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第51話




ディエゴと話をした翌日、朝食を終えたビアンカは、敷地にある塔にやって来た。ソフィアに誘われて、向かった先には白い木肌の大樹に螺旋状の階段が付いており、最上階は生い茂る枝葉が覆う天然の屋根ができていた。登りきったところには、ゆったり過ごせる広めなテラスがあった。


「エルロンドさまに教えていただいたの。ビアンカが目覚めたら一緒に来たいと思ってたのよ」

「わぁ~~、良い眺め!」


欄干に手を添えて外を見ると神樹を少し高い目線で見ることができた。見下ろすとエルフの里の様子も目にすることができる。そう言えば、エルフの里に来てからは、雪山への出発準備とずっと眠っていたため、ゆっくりと里の中を見ることができていなかった。アルミノは、里で買ったという菓子をくれたが、あの一帯の賑やかな通りだろうか。


「あ、キエロ……、此処にもあるんですね」

「まぁ、ビアンカは知ってたのね。可愛らしい花ですね」


壁際には小さな白い花が植えられていた。小ぶりの花が弓状に垂れている。商館があった街でディエゴと一緒に見た花だ。ディエゴの事を思い浮かべて、少しビアンカは頬を赤らめた。


「ええ、以前来た時にエルフの里に出発する前、ディエゴ様と庭園に行って、一面がキエロの花で、すごく綺麗だった……」

「楽しかったって言ってましたわね」

「はいっ、すっごく」






その日の朝、エルフの館の食堂には、透き通った朝日が差し込み、和やかに食事が進められていた。お説教も終わって、今日は早速に色々と予定していたことがあったのだが、何やらビアンカの様子がおかしい。それをソフィアはそっと見ていたのだが、ビアンカはそれには気付かない。


気もそぞろなビアンカは、熱いと言われた器に思い切り触れて、指を慌てて引っ込めていた。普段つけない辛みの強い香辛料を降り掛けて咽たあたりから、レオナルド達もビアンカの変調に気が付いた。

どうしたのかと訝しむ一同だったが、ディエゴと目があった瞬間にガシャリとカトラリーの音を立てて動揺するビアンカと苦笑するディエゴの様子に、何かがあったのだろうと察する仲間たちだった。


ビアンカは、一晩悶々と考え込んでいたが、テラスからの光景とキエロの花に少し気分転換になったようだ。キエロを見つめて笑みを浮かべるビアンカを見て、ソフィアは無理に事情を聴くことはせずに、ただ穏やかな笑みを浮かべていたのだが……


二人の髪がふわりと風に舞った。緩やかに舞い上がった風は白い花弁を吹き上げ、はらりと花弁が二人の上から降り注ぐ。


「わぁっ」

「まぁっ」


白い花弁が一片ビアンカの髪に舞い降りた。


「ビアンカ、花が……」

「えっ、どこ?」

「じっとしてください、いま取って……」


ビアンカの髪が風に流れて、細い首筋が露わになると、そこに桃色の花弁が浮かんでいるのを目にしたソフィアが固まった。


「ソフィア? どうかした?」

「えっと、その……、昨日、何かありましたか?」


”何か”と言われて、ビアンカの脳裏に射抜くようなディエゴの顔が思い浮かぶ。

それに、すごく大胆に触れてしまったことを思い出したビアンカの頬が増々赤らんだ。




「ああ、やっぱり此処にいたね……どうかした?」


そこへオルランドが姿を現す。後で皆で話をすることになっているのに、此処までやって来たオルランドに、何の用かとビアンカは問いかけた。


「オルランドさん、どうされたんですか……ソフィア?」

「えっ、いえ」


白い花びらを手にして固まっていたソフィアを見て、ビアンカが首をかしげると、ソフィアはビアンカの乱れた髪をそっと直す。


「君を探してたんだけど……、それどうしたの?」

「風が運んできたんです。キエロの花だと思うんですけど。エルフの里にも咲いてるんですね」


それ、と指さされたソフィアの持つ花弁を見て、ビアンカが答える。オルランドの指さしていたのは、ソフィアが髪を整える前に、晒された白い肌に浮かんだ花弁だったのだが……


「ああ、そうだね。近くに群生地体もあるから、誰かが移し替えたんだろうね」


ビアンカの答えに、そっちじゃないんだけどな、と思いつつオルランドは僅かに首をかしげて”どういうことだ”とソフィアに問うと、ソフィアも緩やかに首を振り”分らない”と伝える。ビアンカの様子から気付いていないようだが、明らかにこれは……


「……君さ、昨日、彼と何かあった?」


ビアンカは、単刀直入なオルランドの問いを受けて、狼狽える。


「えっ、な、なん、でですか? ディエゴ様とは……特に、何も」

「んーー、いや何か考えこんでたように見えたし」


”誰が”とは言ってないのだが、あっさりと不調の原因を自ら漏らしたのにビアンカは気付かない。ビアンカの動揺しまくった反応に、ディエゴと何かがあった。というよりディエゴが何かしたということに確信を深めるソフィアとオルランドだった。


「あーー、女性同士がいいか……、戻ってから声かけてよ」

「えっ、いえ、別にそんなことは」


身を引いて、立ち去ろうとするオルランドを見て、心配してくれてるのに、邪魔者扱いするような真似できない、とビアンカはそれを引き留める。昨日から色々と考えてしまったことを誰かに聞いてもらいたい気持ちもあった。







「……なので、わたくしディエゴ様に嫌われたかもしれません」

「ん?」

「え?」


昨日のやり取りを話をえたところで、二人の顔を見ると不思議そうな顔で見つめ返してきた。

そんな二人の反応に言い募るビアンカだったが、ビアンカの話はうまく伝わっていないようだ。


「え? ですから……、わたくしが勝手を申したので、ディエゴ様は呆れてしまったのではないかと……」


呆れたのは、ソフィアとオルランドの方だった。会話とそれとなく深堀りして聞いた昨日の状況を踏まえると……ディエゴの忍耐が一瞬緩んだことは分かったが、嫌われる? 目元が薄っすらと寝不足の跡が見受けられるビアンカが、一晩かけてぐるぐる回って辿り着いた答えが迷子になりすぎてて、二人は目が点になってしまった。


「ディエゴ様が側に居てくださると心強くて、でも、そんなディエゴ様に甘えすぎてしまって、冒険者としてのお仕事でもありますから、煩わしく感じてもそう仰ってくださらないのかもしれません」


ディエゴが元気で、目が覚めたら生きてる彼が側に居て、嬉しかった。

側に居て、温もりを感じて嬉しかった。なのに、すっと離れたディエゴの去っていった静かな部屋の中で、何かを間違えてしまったのだろうか、と色々と考えた。


「えっと、だから、お側にいるのはご迷惑なのではと……と思って……」


ミラコーラに帰ってからも側に居てくれて、護衛としての仕事とはいえ、側にいることができて、嬉しかった。でも、ディエゴは冒険者として護衛の仕事で側にいただけだ。水流の事を恩に感じてくれて、守るとずっといってくれてるけれど、なぜ、そう言ってくれるのか分らない。


「迷惑だと、そう言われましたか?」

「……仰ってませんけど、少し距離を……」


ディエゴに言われたわけではないが、距離を置いた方がいいのではないか、そう昨晩思い至ったのに、口に出そうとすると胸が痛んで、思わず手を添えた。俄かに目尻が湿ってくる。


「だったら、なぜ、そうしようと思ったの?」

「どうしてって……」


ソフィアにどうしてなのかと問われて、ビアンカは何故だろうかと自問する。


距離を置く、そう口にしようとしただけで、それを塑像すると苦しい。

自分は、本当は、側に居たい。だけど、側にいることが怖い。

なぜだろう。


迷惑だと思われて、そして……


「ディエゴ様に嫌われたくないの。迷惑かけ続けて、嫌われることが怖い」



そう……、嫌われてしまわないように、距離をおきたい。




そうか……

馬鹿だ、と思った。

ソフィアに言われて、ようやくわかった。


……ディエゴのことが、好きなんだ。




”好き”その言葉が、胸にストンと落ちた時、心を乱す感情の正体を自覚した。

家族への好きともジュリア達、ソフィア達への感情とも違う。

ソフィアを心底心配した気持ちも嘘ではない。でも、ディエゴを失うかもと思ったときの強い焦燥感と一緒に居る時の安らぎは、他の誰に向ける者とは違う種類の”好き”があるからだ。


そう気が付いた瞬間に、迷い込んでいた思考の森を覆う色濃い霧が晴れた。




「わたし、ディエゴ様のこと……」


急に動きを止めて、一瞬考え込んだと思ったら、頬を染めたビアンカ。潤みかけた目からは、雫が零れ落ちることはなかった。はっと何かに気付いた様子に、ビアンカが出した答えに気付いたソフィアは微笑む。




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