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その門をくぐる時

 図書室に行く時、中庭を散歩する時、寮に戻る時、その度にネヴィル様は側にいてくれる。

 それが当然だ、それが自分の役目だから、そんな風に自然な態度で。


 だが、今までならきっとこう言っていたはずだ。


『図書室? 時間を忘れてしまわないようにね』


『散歩? 俺はもう歩いて来たよ』


 一緒に行こうと言われた事はなかった。


 最近のネヴィル様は、まるで忘れていた記憶を思い出したかのようだ。 私が婚約者だという事実を。


「エマ様はいつ、お戻りになられるのですか?」


 ネヴィル様に聞いた。

 きっといつ戻るか、彼女から聞かされているのだろうと思ったからだ。

 婚約者でもないエマ様の動向をネヴィル様が知る事は本来ないのに、知っているはずだと前提で話す私は嫌な人間だ。



 そしてネヴィル様は答える時、少し俯き加減になった。


「明日、そう聞いているよ」


「そうですか」


 やはり、そうだ。 そういう事なのだ。

 私は立ち止まって向き直り、ネヴィル様に礼を言った。


「今日まで私の付き添いをして下さり、ありがとうございました」


「フロタリア?」


「もうすっかり体調も戻りました。 ネヴィル様のおかげですわ」


「だが……」


 丁寧に、令嬢の礼儀作法として地位が上の者に失礼の無い態度で、それを示した。


「ネヴィル様には大事なつき合いをしなければならない方がいらっしゃるでしょう? なのに、いつまでも私が一人占めしていては申し訳ありませんもの」


「そんな事、フロタリアが気にする必要はない。 君は俺の婚約者なのだから一緒にいるのが当たり前なのだ」


「今日まで楽しい日々を過ごさせて頂きました」


 ネヴィル様の顔を見ていると、不思議な想いが込み上げて来る。

 どういうわけか、悲しくも辛くもないのだ。

 ただ、彼の何かに気づいた顔を見たくなくて心からの笑みを示して見せた。


「フロタリア、君は何を言っている?」


 中庭を出ると、広い庭園がある。 そこには手入れの行き届いた花壇の花が中央の噴水を囲み彩るように咲いている。

 その庭園の真正面には鬱蒼と茂る緑の木々が正門への白い道を示している。

 そして噴水の左右には寮へと続く道。

 寮に行くには、そこを曲がれば良いのだ。


 だが、今の私にはこれが二人の未来のような気がしてならない。

 私の向かう道の先に、きっとネヴィル様はいない。

 もう一方の道にはネヴィル様がいて、その隣にはおそらくエマ様がいる。 そして彼女の肩を優しく抱いている。

 私の道には誰もいなくて、綺麗な花で飾られたアーチ型をした門をくぐって行くのだ。

 私の歩く姿を二人がもう一方の道から、泣きながら見送る。


 どうしてだろう。 そんな姿が頭にはっきりと浮かぶ。

 これまでの身体的違和感や妙な感覚の理由はよくわからないのに、まるでこれから起きる事が簡単に想像できてしまうのだ。


「どうしてそんな事を言うのだい?」


「わかりません。 ただ、今言わなくてはいけないと思ったのです」


「フロタリア……」


「明日からはジャクリンと二人、平気です。 図書室ではデュークもいるでしょうし、一人ではありません」


「デュークか……」


「彼は親切な友人です。 共通の話題がありますから飽きません」


「だが、どんな人物かわからない。 気を許してはいけない」


「大丈夫です。 私の事はお気になさらずに」


「フロタリア、今度時間を取って話をしよう。 大事な話だ」


「いいえ、その必要はありませんわ」


 この学校に来て良かったと思った。

 今まで私の意思で何かを考えた事があまりなかった。

 ネヴィル様が他の令嬢達と楽しく過ごすのが嫌で、私も彼の過ごす輪の中にいたかった。 ただ追い掛けたかっただけだ。

 そんな子供のような私の価値観を変えたのが、この学校で出会った人達と、世界を広げた書物。


 もしもネヴィル様も、ここでの生活によって新たな世界が広がったのだとしたら、それを支えるのは私ではなく、エマ様なのだ。

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