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赤い腕章に誓う話  作者: ラノ
隊長になるまでの話
4/56

猜疑心

 街を歩くのは得意じゃない。

 フードを深く被った視界で街を歩くと、誰かにぶつかりそうになるから嫌だった。

 しかしフードを脱げば視線が痛く感じるので、そんなことはできなかった。

 前を歩くメイウィルは背が大きくて助かる、金髪は目立つし見失うこともない。

 繁華街のような賑わいのある通りを歩いて、辿り着いた場所は古びれた酒屋だった。

 昼間から開いている店内には、呑んだくれた人間が数名。

 鼻の奥を突くような酒の臭いに顔を顰めていると、メイウィルは一人の男に話しかけていた。


「隊長。飲みすぎると、また健康診断を偽装しないといけなくなりますよ」

「なんだボンボンかっ、何しに来た」


 ボンボンと呼ばれてメイウィルは『はぁ、お酒回ってるなぁ……こりゃ』と呆れ顔だ。

 酔っ払った男は無精髭で歳は中年、現役の軍人とは思えないほど緩んだ体だった。


「そいつは?」


 メイウィルの呆れ顔よりも俺の方が気になったのか、据わった目がこちらを見た。

 俺は酔っ払いは苦手だったので、語るのも避けて辞令等の書類を彼に無言で渡す。

 それを酔った頭のまま読んだ男は大声で笑った。


「ハハッ! お前か上官の【お気に入り】は!」


 酔ってるのもあるが、本当に無神経な人間みたいだ。

 それとも、そういう話題が好きなのか……やれやれ。


「部屋は適当に使え。それ以上に俺は、お前の素顔の方が気になるがね」

「……命令ですか?」

「命令だといえば、この場で素顔を晒すのか?」

「えぇ、命令なら」


 最悪な人だ。

 俺の嫌い人間が俺の上司になるわけか。フードの奥で目を伏せながら、ため息を吐いた。

 酒の入ったヘラヘラとした顔が醜悪に見え、その先の言葉すらも想像できる。

 だが、話を変えたのはメイウィルだった。


「あっっっっ! 俺が準備色々しますよっ! ペア組んでいいですか⁉︎」

「はっ、なんだ()()()()同士で傷の舐め合いか? 好きにしろ」


 メイウィルの馬鹿でかい声に興ざめしたのか。

 酔っ払いは俺たちに失せろと言って、酒を飲むのに戻った。

 俺もさすがの声の大きさに体が震えて、メイウィルの方を見たまま固まっていた。


「さっ、いこうぜ。書類を忘れないようにな」


 彼はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。

 メイウィルは先に外へ出て行く。俺も書類一式を回収して、その場を後にした。


 ()()()()同士という言葉に、違和感を覚えながら拠点に戻ることになった。


 ***


「はい。シーツとか、それから日用品」

「……ああ」


 夕方になった頃。

 掃除が終わって、何もなかった部屋は少し過ごしやすくなった。

 メイウィルが運んできてくれた物に目を通し、有り難く受け取る。

 だが……なぜ、彼はここまでするんだろう。

 俺の名前が知りたいだけで、隊長を探してくれるのか。

 さっきだってそうだ。

 フードの奥の姿を晒される場面でも、止めに入るように大声を出した。

 今は部屋の整頓に尽力をしてくれている、こちらがお願いもしてないのに。


「ファイアハートは酒飲む?」

「……なんだよ、突然に」

「ここまで手伝ったから、つき合ってくれても良いんじゃない?」


 ……唐突すぎて、相手の意図うんぬんを考える頭が止まる。固まった思考に嫌な顔になるのが先で、言葉が出てこない。


「あれ、お酒苦手だった?」


 その表情の口元が見えてしまったのか、それとも言葉がすぐに返ってこなかったことに戸惑ったのか。彼がそう尋ねてきた。

 その問いに、俺は単純に返した。


「まぁ、好きじゃないな」

「あー……そうなんだ。じゃあいいや」


 苦笑いして頭を掻いたメイウィルの表情に、やはり悪意を感じなかった。

 それが、また不思議で困ってしまう。

 俺のことを揶揄ったり茶化したりするために誘っているわけではない。そこまではわかるが……なぜそうするのか、意図がよくわからない。


「そっか、お酒はだめかー。歓迎会したかったんどさ」

「は?」

「え?」


 思わず変な声が出てしまった。それに反応して、メイウィルも変な声で聞き返してくる。


「いや、なんでそこまでするんだ。隊長の言った通り、噂通りの人間だぞ。俺は」

「うーん、噂っていうのは興味がなくてさ。どんな噂?」

「普通、それを当人に言わせるか?」

「いや、だって本当に知らないから……」


 本当に知らないようで、彼は困った顔をしている。

 メイウィルの反応に、俺はすごく戸惑っていた。

 今まで親身にされたことがなかったせいか、その行いを疑いの目で見てしまう。合理性もない行動に、理解が追いついていなかった。

 固まったままの俺に、メイウィルは笑顔で声をかけてくる。


「無理しなくていいよっ、俺の思いつきだからさ」

「……まぁ、礼の代わりに多少の酒ぐらいなら」

「ほんと? じゃあ、今日はゆっくり休みなよ。疲れたと思うから」


 俺はすっかり人間不信になっているのだと思う。

 こんな単純な言葉にも、裏があると思ってしまうから。

 わかっているのに猜疑心は止まらず、彼を恐れるように深くフードを被り直した。



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