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第49話




四人が出ていくと静かになった。エルフの里に戻ってきてから口数少なかったディエゴだったが、今日も無言で皆の様子を見ていた。


「こちらに座りませんか」


声を掛けるとディエゴはようやくビアンカの方に顔を向けた。小さく頷いてから寝台の脇にある椅子に腰を下ろす。


「ディエゴ様の傷は、もう大丈夫ですか」

「ビアンカさまが癒してくださったので、私は何ともありません。有難うございました」

「わたくしを助けてくださったのはディエゴ様でしょう。わたくしの方こそ、ありが」

「止めてください。俺がもっと、しっかりお守りできれば、こんなことにはなりませんでした。……不甲斐ない」


ハッとした。強く拳を握りしめて酷く苦しそうに顔を歪めるディエゴを見て、ビアンカは胸が張り裂けそうだった。自分が意識を失っていた間、ずっとこんな顔をさせてしまっていたのだろうか。


「目を覚まさない間、皆ずっと心配で、心配して……俺もです」

「ごめんなさい」

「助けていただいたのに、こんなことを言う資格なんて俺にはないと分かってます。それでも、無茶はしないでください。どうか……、お目覚めになって本当に良かった」


ディエゴの拳に触れると少し強張りが解ける。そっと包み込んで開かせると爪が食い込んで鬱血していた。


『君に何かあったら、君が傷つくことで傷つく者がいることの存在を思い出すんだ』


悪いのは未熟な自分なのに、自らを痛めて眉を寄せ苦痛に耐えるようなディエゴの姿に、己の行いを心底懺悔した。分かってなかった。オルランドが言った言葉の意味を全然分かってなかった。これからは絶対に自分の力に負けたりしたくない。


「剣を握る大切な手です。そんなに強く握っては駄目です」


皆に心配かけたことは申し訳なかったと思っている。


それでも……、触れたディエゴの手は温かかった。この手の温もりが、ここにあることが嬉しかった。此処に生きてる。此処に居てくれる。


「無茶はしません。約束です。正しく力を使いこなして、わたくしは守りたいものを全部ちゃんと守れるようになります」


ビアンカはディエゴの頬に両手を当てた。温かい……生きてる。あの時の不安を打ち消すように、何度もつい確かめてしまう。手から伝ってくる温もりに酷く安心して、ビアンカは顔をほころばせた。


「ビアンカ様は、お強いですね」


頬に触れたビアンカの手に一回り大きなディエゴの手が重ねられた。手から伝わる温もりに、ずっと張り詰めていたディエゴの心も解きほぐされ、数日ぶりにディエゴは笑みを作った。この瞼が二度と開かなかったらどうしようと、ぴくりとも動かない長い睫毛を見て、ずっとディエゴはビアンカの目覚めを祈っていた。


「ディエゴさま……?」


つい身体が動いてしまったビアンカだったが、ディエゴに手を包まれ、その温度が徐々に気恥ずかしくなってきた。何だか大胆なことをしてしまった気がして、落ち着かなくなってきてた。軽く手を引こうとしたけれど、重ねられた一回り大きなディエゴの手がビアンカの手を逃がさない。


「また、貴方になにかあったらと思うと耐えられない。本当は、危険から遠いところで待っていてほしい。貴方の代わりに俺が戦うから」

「ディエゴ様?」


懇願するような眼は、一瞬だった。直ぐに柔和な笑みを浮かべて、冗談だと言う。


「すみません。貴方が望むのならば、そのために全力を尽くす。そう決めたのに、目覚めないビアンカ様を見て、そんなことばかり考えてしまいました」


オルランドは時間はあると前回の旅から戻ってすぐ言った。『悪しき魔』への対応は、ゆっくり考えればいいと、少し前までビアンカは思っていた。


だが今回、ミラコーラのときとは違い、”聖女”を標的として明らかにビアンカに刃が向けられた。


「ビアンカ様は、どうされたいですか?」

「怖かったです……」

「……」


声を震わせるビアンカに、ディエゴは息を詰める。


「知らないところでディエゴ様が傷つくかもと考えたら、また、あんな怪我をしてしまうことを考えると怖いです」

「!?」


ビアンカは、オルランドたちから話を聞いて、敵がいるのだと知った。自分を狙う刃と雪山からビアンカを突き落とした何者かがいた。オルランドたちから聞いたその事実をビアンカは寝台で考えていた。


今回の件、そしてミラコーラでの出来事は、自分に無関係なこととは思えない。犯人は分らないままだし、自分とは無関係だと目を瞑り、放って置くわけにはいかない。そ知らぬ顔で日常を送ろうとしても、代わりにまたソフィアや守ろうとしてくれるディエゴが傷つくことになるのではないか。


「わたくしも耐えられないです。血を流して倒れているディエゴ様を見て、わたくし怖かっ……こうしてディエゴ様の顔を見ることができて、ほんとうに良かった」


今も残っている。ディエゴの血に染まった手の感触と恐怖が蘇ってくる。生きていて本当に良かった。思い出すと少し目尻に涙が零れそうになる。自分の命が狙われていることが、ではない。守ると言ってくれたディエゴがまた傷つくことを考えてビアンカは怖くなった。


ぐっとディエゴはビアンカを引き寄せて抱きしめる。


「すみません。俺こそ、心配させてしまって」

「生きててくださって、本当に良かった」

 

ビアンカの目尻から一筋の雫が流れ、肩口に顔を寄せるディエゴの髪に落ちた。


守る術はあったはずなのに、力を使えなかった。

状況が分らなくて、すぐにディエゴの負傷に気付けなかった。

心を乱さずに落ち着いていれば、皆を心配させることなくずディエゴを癒すことができただろか。


ビアンカハ布団に包まり、浮かんでくる後悔と反省の念に苛まれた。自分の無力を嘆き、それに憤った。そして……


「皆さんを心配させてしまったこと、本当に反省してます。だから、次は失敗しないようにします」


ビアンカは、そういってディエゴの背にそっと手を回した。


「……!!」

「力を使ったことは後悔していません。でも、もっときちんと使えるようになります。だから、立ち向かうべき何かがあるなら、一緒に戦わせてください。足手まといにならないように頑張りますから」


ビアンカは『怖い』と言った。自身に向けられた殺意ではなく、ディエゴが傷つくことが怖かったと言うビアンカ。仲間からの叱責を受け止めて、次は全部取りこぼさないと告げるビアンカの言葉に、ディエゴは息を呑んだ。


ビアンカは、首筋に当たる細いディエゴの毛先をくすぐったく感じつつも柔らかい毛並みをそっと撫でる。背中に回した手に少しだけ力を入れて抱き留め、もう片方の手で柔らかな感触を静かに楽しんでいると首に毛先が当たって少しチクリとした。


「絶対に守る。次は、私がお守りします」

「守ってくださってます。いつも」


静かに、だけど力ずよくそう言って、顔を上げたディエゴは、普段どおりの笑顔を見せた。覇気のない静かなディエゴを見て心配していたが、元気になってくれたみたいだ。ディエゴは、目尻に残っている涙をそっと指で拭ってくれた。何時ものディエゴに戻って安心したビアンカは、その手に僅かに顔を寄せる。


「……」




ビアンカが閉じた目を開けるとすぐ側にディエゴの顔があった。先ほどの儚げな空気はない。見慣れた顔のはずなのに、真っすぐに見つめるディエゴに射抜くような眼は、なぜだか獰猛な獣と対峙しているような気持にさせた。ビアンカは反射的に身が竦んだ。そして、不意に雪山でアルミノに言われた台詞が思い起こされた。




『食われちまうぞ』




「……ビアンカさま、あまり他の男に気安く……、いえ、男には気安く触れてはだめですよ」


身を固まらせたビアンカの様子に、苦笑したディエゴは、すっと立ち上がった。


「少し、お休みになってください」

「え、あの、もう行かれるんですか」


そのままディエゴはドアの方に向かうと出て行ってしまった。ディエゴが扉を閉めると静かな部屋に一人になった。しんとした室内でじっとしていると心臓の音が煩ささと、火照った顔の熱に気付く。




家族ともアルミノの側にいたときとも違う。鼓動がこんな弾むことなんてない。

何で、こんなに顔が熱いんだろう、そう思いながら名残惜し気に、寝台から離れてディエゴが出ていった扉の前まで歩いていく。


もう少し、ゆっくり話がしたかったと思いながら、扉の前に立つと手を添えて額を当てた。扉の冷たさが伝ってくるけど、頬の火照りはなかなか落ち着かない。


(何か、気に障ることをしてしまっただろうか)


馴れ馴れしい態度に、気を悪くさせてしまったんではないか、と見当違いな反省もしつつビアンカが額を当てている扉の裏には、部屋を出たディエゴが背を預けて立っていた。


(何やってんだ……俺)


一瞬出かけていった理性が、ぎりぎりで戻ってきたことに安堵しつつ自省し、天を仰ぐディエゴがそこにはいた。





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