理解できない存在と悪夢
眠れないベッドの上で、静かに本ページを捲る。
これ以上悪いことをが起きないように願いながら、同じ本を読み続けている。
でも、今日はその手があまり進まない。
ふと、ちらついて離れないのはメイウィルという存在だった。
彼は……お人好しすぎる。
こんな荒れ果てた隊の中で、彼のような人がいるのか。その理解がわからなかった。
それに、あの隊長が言っていた『嫌われ者』という言葉が気になる。俺には該当するが、彼にもそうだというのだろうか。
世話焼きで面倒な俺にも話しかけて、積極的に交流をする人が嫌われ者になるのだろうか。
なんで、彼について考察しているんだ。俺は……
ため息を吐いて、本を閉じる。
思考が纏まらない状態で、本を読み続けるのは苦痛だ。部屋の電気を消して、ベッドに戻って目を閉じる。
それでも、眠れない。
思考が巡って、終わることがない。
これはいつもと同じだ。考えたくないのに眠れないから、何かが頭の中に浮かんで吐きていく。
体が眠りを受け入れてくれるまで、待つ。
その時間がやってくるのが本当に苦痛で、ただただ睡眠という仕組みが面倒だと思ってしまう。
そうやって、夜更けになった頃に眠気がやってきた。
***
轟音の先にあるのは炎の壁、いや炎の柱だろうか。
それが、自分の身を焼いた。
止まらない激痛に焦り、反射的に体が縮こまって動きにくい。
怖かった、痛かった、死ぬのは嫌だった。
だって、自分は徴兵でやってきただけの人間だったから。
心の根から軍人である人なら、こんなことは思わないだろう。
敵国と戦うのだ、痛みや死に対する恐怖にも冷静に対応しなくてはならない。
でも、自分の中にはそれがなかった。
それが備わる前に、戦場に放り出されたのだ。
死にたくない、死にたくないっ!
焼けた体のまま、その気持ちが引き金を引いた。
これ以上焼かれ続けたら死ぬ、その恐怖が引き金を引かせた。
この時、俺は初めて人を殺した。
相手のどこに銃弾が当たったのかわからない、それでも火炎が止んだから殺したのだと思う。
焼けた体の激痛に、意識も絶え絶えで……冷たく感じる地面に倒れこんで。
目が覚めたら、自分の視界が半分も無くなっていた。
最初は何がなんだか、よくわからなかった。
見えない右側の顔を触ってみれば、ふかふかと布の感触だけ。
確認するように自分の右側を見てみれば、腕は包帯がぐるぐると巻かれていた。
あぁそうか、あれは包帯の感触か。なんて、どこか他人事に思えた。
実感がなくて、まるで夢の中にいるような気分に近い。
「目が覚めましたか」
誰かの声がして、そちらを見た。
人形のように整った顔で、戦場には全く無縁のそうな男が立っていた。
そんな彼を見て『やっぱり、夢で見ているのか』と思えてしまう。
見えなくなってしまった右側から、彼が顔を触れているのだろう。感触はあるのに、その動きが左目だけでは全く追えていなかった。
「あぁ、なんて可哀想なんだろう」
「かわい、そう……?」
自分の掠れた声が、彼の言葉を復唱した。
かわいそう……可哀想……?
俺が?
冴えない頭の中で、その意味を探し続けている。
俺がその答えを見つけるよりも先に、男が返した。
「顔を失くしてしまって、なんて可哀想なんだろう」
顔を……?
自分の手で、もう一度そこを触れる。
男の手があることを確認しながら、その下の包帯に触れて段々と事態を飲み込めていく。
「あ、あ。ああ……そうだ、俺、焼かれたんだ」
思い出せた記憶がバッと広がって、頭が痛くなる。
初陣で周りの人たちが倒れていく中で、撃ったこともない銃が怖くて。
銃を握り締めながら、死なないように走るだけ。
そんな自分に容赦なく、敵の火炎放射器が向けられた。
怖かった、死にたくなかった、本能が命を守って、咄嗟に体が動いてくれた。
でも。
でも、これじゃあ。
これじゃあ、俺は。
死んだも同然か。だって顔が半分、焼け落ちてしまったんだから。
***
「……っ」
酷い頭痛で目が覚めた、明るくなった空が鬱陶しい。
そういえば、カーテンはもらってなかったな。日光が入った部屋が明るすぎて嫌になる。
頭痛に吐き気と参って、洗面台に縋りつくような状態で吐いた。
吐き終えても気分が悪くて、水を飲んだら体を横にする。
ため息を吐いて、あの夢の続きを嫌でも思い出た。
上官は俺に対して、一切の面倒を見ると言い出した。
混乱していた頭で助かったと思う半面、彼の目が気持ち悪くて嫌な気分になった。
結果、その予想が当たった。
彼がとんでもない性癖の持ち主だと知った後は、本当に今の今までがその繰り返しだった。
表面だけを見れば上官の施し、裏面から見れば彼の自己満足。
頭がイカれている人に握られた自分の行く末へすら、どうでもいいと思えてしまうほどには疲れきっていた。
今だってそうだが。
「勘弁してくれ」
思わずそう呟いて、目を瞑った。
どうせ何もない時期だし、こんな隊だし。
明るい部屋から逃れるようにタオルケットを頭まで被って。辛いことを忘れたいと願いながら、自分で作り上げた暗がりでしばらく過ごした。