてくれるまで、待つ。

 その時間がやってくるのが本当に苦痛で、ただただ睡眠という仕組みが面倒だと思ってしまう。

 そうやって、夜更けになった頃に眠気がやってきた。


 ***


 轟音の先にあるのは炎の壁、いや炎の柱だろうか。

 それが、自分の身を焼いた。

 止まらない激痛に焦り、反射的に体が縮こまって動きにくい。

 怖かった、痛かった、死ぬのは嫌だった。

 だって、自分は徴兵でやってきただけの人間だったから。

 心の根から軍人である人なら、こんなことは思わないだろう。

 敵国と戦うのだ、痛みや死に対する恐怖にも冷静に対応しなくてはならない。

 でも、自分の中にはそれがなかった。

 それが備わる前に、戦場に放り出されたのだ。


 死にたくない、死にたくないっ!

 焼けた体のまま、その気持ちが引き金を引いた。

 これ以上焼かれ続けたら死ぬ、その恐怖が引き金を引かせた。

 この時、俺は初めて人を殺した。

 相手のどこに銃弾が当たったのかわからない、それでも火炎が止んだから殺したのだと思う。

 焼けた体の激痛に、意識も絶え絶えで……冷たく感じる地面に倒れこんで。


 目が覚めたら、自分の視界が半分も無くなっていた。

 最初は何がなんだか、よくわからなかった。

 見えない右側の顔を触ってみれば、ふかふかと布の感触だけ。

 確認するように自分の右側を見てみれば、腕は包帯がぐるぐると巻かれていた。

 あぁそうか、あれは包帯の感触か。なんて、どこか他人事に思えた。

 実感がなくて、まるで夢の中にいるような気分に近い。


「目が覚めましたか」


 誰かの声がして、そちらを見た。

 人形のように整った顔で、戦場には全く無縁のそうな男が立っていた。

 そんな彼を見て『やっぱり、夢で見ているのか』と思えてしまう。

 見えなくなってしまった右側から、彼が顔を触れているのだろう。感触はあるのに、その動きが左目だけでは全く追えていなかった。


「あぁ、なんて可哀想なんだろう」

「かわい、そう……?」


 自分の掠れた声が、彼の言葉を復唱した。

 かわいそう……可哀想……?

 俺が?

 冴えない頭の中で、その意味を探し続けている。

 俺がその答えを見つけるよりも先に、男が返した。


「顔を失くしてしまって、なんて可哀想なんだろう」


 顔を……?

 自分の手で、もう一度そこを触れる。

 男の手があることを確認しながら、その下の包帯に触れて段々と事態を飲み込めていく。


「あ、あ。ああ……そうだ、俺、焼かれたんだ」


 思い出せた記憶がバッと広がって、頭が痛くなる。

 初陣で周りの人たちが倒れていく中で、撃ったこともない銃が怖くて。

 銃を握り締めながら、死なないように走るだけ。

 そんな自分に容赦なく、敵の火炎放射器が向けられた。

 怖かった、死にたくなかった、本能が命を守って、咄嗟に体が動いてくれた。

 でも。

 でも、これじゃあ。

 これじゃあ、俺は。

 死んだも同然か。だって顔が半分、焼け落ちてしまったんだから。


 ***


「……っ」


 酷い頭痛で目が覚めた、明るくなった空が鬱陶しい。

 そういえば、カーテンはもらってなかったな。日光が入った部屋が明るすぎて嫌になる。

 頭痛に吐き気と参って、洗面台に縋りつくような状態で吐いた。

 吐き終えても気分が悪くて、水を飲んだら体を横にする。

 ため息を吐いて、あの夢の続きを嫌でも思い出た。


 上官は俺に対して、一切の面倒を見ると言い出した。

 混乱していた頭で助かったと思う半面、彼の目が気持ち悪くて嫌な気分になった。

 結果、その予想が当たった。

 彼がとんでもない性癖の持ち主だと知った後は、本当に今の今までがその繰り返しだった。

 表面だけを見れば上官の施し、裏面から見れば彼の自己満足。

 頭がイカれている人に握られた自分の行く末へすら、どうでもいいと思えてしまうほどには疲れきっていた。

 今だってそうだが。


「勘弁してくれ」


 思わずそう呟いて、目を瞑った。

 どうせ何もない時期だし、こんな隊だし。

 明るい部屋から逃れるようにタオルケットを頭まで被って。辛いことを忘れたいと願いながら、自分で作り上げた暗がりでしばらく過ごした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ