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赤い儀式

 幾つもの蝋燭の火が揺らめき、暗く淀んだ空気が心の臓を濁らせていく。


 もう後戻りはできないし、するつもりもない。

 あるのは深い憎しみと焦がれた妬心だけ。

 憎い、憎い、あの女が憎くてたまらない。


「本当によろしいのだな?」


 全身を黒く覆う正体不明の男が言った。

 何者かは知らされていない、知ってはいけないと言われた。


 その男の最後の問いに、口を閉じたまま頷く。

 決して口を開いてはいけない、魂を取られたくなければ何が起きても口を閉じよ、と言われたのだ。


 その儀式はおぞましく、立ち続ける事さえ困難なほど。


 台に置かれたナイフはどす黒く、その重たさがまるで集められた魂のようにも思える。

 正体不明のその男同様に全身を黒く覆った自分の身体が震えて、真っ赤に染まっていくような気がした。


 そのナイフを男に手渡された時、悟ってしまった。

 既に自分は穢れていたのだ、後戻りなど何の意味も持たないのだ。


 清い身体は幻想で、その皮膚から溢れ出る物が赤い血なのか黒い魂なのかすら判別できない。

 苦痛を感じるのは己の心に未練があるからだと言われた。

 だからさらに突き刺したのだ、深く抉るように。

 麻痺した苦痛が体内に戻った時、喜びが身体中を駆け巡った。


 これであの女は永遠に回り続ける。 地獄と、その扉の前で。



 ★ ★ ★



「いい顔をしているな」


「えぇ、これで貴方とは運命共同体よ」


 既に儀式を終えていたその人とは同じ目的で結ばれている。


 いや、正確には同じではない。

 あの女への憎しみと深い欲望、とでも言えばいいだろうか。


「これで邪魔者は消える」


「あんな女、本当に目障りだわ」


「俺が何をしても笑っていそうだな」


「好きにすればいいわ」



 ★ ★ ★

 ☆ ☆ ☆



「起きて下さい、フロタリアお嬢様」


 窓から差し込む陽が私の目を直撃する。


 侍女がカーテンを勢い良く開けたせいで、暗かった室内に明かりが何の躊躇いもなく、入って来た。


「う、ん……眩しい」


 私は陽射しを手で遮りながら、片目だけ開ける。


「もうお日様はあんなに高い所ですよ。 いい加減に起きて下さい」


 侍女は私がいつまでも起きない事に焦れたらしい。


 苛々しているのは私のせいだけではないでしょうに。


「何を朝からそんなに怒っているの? 旦那様が女遊びでもしたの?」


 軽口を叩きながら、上半身を起こして侍女の用意してくれたモーニングのトレーを上掛けの上に乗せる。


 今日は柑橘類の搾り立てジュースとクロワッサン、そして濃い目のコーヒー。 私の定番朝食だ。


「フロタリアお嬢様、どんな夢を見てらっしゃったのですか?」


「ん……何だったかしら、よく覚えていないわ。 酷く嫌な夢だったような気がするのよね」


「そうでしょうね、私を既婚者のように言うんですから」


 バターの香りのサクサク生地は私の大のお気に入り。

 本当は何個でも食べたい。 なのに侍女が朝は控えめに、と言うから一個だけで我慢。


「あら、だって先月結婚したじゃないの」


「だから、それが夢だったのではないですか?」


「あ……そうだったかしら」


「全く、お嬢様が夢との区別もつかないほど遅くまで読書ばかりなさるからですよ」


「だって本は楽しいわよ? 色んな世界が見れるのだもの」


「私にはさっぱりです」


 侍女には恋人がいて、結婚間近の予定。

 ただ、女癖が悪くていつも謝る男なのが困り者。 働き者の庭師なのは良い事なのに。


「ねぇ、そういえば……なんだか身体が痛いわ」


「大丈夫ですか? 三日後には寄宿学校に入るのですよ?」


「ネヴィル様に早くお会いしたいわ」


「でしたらもっと早く起きましょうね、お嬢様。 あちらでは起こして下さる方はいらっしゃらないのですから」


「それは大丈夫よ。 ジャクリンが起こしてくれるわ」


「その方はお友達ですか? 聞いた事がございませんが」


「あら……変ね。 誰だったかしら」

評価、ブクマ等お待ちしています。

よろしくお願いします。

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