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第50話




ミラコーラのボルゼーゲ家の応接で、ビアンカの父親アレッシオは、カリオと対面していた。長子であるビアンカの兄のジルベルトを見舞いに教会を訪れた日からカリオは、教会に現れた冒険者の正体を探っていた。


教会をでたビアンカたちを信頼おける部下に後を付けさせ、辿り着いたのは、オルランドの店だったのだが、その日、ビアンカたちは転移魔法でエルフの里へと旅立った。カリオの部下は、しばらく店主も誰も訪れていない店を見張っていたが、その店を出入りしているのは留守を任されていた女店員が一人だけ。周囲を探って、分かったのは頻繁にボルゼーゲ家の者と冒険者が出入りしていたという事実だった。


そこで、カリオは、ボルゼーゲ家を何度か訪れていた。


「アレッシ様、街の人々はカーニバルの期間、かつての戦の勝利を祝い、豊穣を願う。ボルゼーゲ家は、祭壇に収穫した果実を納め、そして、鎮魂のための儀式を任されておられる」

「古いことぐらいしか取り柄のない我が家の昔からの務めでございます」

「力を持つ使い手がいれば、国内での権威もかつてのようにとはお考えになりませんか?」

「ははっ、古い話をよくご存じですね。流石です。それは何代も前の話、昔の事でございます」


流石に教会の上層部となると、少しずつ隠すようにその存在感を薄めてきた神殿やボルゼーゲ家の歴史についても通じているようだ。


柔和な笑みを浮かべつつ、その瞳が問うところは一つだろう。探ってみても見つからない冒険者、彼らとボルゼーゲ家との繋がりを察して、ボルゼーゲ家が聖魔法の力を囲い込み、国を乱そうとしているのではないか、という不信の念が湧いているのだろう。


「我が家がクロムスフェーンを捧ぐ場所は一つでございます。カリオ様と同じくこの国の民を想う心に何の曇りもございません」

「……ここ最近、ミラコーラを取り巻く暗い影を感じております。その闇を照らしうる光を持ちながら隠す者が仮にいるとするならば、その者に不信を抱く者もあるやもしれませんよ」

「眩しすぎる光に目がくらみ、道が見えなくなる者もおりましょう。その光を我欲の為にと考える者が何処に潜んでいるかは分らないのですから」


コンコン


「失礼いたします」


カリオに誠意をもって応えたいと思う一方、まだ伝えることができない情報はある。もどかしい気持ちのアレッシオの元に、知らせが届く。王宮からドミニコからの伝言だ。


「カリオ様。聖水と治療薬の原料の調達が叶ったようです。王宮より知らせが入りました。直にそちらにも伝達されるでしょうが、これは一つの答えにはなりませんか?」

「誠ですか?」


エルフの里からの素材の供給は、ビアンカ個人への信頼の証だ。王宮内での調整がようやくついたようだ。


アレッシオは早く顔が見たいと愛しい娘を想うが、もしも事態がい大きく動こうとしているのであれば、戻って来た娘の立場が大きく変わってしまうかもしれない。暇を告げるカリオを笑顔で見送りながら、やるせない気持ちに胸を痛めた。






少しずつミラコーラ周辺での魔物の被害が増えていた。教会には前に運ばれた者が回復する前に新たに運び込まれるようになり、徐々に教会内部では焦りが高まっていた。


カリオは教会に戻る道すがら、怪我人の治療にこれで当面は目処がたったかと思うと一息つくが、その一方でアレッシオの言葉を思い起こしていた。


『そういえば、一つ耳にしたことがございます。ずいぶんとヘルトと親しくされている神官がおられると』


「教会内部に不信あり、ということか」


教会の責任者のカリオだが、教会内部では貴族の子息である神官たちの存在もあり、一枚岩ではない。昔に比べて崇められる聖女の威光は形骸化し、信仰心や聖魔法や精霊魔法といった力の強弱ではない政治的な力関係が、教会内部を複雑にしていた。

聖魔法の適性と第一線で活躍してきた実績があるカリオだから、いまの状況を維持していられるが、自分が居なくなった後の世代を考えると彼の悩みは尽きない。





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カリオとの面会を終えて、数日後、アレッシオは王宮に来ていた。

いつもとは異なり、王宮の最深部にある王族が住まう区画に足を踏み入れるとあって、少し緊張に顔を強張らせる様子は、初めの旅の顔合わせで王宮に来た時のビアンカによく似ている。


先に揃ったのは宰相であるドメニコとエドアルドとアレッシオだった。少し遅れて騎士団団長と二コラ隊長、魔法師団団長が部屋へと入ってくる。そして、最後に現れたのはこの国ミラコーラの国王であった。臣下の礼を尽くすアレッシオ達に、楽にするように告げると国王は早速、本題に入った。


「報告は目にしておる。よく調べ上げてくれた」

「カリオ司教の働きによるところが大きいでしょう。種も撒き終えております」

「ふむ。エルフの里にいる彼らの働きも事が済めば報奨を考えねばな。帰還予定は?」


エルフの里との友好的な関係を築いたビアンカたちの功績は、歴史的な争いとそこからの冷え切った彼らとの関係からすると快挙だった。取り分けビアンカとディエゴの貢献は計り知れない。これからの二人の国内での足場を固める上で、これは予想していなかった好材料だった。


前回の旅で起きた子細は、ボルゼーゲ家の役目の意味を知っている者たちに共有されていた。国防のために国内で起きた事案を調査していた騎士団と魔法師団も団長も含めて、神殿とその結界の重要性を知る者のみが此処には集まっている。


「コロンナ家のご令嬢の件が落ち着いたところで娘は呼び戻す予定でおります。今は、ビアンカ様の体調もあり、彼らには待機を命じております」

「分かった。捕縛と情報統制に関してはリッカルド、ルカ頼んだぞ」

「「はっ、心得ております」」


ドメニコの返答に対して、マルティーナの捕縛の意思を明らかにした国王に、騎士団長のリッカルドと魔法師団長のルカの両名が承諾の意を返す。


二人の返答に満足そうに頷く国王に対して、リッカルドは声を上げた。


「陛下、国内の問題で済むのであれば、簡単でございますが、王子の婚約で期待されている国家間の国交回復が、後退してしまうことは避けねば、戦争の火種ともなりかねません」

「恐れながら、陛下。リッカルド騎士団長と同じく愚考いたします。彼らからの報告とソフィア様に贈られた物証、二コラ司教から得られた情報を踏まえれば、捨て置くわけには参りませんが……」


集まった面々は、この場に招集されていることからも分かる通り、国王からの信頼が厚い者たちだ。武力だけでなくミラコーラの要職に就くものとしてのヘルト国との関係も無視はできない。今のところ一貴族の企みなのか国として争いを望んでいるのか断定はできないが、ヘルトの諜報員の情報も踏まえると恐らくは前者という見方が強いが、対応は慎重を期す必要がある。外交ルートで事前の根回しは不可欠だ。


「それについては、ドメニコ」

「はっ、この場にお呼びしてございます」


二人の進言に気を悪くする様子もなく国王は、ドメニコに話を向ける。当然にして対応は既に宰相が考えているようだ。


「その件については、此処に招いている者が別におる。婚約者がいる我が国の貴族に横恋慕し、殺害を企てた罪と世界に悪意をばら撒こうとする不届き者の処遇について、その者も加えて話すこととしよう」


国王が座す袖から招き入れられて、姿を現したのはヴェールを被った一人の女性と彼女をエスコートするミラコーラの王子であった。


「マリアンナ王女……」

「私からも、皆様にお話ししなければならないことがございます」


鈴を転がすような声だったが、そこには固い芯がある意志が込められていた。一瞬、騒めいたその場が、その一声で静寂に変わった。




ビアンカのように分かりやすく顔にはでないもののアレッシオはここ最近の激動する状況に、多少頭も飽和しそうになっていた。

アレッシオは、実直に役目を守りながら、果樹園を切り盛りするしがない小さな領地の弱小貴族だった。事前に話を聞いているため、王女の登場に動揺はしないものの国家の一大事にこれ程までに深く関わることになろうとは、娘に家宝で殴り飛ばされた時には、想像できなかったな、とそう昔ではない日の記憶を思い返す。


これほどまでに、王族と接する機会がこようとはあの時は想像だにしていなかった。娘もきっと、これから同じような思いをするのだろう、と北の地に居る愛娘の顔を思い浮かべるのだった。




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