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第47話




ディエゴは、暗闇の中を漂っていた。


石碑の前に辿り着いたところで、急に視界が塞がれた。何かが投げ込まれてそこから鮮烈な光に視界を奪われた。

彼女に向けられえた刃を察知できたのは、視覚ではなく痺れるような危険を察する第六感のようなものだった。僅かに空気を割く気配を察知して、自分に出来たのは無様にも護衛対象である彼女と一緒に地面に倒れ込むことだった。


臨戦態勢で働きを阻害される視覚に変わり聴覚で何かが倒れる鈍い音を捉える。痛覚が意識を邪魔する中、必死にオルランドたちの会話から状況を把握しようとして、危機が去ったと分かってからは、身体から力が抜けてしまった。




強烈な光にやられて覚束ない視界、加えて煙によって完全に視覚は使い物にならなかった。何とか彼女を守ることはできたのだろうか。いつも耳障りの良い明るい声が、酷く切迫していて、耳に胸に刺さった。震える声が自分の名を呼んでいた気がする。


背中に受けた衝撃と徐々に奪われていく肢体の感覚、毒だろうか。強烈な痛みと熱が全身を駆け巡るが、次第に血と一緒に熱が抜けていく。


馬鹿だ…自分は未熟だもっと完璧に守りたかった。



守れたのか。

やってしまった。

上手くできなかった。


敵は去ったのか

まだ近くに危険が潜んでいるかもしれないのに……

暗いし段々と寒くなってきた。



暗闇の中で、方向感覚もなくただ漂う。手が足が上手く動かせない。




ぽたり



暗闇に一筋の光の粒が落ちてきた。



ぽたり

ぽたり

ぽたり


少しずつ、一筋、また一筋と暗闇に白い糸が少しずつ降りてくる。

落ちてきた暖かな光の雫が衝撃を受けた背中の辺りに集まってきて、少しずつ冷たい感覚がなくなっていく。

真黒な世界に落とされていく雫が、白い線を入れていく。徐々に線からヒビが広がり、ガラガラと壁が崩れて、彩光が一面を照らしていく。背も手も足も……、全身が心地よい温もりに包まれていく。




温かい……




(止めてあげて、貴方にしかできない)

 (誰だ……)

(最期まで、君は側にいるんだ。決して、大事なものからは目を離してはいけない)

 (誰なんだ……)


((さあ、帰って))




声は出なかった。

いつの間にか動くようになった身体を声がする方に向けると誰かが居た。後光に輪郭しか見えなかったけれど、二人の男女がとんっと背中を押してくれた。




目を開けたディエゴの眼に映ったのは石碑があった部屋の天井だった。鮮明に見える天井に煙が晴れていることに気付いたディエゴの視界に艶やかな黒髪がふわりと踊っている。風に舞うように激しく踊っていた。いつも見ている彼女の色だ。




「ビアンカさま……?」




制止を振り切って腕輪を外したビアンカは、流れ出る力を止めることができずに、身体が悲鳴を上げていた。オルランドは、ビアンカから放出されている魔力に気圧されないよう踏ん張り、ビアンカに近づき声を掛け続けていたが、ビアンカは止まらなかった。


「あ〝……」

「アルミノ、腕輪を嵌めてくれ!」


側に寄って腕輪に手を伸ばしたオルランドが何かに弾かれる。ビアンカの魔力に弾かれて触れることは叶わない。一体何が起きているのか分らないディエゴだったが、オルランドの声に少し離れたところにビアンカがいつも身に着けている腕輪が転がっているのが目に入った。


「ちっ、ダメだ」


聖属性の適性が高いアルミノであればとオルランドは望みを託したが、アルミノもオルランドと同様に弾かれてビアンカとディエゴの間に落ちている腕輪にすら触れることができずに舌打ちする。


「どうすりゃ止まる? このままじゃ嬢ちゃんヤバいんじゃねーのか?」

「ああ、こんな形で放出し続ければ彼女の身体が持たない。このままだと……ビアンカ、力を抑えるんだ。聞こえてるか!?」

「だめ、とまら……な あ〝あ〝----!!」


意識がまだ完全に戻ってきていなかったディエゴだったが、苦痛に叫ぶビアンカの声が耳に刺さり、緊迫した周囲の状況にようやく気が付く。ビアンカは、血管に無理やり大量の血液を流されているような痛みに絶叫していた。


「ビアンカ様っ!」

「お前……う、腕輪を! 腕輪を嵌めるんだ」


むくりと起き上がったディエゴにオルランドが驚いたのは一瞬だった。落ちている腕輪を指差して、早く嵌める様に促す。ディエゴは、必死なオルランドの声とビアンカの様子に躊躇うことなく腕輪を手にすると、そっとビアンカの腕にそれを嵌めた。




カシャ




「でぃえごさま?」


そっとディエゴがビアンカの腕に触れると、ビアンカはその名を呼んでから、ぷつりと糸が切れたように崩れ落ちた。


「ビアンカ様!」


崩れ落ちたビアンカを抱き留めたディエゴは、何が起きているのか分らなかったが、呆然と立ち尽くすオルランドとアルミノは、色んな意味で信じられずにディエゴを見て口をパクパクさせていた。






ディエゴは、ビアンカを抱き留めて、二人に顔を向けると、オルランドは膝から崩れ落ちてから米神を伝う汗に手を触れて、深いため息を絞り出していた。普段は飄々としているオルランドのそんな様子から随分と大変な状況だったことが見て取れる。


「オルランド、何がどうなってる」

「はぁーーーー、助けるなら、もっと、ちゃんと助けなよ。なに勝手に死にかけてるのさ」

「お、お前、何ともないのか?」


状況を知りたくて問いかけたディエゴだったが、力が抜けて冷たい石の床に膝をついたオルランドから叱責される。


「はぁ……こんな風に焦って声を張り上げるなんて何年ぶりだろう」

「お前、傷は? 大丈夫なのか?」


切迫した状況に一人意識を失っていたことに気まずさを覚えていると、アルミノがディエゴの完全に塞がった刺し傷を見て、信じられない様子で破れた服の下を確認してくる。


「ああ、身体は何ともない。……これはビアンカ様が?」


先ほど、刹那の間に見た暗闇の中の光景、降り注いできた光は何処か馴染みのある光だった。腕の中にある温もりに、その正体を察する。

助けようと思って、助けられる、そんな事ばかりだ。


「無茶するよ、本当に」

「また、助けられてしまいました」


そっと乱れが髪を頬から払い、その顔を覗き込む。守れるように、もっと強くなりたいとぐっとディエゴは唇を引き結んだ。







オルランドは、大事そうにビアンカを抱えるディエゴを見つめながら、まだ引かない汗をぬぐった。思い返せば『あの子』が居なくなってから、長い時が流れた。胸を抉られるような痛みは完全に消えることはなかったが、遺志を継ぐ者が現れて、オルランドの日常は少しだけ過去に見た様な色づいた世界になった。それなのに目の前で消えていく絶望を再び味わうのかと思って、柄にもなく取り乱してしまった。


ビアンカの危うい無鉄砲さをどうすればいいのか。


救いを求める様に交差した杖を見上げると石碑から杖が浮き上がった。聖女でなければ抜けないはずだが、先ほどの膨大な魔力を受けて反応したのか。


よろよろと立ち上がったオルランドは、そっと杖を手に取った。




「君の頼みじゃなきゃ、こんな子供たちのお守なんて、やってられないよ」


(約束、守ってくれて有難う)


大きく目を見開いた。疲れて幻聴まで聞こえてきたのか。一瞬だけ懐かしい面影が見えた気がした。忘れることはないかつて聖女と呼ばれた少女の声と姿、何十年、何百年経っても忘れたことなどなかった。


オルランドの頬を水滴が伝った。




「それが目的の剣と杖だな」


背後からのアルミノの声を受けて、オルランドは湿った目元をこっそり拭う。対にして納めていた剣と杖を回収して、何事もなかったかのように二人に向き直った。


「いま、女性がそこに……」

「あ? お前何言ってんだ?」


ディエゴも夢の中で聞いた声と見知らぬ女性の姿を目にして、今見た幻に驚き虚空を指差していた。アルミノには見えていないようで、訳が分からないことを言い出したディエゴに、先ほどまで瀕死だったこともあり心配そうな眼を向けていた。


何だ自分にだけ姿を見せてくれたわけじゃないのか、と少し残念に思いながら、その存在を知っているのは自分だけでいいと思って、そ知らぬふりをする。


「寝ぼけてるの? しっかりしてよね」

「や、え? オルランドも見えなかったか? いま……」


呆気にとられているディエゴの様子に、そうか幻ではなかったのか。でも、幻でもいいかと静かに胸を幸福感が満たすのを噛みしめていた。


最期の苦しそうな顔ではなく、見慣れていた笑顔の少女に会えて、それだけで十分だった。






オルランドたちは、ビアンカをディエゴに託して下山した。意識がないビアンカを早くエルフの里に連れ帰ったほうがいいだろうと、山を下りることにしたのだ。役目を果たしたレオナルドとソフィアとも合流し、六人はエルフの里へと帰還するのだった。





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