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第8話 聖女の力と過去夢




「ビアンカ、お前は聖女の力を色濃く受け継いでいる。しかも、長く現れなかったほどの強い力だろう」


聖女、魔王…、現実味がない話だ。冗談だ、とそう言ってくれるのを待っているのに。誰も言ってくれない。


「聖女の力…?お、お待ちくださいお父様。シュミット様まで何を…」

「お前に掛けられた呪は二つある。一つは、その力の発動を抑えるものだ。幼いお前の身体は力に耐えられなかったのだ。だから、それに鍵を掛けた。よく熱を出してただろ、覚えてないか?」

「それは…」


確かにビアンカには、幼い頃に熱を出した記憶ならば朧げにある。苦しい、助けてほしいと救いを求めて、心配そうに見つめる父の母の手に縋った。


「もう一つは、魔力を検知する力を封じるものだ。掛けた一つ目の鍵が緩んでしまわないためのものだ」

「どうして…そのようなこと」

「魔力を知覚し、鍵が解けかける可能性がある。古い書物にはそうした記述もあった。心身が成長するまでは、それも封じることにしたのだ。…今日ここへ来たのは、シュミット氏に、お前に掛けられた呪を解除していただくためだ」

「ビアンカ様の場合、幼すぎて強すぎる力を扱うのは非常に難しく、そして危険でした。今なら呪を解除することで、少しずつ力の使い方も覚えていくことができるでしょう」


魔力を扱う人はいるが、それは自分以外の才能がある人の話だ。だが、変わらず真摯な父の様子から、虚偽を語っているようにも思えない。





ビアンカは、部屋の中に準備された陣の中心に立つように促された。

一体何が起こるのか想像もつかないが、有無を言わせぬ雰囲気に大人しくビアンカはその時を待つ。


シュミットが長い杖を手にして、カンっと陣の端に杖を打ち下ろした。僅かに陣が光ると、ふわりと風がビアンカを包み込む。光が徐々に強まり、ビアンカの視界は眩い光に覆われれた。




パリンッ




何かがひび割れて、砕け散ったのを感じた。身体から力が抜ける。「ビアンカ」と心配そうに名を呼ぶ父親の声を聞いて、ビアンカの視界は暗転した。






薄っすらと目を開けると、差し込む柔らかな光が彼女に注がれていた。身体に感じる振動と視界から入ってくる情報に、自分が馬車に乗っているのだと知る。意識を失う前、覚悟したはずだが、身体は何処も痛くない。


「目が覚めたか」


安心したような声は自分の上から降ってきた。どうやら、移動中、父親は意識がないビアンカを支えてくれていたようだ。きっと、倒れる前にも抱き留めてくれたのだろう。頭に置かれた手は、大事そうに彼女を撫でていた。


「お父…様…?」

「直に家に着く。まだ、眠っていていい」


優しく包んでくれる父の声と腕。その言葉に抗うことは難しく、また、意識が微睡んで夢の続きに誘わていった。


「わたし…あの頃…」






儀式の度に、毎年立ち入っていた神殿は、無機質で薄暗い中に小さなステンドグラスから外界の明かりが差し込むところだ。日が落ちるまで舞い続けると、やがては室内の明かりが淡く灯っているだけの寂しい空間になる。


そのはずだった。


力と共に封じられていたのか、次第に幼い記憶が薄れていったのかは定かではないが、ビアンカは、過去と思しき情景を見ていた。

少し高い天井。幼いビアンカの視点だ。空間は、淡い光と清浄な気に満ちていた。手にした仮面に嵌め込まれた石は煌めいている。赤、青、緑、白に光る石。円陣の中央にある濃い緑に赤みがかかった石は、次第に透き通った明るい緑となり光が立ち昇る。溢れる力の勢いは強く抗うこともできず、覚えたばかりの唄を歌い舞っていた。





ビアンカが、静かに寝息を立て始めると。父親は彼女の腕に嵌められた腕輪を見つめながら、祈りを口にする。


「どうか、この子を守ってください」


幼い頃、ビアンカは父親にねだって神殿に連れて行ってもらった。陣に立ったビアンカは、何かに急かされるように覚えたばかりの唄と舞を始めた。


舞い始めると見守る父親にも分かるほど、空間は清浄な力に満ち、大きな力が彼女から溢れ出てきているのを知覚させた。その時、父親は娘から途切れることなく歓喜するように力が吸い出され、娘の生命力の全てが吸い尽くされるような恐怖を味わった。


仮面は微力しか持たない者を助けるものであり、有り余る力を安全に扱うためにも必要なものだった。そのことを知らずに、その身一つであの場に立ったビアンカは力の奔流に呑まれ、意識を失った。あの時のことをどれほど父親が悔いているか、ビアンカは知りようもない。


これから彼女が向かう旅。

どんな旅路になるのだろうか。

父は優しく娘を抱きしめて祈る。


どうか、無事に帰ってくるようにと。






家に帰りつき書斎にこもっていた父親の元に目を覚ましたビアンカが訪れた。既に、太陽が隠れようとする時分だった。父親は、書斎で今後の手はずを整えていた。彼女の旅立ちの準備だ。


「お父様、失礼します」

「気分はどうだ」

「ええ、休ませていただいて、昨日の疲れもすっかり取れましたわ」

「どうしたんだ。今日はゆっくりしていていいとメイドには伝えたはずだが、何か聞きたい事でもあるのか」

「はい、少しよろしいでしょうか…」




先客がいた。ビアンカの母親だ。広げられた地図から顔を上げ、ビアンカに声を掛ける。


「顔色がよくなっているようで安心したわ」

「お母様、それは…?」


机の上に書類が広がっていた。父と母は何か仕事の話をしていたのだろうか。出直したほうが良いかと進めていた足を止めると、察した母が説明してくれた。


「構いませんよ。これは貴方のことと無関係ではありませんから」


母親はビアンカを席に着かせるとメイドを呼んでお茶の準備をさせた。その間、父親の姿を見て、微かに感じる気配に、これが代々継がれているという力なのだろうかと思った。書類を端に寄せる母親からも奥に閉じ込められたように薄っすらとした気配を感じる。カップが行き渡ったところで、父が口火を切る。


「それで、何を聞きたいんだ」

「…お父様、お母様、昔の光景を夢に見ました。毎年、見てきた薄暗くて古い神殿の記憶とは違っていて…、それに今も少し世界が違って感じられます。それでも魔王や封印といったお伽噺のような事、俄かには信じられないのです、ただ…」

「それでも、自分が壊してしまった仮面の存在を思い至り、怖くなったのでしょう?」


ビアンカは母親の言葉に、バツが悪くてさっと目を反らす。部屋に入って目にしたそれは、今までとは異なる存在感を放っている。無意味に強制されていると思っていた儀式には、意味があるのだというならば、家宝が壊れてしまったことは、重大な問題ではないか。


「お父様から話があったと思いますが、この件は国も当然知っていること。儀式を疎かにした時代に、改めて仮面の力が必要であることは、事実として受け止められています」


その言葉を受け止めたビアンカを焦りと恐怖心が襲う。壁画に描かれた黒い存在、『悪しき魔』。それに、大事な仮面を壊してしまったことも国レベルの問題として、取り扱われているのか。果樹園に逃げ込んだ時の比ではない後悔に泣きそうになる。親子喧嘩による器物損壊と傷害事件と考えていたのに、国家に絡む重要物の毀損問題だとするならば、もしかすると罪にだって問われてしまうのではないか。


「で、では、仮面が壊れ、代替案を取ったと伺いましたが、それは何時まで効果があるのでしょうか。わ、わたくしどうすれば…」

「落ち着きなさい。冷めないうちに飲みなさい」


手に取ったカップが重たい。震えを抑えながら、ビアンカは香りを吸い込み紅茶に口をつける。父親は、今日のところは、娘をゆっくりと休ませてから、明日の出かけ前に話をしようと考えていたため、伝えるべきことは頭にあったが、娘の様子を静かに見守りながら、どう話すべきかと言葉を探す。


「話した通り対策は研究されてきた。今日、明日でどうこうなる問題ではないから安心しなさい。とはいえ、仮面の修復のために協力してもらうことになる」

「修復に協力…ですか?」

「あぁ、そもそも随分と古くなっていた。遠くない内に補修も必要だったが、我々からその術は失われている。そこで、北の大陸に向かい、術を知るものの力を仰ぐ必要がある。只人が出向いても彼らは、その方法を教えることを良しとはしないだろう。お前が直接出向き、その方法を彼らより授かる必要がる」

「北……、まさかエルフに会いに、だなんて仰いませんよね」

「そのまさかだ」


この一日で、ビアンカは、自分の常識がガラガラと打ち砕かれていくのを感じた。

北の大陸、貿易を行う相手として、ミラコーラとは国交はある。物珍しい品も僅かに流れてくる。物語に登場する、とある一族は、古の争いが終わりに、この大陸から姿を消したとされている。そして、彼らが移り住んだとされるのが北の大陸だ。


「本当に居るというのですが、エルフが…」

「ああ、封印の維持、浄化の力を強め完全に残った穢れを消し去るための方法。これらを研究して分かったのは、今の我々では、封印を維持するための対案を何とか形作ることで精一杯であるということだ。お前が卒業してからと考えていたのだが、これを機に、この話を進めることとなった。明日は、一連のことを知っている者たちとの顔合わせがある。今回の旅の同行者として、お前と共に北に向かう者たちが集められている」

「貴方は、責任を取るとそう言いましたね。他の方も貴方の短慮で、巻き込むことになるのです。貴方が、この役目を放棄することはできませんよ」


父親は厳しく告げる母親を軽く視線で諫めるが、ビアンカとしては、事実を隠さずに、予め突き付けられたことは、状況を正しく飲み込まずに、この先、進んでいくよりは良い。二人に対して決意を込めて返答する。


「はい。できる限りのことをさせていただきます」

「…罪に問われて、牢にでも入れられるんじゃないかとビクビクしてるのでしょうから、一つ教えておきましょう」


その通りだ。壊したもの修復しました。つい、凶器に使って壊してしまったけど、許してくださいね、で許される問題なのだろうか、という憂いに落ち着かない。国だという言葉がでてからは、ビアンカの背筋を嫌な汗が伝っていたのを母親は全てお見通しのようだ。


「貴方の短慮で家宝が壊れたことは、我が家の者以外は知りません」

「え?」

「元々、対策を進めていたといっただろう? いつ損なわれてもおかしくない、という危機感の元で、今回の話はある程度、既に具体化されている」




母親は、嘆息し紅茶を口にする。静かにカップを戻すと、先ほどの責めるような表情とは一変して、娘を案じる顔で続けた。


「望んで持った力でもないのに、貴方にこのような役目を負わせてしまうのです。そのことに無力な親としては、何も感じないわけではないのです。私たちにできる支援は何でもします。貴方を守るための方便くらい些末なことです。必ず無事に役目を果たし、帰ってくるのですよ」

「お母様…」


真摯な母親の眼差しを受けて、ビアンカは先ほどとは違う意味で、涙腺が潤んできた。次の台詞がなければ、その目からは涙がこぼれていたかもしれない。


「それに、娘に殴られた、殴られた際に家宝も壊されましたなんて報告をお父様にさせる訳には参りません。淑女あるまじき行為…、粗暴な娘だと吹聴するようなものです。不運にも家宝が壊れてしまい、役目を負わされている状況のほうが都合が良いでしょう」


確かに、想定より早まってしまったことで、各所との調整も勿論、同行する者たちにとっても負担を掛けることだろう。「元凶はお前か」と言われるのは針の筵だが、短慮を起こした娘のことなど恥ずかしくて言えるものですか、と言われてビアンカは情けない声を出す。



「おかぁさまぁぁ…、最後の一言がなければ、感動して涙するところでしたのに…」

「あらっ、子供じゃないのですから、淑女がそう簡単に人前で涙など見せるものではありませんよ。父親を殴るような娘の話など、できるものですか。言われるのが嫌なら、いい加減その短慮を何とかなさい」


そんな二人のやり取りを見やりながら、妻なりに娘を元気づけようとしてるのも分かり、父親は微笑ましく、その会話を見守っていたが、次の瞬間には飲んでいた茶を吹いた。


「このままでは嫁の貰い手を見つけるのにも苦労しそうだわ」


まだ、彼は娘の嫁入りを考えたくないようだ。




2021/5/22 サブタイトル追加

2021/7/23 誤植修正

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