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赤い腕章に誓う話  作者: ラノ
隊長になるまでの話
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上官と自分

 同じ本を永遠と読んでいるのは、毎日の平穏を心の底から願っているせいか。それとも、時の経過を拒否しているのか。

 本は長く読まれ続けたせいで、ページは薄汚れていった。

 入隊をしても腫れ物に触るように扱われるから、誰も寄りつかない部屋でこうして暇を潰す。

 そんな好き勝手にしていたら除隊になるぞ、だって?

 除隊になったらどれだけ楽か、そうせてくれないのは上官の都合だ。

 上官の気分次第で、色々の隊を転々としている身だから。

 俺から楯突いたりしないが、彼の変態趣味につき合っている自分もどうかとは思う。


「あぁ、ここに居ると思いましたよ」


 ああ嫌だ、彼に思考回路を見透かされているようで。

 声のする方を見ると、まるで人形のように整った顔の男が立っている。

 物置部屋には不釣り合いな上品さは、戦場でも浮いている。

 それでも彼が自分の上官であり、自分を戦場という最後の砦に引き止めている縄でもある。


「ファイアハート、次の隊へ移動してください」


 使われないマットの上に寝転んでいた体を引き起こして、本を片手に持ちながら渡された辞令を受け取る。

 紙の上の文字を目が滑り、異動先を確認した。


「……強襲隊ですか」

「えぇ、()()()にはぴったりですよ」

「わかりました」


 その『今の君には』という言葉が引っかかるも、それをすんなりと受け入れる。もう、慣れたもんだ。

 何度目の異動だろうか。もう一々覚えていないし、思い出すのも辛くなるから忘れるようにしていた。


「ファイアハート」

「なんでしょう、上官」

「そのフードつきの戦闘服、お似合いですよ」

「……ありがとうございます」


 変態が興奮しているだけなので、俺はフードの奥で顔を顰める。

 これが、この人の趣味なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()、それが彼の趣味だった。


 顔の半分が焼けて誰にも見せられない自分に、施しとして専用の戦闘員を与えて、それに身を包む姿を見てウットリしている。

 いつになく上機嫌なのは、可哀想な者の末路がやっと見られるからか。

 気持ち悪い。

 でも一番気持ち悪いのは、こんな奴に頼ってる俺か。

 自己嫌悪からくる表情もフードの奥に隠したところで、彼には見抜かれているのだろう。

 これ以上感傷に触れられたくなくて、彼の横をすり抜けて物置部屋に出た。

 その廊下ではヒソヒソ声の気配を感じて、さっさと通り抜けるように自室へ戻る。

 片目を失ったせいか聴覚に敏感になってしまい、嫌でもその人たちの声が聞こえてしまうのも苦労する。


『やっぱりできてるんだって、色目使ってんだろ』

『バーカ、しらねぇの? あいつは上官の【お気に入り】なんだよ』

『なにそれ』


 あぁ、無駄な会話はどこに行っても耳に入る。

 それが余計に自分の心を追い詰めていく。

 黒い噂が流れている相手に、わざわざ反論するのは無駄だ。

 反論したところで、噂の独り歩きを止められるわけもない。

 自室の扉を閉めて一人になると、ため息をしながら重たい頭を押さえる。


 どこに異動しようと誰に関わろうと、この結果が導き出されるのなら、もうどうだって良かった。

 これで良いと思う反面、この状況が精神的に良くないことはわかっているつもりだ。

 それでも上官の命令すんなりと聞くのは、これ以上傷つきたくないと思っているからだった。

 抵抗をやめている自分と、それを嬉々としていている上官の構図を見れば、誰だってそんなことを噂して見にくるだろう。

 ……やめよう。荷造りをして、さっさとこんな思考は捨てたほうがいい。

 自分の持ち物が最小限なのも、異動が多いためだ。部屋にある物といえば、本や服くらいだ。

 フードの戦闘員の数枚を見つめるのも、今は少し嫌になる。


 俺は初陣の時、顔の半分に火傷を負った。

 俺は『命が助かったんだから、どうにでもなる』と軽く考えていた。

 でも、簡単なものではなかった。

 火傷を見つめる目は容赦なく俺の心を刺して、耐えきれなくなった。

 皆、表立って言わないが。無駄に良くなってしまった耳が捉えるのは、面白半分に放たれる言葉たち。

 それに耐えきれなくなるのを見越したのが、上官だった。


『君に似合うと思ったので』


 そうやって差し出されたのが、フードつきの戦闘服だった。

 黒を基調とした服が標準だが、フードがついているのは上官が作ったこの服だけ。

 だが、これも彼の手の内だ。

 フードつきの戦闘服を着た時点で、周りから孤立するんだから。

 それでも今の俺も、その時の俺も。周りの目が怖くて怖くて、仕方なかったのだ。


 そんな気分をしまい込むように本と服を大きな鞄に詰め終えたら、空になった部屋に背を向けてさっさと出ていく。

 外では上官が既に待っていて『ああ、また動きが読まれている』と思えた。


「車で送りますよ」

「……ありがとうございます」


 鬱々とした気持ちのまま、彼の後ろを歩いた。

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