表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/52

第48話




ビアンカは果樹園のベンチに揺られていた。昔から何かあったときに一人で来ていた場所だ。不思議と落ち着くから落ち込んだり、悲しいとき、怒ったときもこうしているうちに、いつもどうでもよくなってくる。

ビアンカは、太い枝から吊下げられているベンチに誰かと並んで座っていた。

二人の黒くて艶やかな髪が風に揺れて、ビアンカは隣に誰かがいることに気付いた。




見知らぬ綺麗な女の人と揺れるベンチで何かをたくさん話した気がする。彼女の事と自分の事、そして、彼女は誰かを気遣っていた。申し訳なさそうに話しながら、その献身に感謝していた。




(あなたは、貴方を想ってくれる人を泣かせちゃだめよ)

(えっ……?)

(大丈夫。二人で力を合わせれば、きっと、上手くいくから。自分を信じて)




見慣れた景色は蜃気楼のように揺らめいて、あぁ終わってしまうと思って、待ってと声を掛けたのに、微笑を浮かべて彼女はすっと消えてしまった。






目を開けると白い天井が目に入った。身体を動かそうとしたけれど、何故だろか異常に重たくて、気怠くて、少し上体を起こして重力に耐えられずにぽすんと布団に再び身体を鎮めた。


「ビアンカっ!」


月の光のようなサラリとしたソフィアの髪が一瞬目に入って、ふわりと抱きしめられた。どうやらソフィアと再び合流しているようだ。確か山に入る前にソフィアたちとは別れたはずだった。四人で山を登ってから、それから、どうしたのだったか……


「……でぃえごさま、ディエゴ様は!」

「そちらに、いらっしゃいますよ」

「ビアンカ様」


声のする方に少し顔を傾けると泣きそうな瞳と目が合った。


「皆で登って、それから」


悲しくて怖くて、腹立たしい気持ちがあったはず、失ってしまうかと思った恐怖感はリアルだったけど、ディエゴが側に居た。


「夢だったんですね。良かった」


居なくなるかと思った。もう会えなくなるかと思って怖かった。そうか夢だったのか。安心したら意識がまた保てなくなった。無事で良かった、良かったと小さく呟いやいてビアンカは寝息を立て始めた。




寝息を立て始めたビアンカを見て、部屋に居たソフィアとレオナルドはぽかんとした顔をして苦笑した。三日眠り続けているビアンカをどんな気持ちで見守っていたのかなんて知らずに勝手に夢の中に戻って行ってしまった。


一部始終をオルランドから聞いた二人は起きたら、何といって説教してやるかと考えながら、ビアンカの目覚めを待っていた。そして、誰よりもビアンカの目覚めを祈っていたディエゴが両手で顔を覆って深々と息を吐き出すのを見て、二人はそっと部屋を出た。






ビアンカたちは、エルフの館に身を寄せていた。一度、ビアンカが目を覚ましてから丸二日が経って、ビアンカの体調も大分回復してきた。


最初に目を覚ました時は気づかなかったが、見覚えがある部屋だと思った。以前滞在した時にもビアンカが滞在した部屋だった。エルフの里でも薬学、治癒魔法に精通しているエルロンドの奥方であるルミリエルが直々に小まめにビアンカの様子を診てくれていた。


「まだ、ご無理なさらないでください。あの子……オルランドも心配してたんですよ」


目を覚ましたその日に、再び目覚めたビアンカは起き上がろうとしたが、様子を見に来たルミリエルに、安静にするようにとやんわりと、寝台に戻されてしまった。周囲の心配そうな視線に戸惑ったビアンカだったが丸三日、眠り続けていたのだと聞いて、納得した。随分と心配を掛けてしまったようだ。




ここ二日で少しずつ、皆から何が起きたのかを聞いて、ビアンカは山での出来事を正しく認識しなおした。


ディエゴの命を拾うことには成功したものの冷静さを欠いたビアンカは魔力を暴走させて、生死の境を彷徨っていたらしい。語って聞かせるオルランドは、いつもと違って、微笑を浮かべながら淡々と事実を説明した。


その時のピクリとも動かないオルランドの眉と目尻、口元は笑っているのに、その他が一切笑っていない表情に母親を前にしたような悪寒をビアンカは感じた。三日も意識を失い心配もさせただろうが、話を聞いた後になると、怒りを胸に秘めているようだった。


「僕の注意も無視して(・・・・)、腕輪を外した君が……」

「というわけだが、無謀にも(・・・・)膨大な力を使ったんだから、相当の負担はあっただろうね」


秘めきれずに時折混ざる棘のある言葉が、ビアンカの胸を刺してくる。神妙に話を聞き続けるしかないビアンカだったが、元気になってくるにつれて、どんどんその気配も濃くなってきているのに気づいていた。




今、部屋に備え付けられたテーブルには、カップが四つあった。先ほども四人がそこにはいたのだが、一度食事をするために、席を外していた。世話役を務めてくれている別のエルフの女性が片付けてくれている。食事前に、「うん、もうずいぶんと回復したみたいだね」と綺麗な笑顔で言い残していったのが気になる。お陰でビアンカは食事があまり進まなかった。世話役のエルフに心配されて何とか詰め込んだが、次に顔を合わせるのが怖い……


と、ビアンカが冷や汗を掻いていると、エルフの女性が、彼らの訪れを彼女が知らせてくれる。どうやら四人が戻ってきたようだ。


「皆さまお見えになりました。お通ししてよろしいですか」

「ええ、お願いします」


寝台の側の椅子にソフィアが座り、その後ろにオルランドが立つ。レオナルドは少し離れたテーブルにつき、アルミノとディエゴは窓際に立っていた。


「随分と顔色も良くなったし、ようやく回復したかな」

「はい。みなさんご心配をおかけしまし「じゃぁ、ほんとうに、もうそろそろ良いかな」


ビアンカの言葉を遮ったオルランドが、笑みを消して睥睨する。隠し切れていなかったオルランドの憤りは、ビアンカの回復を確認して遠慮なく前面にでてきた。言いたいことは山ほどあったが、体力が戻るまで我慢しての数日は感情を抑えようと作り笑いで接してきたオルランドだったが、今日は言うべきを言おうと決めていたようだ。


「君に言ったよね。忘れちゃったかな、それ外しちゃ駄目だって、言わなかったかな?」


オルランドの背後にメラメラと燃える怒りの炎がビアンカには見えた。

確かに言われた。しかも、目的地までの道中でそのことをビアンカは思い出してもいた。それなのにディエゴの姿を目にしたときには、そのことを認識した上で、ビアンカは腕輪を外した。


「君みたいな慈愛に溢れる”聖女様”が犯す許し難い過ちって何かわかる?」

「えっと過ちですか」

「その人を愛し、大事に思う、家族や友人や恋人、みんな置き去りにして勝手に逝ってしまうことだよ。……独りでね。もし、そんな事になったら、僕だって、あの世で会ったらこうするからね」


ぺしっ


「痛っ」


額に衝撃が走る。人差し指を弾いたオルランドは、怒りも言いたいことも指に込めて吐き出した。全部ぶつけたらこんなものでは済まないが、手加減した分の想いは仕方なく吐き出したため息とともに諦めることにした。


「そのときするのは、もっと、痛いやつだからね」

「ごめんなさい」

「それが嫌だったら、ちゃんと全快したら力の使い方を早く覚えることだね」


腕輪を外した後、力の放出が止められなかった。今思えば何故、オルランドがあのようなことを言ったのか身に染みてわかる。体中を駆け巡った痛みとぐんぐん抜けていく力にビアンカはなす術がなかった。


「はい」

「じゃぁ、次ね」

「へっ?」


言いたいことを言って、下がったオルランドの次に口を開いたのはソフィアだった。前回の旅の時に、商館の裏庭で怒ったソフィアに頬を引っ張られたのを思い出した。甘んじてそれも受けるしかないと覚悟したビアンカだったが、目の前に来たソフィアは口を開いてすぐに、ハラハラと静かに涙を流した。


「ビアンカ、あなたは」

「ソフィア……」


止めようとしてもソフィアは流れる涙を止められなかった。


「以前こちらに来た時もそうです。貴方が、目を覚まさない間、どれほど心配したか」

「ごめんなさい」

「許しません」

「……」

「貴方は、仲間の命を救いました。素晴らしいことです。でも、貴方がこんな風になっていたら、わたくしたち全然貴方のこと褒めたりなんてできませんわ!」


そっとビアンカを抱きしめたソフィアは、消えそうな声で続けた。


「もう無茶なことはしなでください。もし、同じような事したら、絶対に許しませんから」

「ごめん。ソフィア、約束する」

「……本当ですの? 同じような事があっても?」

「っ……」


身体を起こして、じっとソフィアはビアンカの目を見つめる。

同じことがあったら、どうするのだろうか。ぎゅっと方に添えられたソフィアの手に力がこもる。涙を流すソフィアに他のみんなにも沢山心配を掛けた。また、同じ事があったとして、同じ過ちを犯すのか。


「きっと、また、わたくしは衝動的に動いてしまうかもしれない」

「……」

「……でも、次は、ちゃんと自分も含めて、皆のことを助けられるように気を付ける。そのために自分の力と向き合う」

「何だか、そう言うのではないか、と思ってはいましたわ。その代り、約束ですよ。自分のことを投げ出すような無茶は許しませんから」

「ええ、ソフィア、だから……」


だから泣き止んで、とビアンカが言う前に、ビアンカから離れたソフィアが、涙をぬぐいながら晴れやかな笑顔で釘を差す。


「ビアンカ、約束しましたからね」

「そ、ソフィア?」


先ほどの涙はどこにいったのか。言質は取ったとばかりに、綺麗な笑みを浮かべたソフィアがそこにはいた。


突っ走ってこれからも相変わらずなことを仕出かしそうなビアンカに、効くのは叱責じゃなくて泣き落としじゃないか。ぽろりと言ったのはアルミノだっただろうか、オルランドだっただろうか。一理あるなと、ソフィアは思ったが、淑女がが簡単に人前で涙など流せない、そう考えていた。

ただ、ビアンカを前にしたソフィアは、彼女はまた同じような事があれば、自分の事なんて気にしないで誰かを助けようとするのではないか、そう思うと勝手に涙が流れていた。アルミノたちには、作戦通りだ、などと思われてるだろうが、レオナルドは珍しく感情を抑えきれていないソフィアの様子を分かっていた。


「いたっ」


いつの間にかレオナルドがソフィアの側にやってきた。

普段のソフィアだったら人前で涙するようなことはしないだろう。

ビアンカといるときは、年相応な顔をするソフィアの普段との違いをレオナルドは好ましく思っていた。ただ、こういう顔は見たくないとレオナルドは、ぺしっと手刀をビアンカの頭に落としてからソフィアを促してビアンカの側を離れる。


「私の婚約者を泣かせるな。それに、私だって仲間の心配はする」

「はい」


アルミノは、壁に背を持たせさせたまま一言だけ告げる。


「あんま心配かけんな」

「アルミノさん、ごめんなさい」

「行こうか、後は彼に任せるよ」


そう言ってソフィアたちを連れてオルランドは部屋を出て行く。去り際に、強くディエゴの肩を叩いてから、ビアンカに聞こえない様に小さな声で活を入れた。


「最悪は訪れていない。しっかりしろ、次こうらないようにするのが最善だろ……、はぁ、なんで僕が君に……あとは任せるからね」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ