第46話 聖女の杖と勇者の剣
ビアンカたちは、険しい道のりの先に悠然と待ち受ける石柱に挟まれた入り口を見つけた。姿を現した乳白色の対となる石柱が支える入り口は、精巧な彫刻がなされていた。不思議なことに雪に覆われることなくその姿をビアンカたちの前に晒していた。その佇まいに感嘆の声を上げが一同だったが、その感動は、中に足を踏み入れてから一瞬で上書きされる。
数段の石の階段を上り、石柱の間を抜けて中に入ると石碑があった。
雪の中から現れた初めの門と登りきって辿り着いた入り口の姿に感動を覚えたが、薄っすらとした光が照らす部屋の中は、そのどれよりも美しかった。
繊細で優しい曲線で造られた中央にある石碑は、華と鳥を立体的に象り神秘的だった。
ビアンカの家の果樹園にもあるメーラの実とその花のリースが形作られており、その中央に二本が交差して突き立てられていた。
聖女の杖
勇者の剣
オルランドが隅にある水晶に手をかざすと天井にも白い明かりが灯った。白く艶やかな表面が光を受けて輝くと一層の強い感情がビアンカたちの胸にこみ上げる。
『聖女の力を引き継ぐ者じゃないと手に入れられないように一生懸命、封じたんだろうね』
封じたとオルランドは言っていたが、杖と剣を慈しむ荘厳さにこの二本への強い思い入れを感じた。この持ち主への敬愛なのか崇拝なのか、それとも親愛か。大事に守るように納められていた。
「オルランドさん、これが」
「そうだよ聖女の杖と勇者の剣だよ。あまり悠長にはしてられないから、さくっと回収しちゃおう」
この場所のことを以前から知っているオルランドだけは淡々としており、口調もいつもと同じだったが、ビアンカは彼の目には懐かしさと寂寥感が見えた気がした。彼が見つめる対になる様に収められている二つの魔道具をビアンカも見つめていると、聖女の杖の先は何かが埋め込まれていたのだろうが、ぽっかりと空洞になっているのに気づく。
「オルランドさん、あの杖の先……」
「ああ、そう。壊れてしまってるんだ。それを修復するのに必要なのが、君たちが手に入れた素材だよ」
「あの赤い石ですか……」
「そう、聖属性に親和性が高い希少な魔石。君が望むのであれば、あれを使って、修復する」
オルランドは、家宝である仮面を修復するか、壊れた古い魔道具を修復するのかを選べと言った。オルランドの店に持ち込まれたエルフの里から持ち帰った赤い石があれば、これを修復することができるのだろう。
「この剣が、”勇者”が使っていた剣だ。ヘルトでは聖剣なんて呼ばれてるね。君が持ってる者は、これを模して作ったんだ」
ビアンカがチラリと視線を向けるとディエゴが背にある柄にそっと手を振れていた。
「さて、じゃぁ、回収しちゃおうか」
「ビアンカ様っ!」
促されたビアンカが、足を進めようとしたとき、警戒音が鳴り響いた。念のためにと入り口にオルランドが仕掛けたものに何者かが引っかかったようだ。一同が入り口に目を向けるが、ビアンカたちの他には誰の姿もない。ディエゴがすぐにビアンカの側に駆け寄り、周囲を警戒する。
オルランドが何かを取出し、投擲の体勢に入ったときだった……
カツッ
硬い床に何かが落ちる音がした。
強い光とともに白い煙が立ち込めてビアンカたちの視界を奪った。
「くそっ」
「きゃっ」
突然のことに悲鳴を上げたビアンカの耳には聞こえていないが、オルランドは、うめき声を耳にした。アルミノがすぐに、何かを投げ込まれた方向に投擲用の武器を投げた。敵を始末できたようだ。うめき声と共に何か重たいものが地面に倒れる音がした。
ビアンカが耳にしたのは、警告するディエゴの声だった。
「ビアンカ様、危ない!」
「えっ?」
何かを察知して、ディエゴはビアンカの前に身を躍らせた。咄嗟のことで大剣でのフォローは間に合わないと判断したのか、ビアンカはディエゴに地面に押し倒される。
状況が良くわからないビアンカだったが、オルランドは、視界の端にそれを認めて声を出した。
「アルミノっ! ビアンカ様が倒れた。くそっ、これじゃ助かるかどうか。アルミノ! 他にも誰かいるはずだ後を追え!」
「……うそだろっ、嬢ちゃんが!?……!?おいっ、なにをっ」
「だから、早く、追いかけろ、早くしないと逃げられるっ」
「………ああ、分かった」
躊躇いを見せたアルミノだったが、ディエゴに庇われ地面に倒れ込んでいるビアンカと目が合って、戸惑いの表情を見せる。ビアンカも何が起きているのか分らなかったが、ディエゴと一緒に声を潜めて、煙が晴れていくのを待つ。
少しずつ煙が引いていくとアルミノの腕を掴んで入り口を見ているオルランドの姿が目に入る。視界が少し晴れたところで、オルランドは、アルミノを捕えていた手を離す。
自由になってアルミノは、壁際に近づいていき、倒した敵を確認している。どうやらこと切れているらしい。
「オルランド……もう行ったのか?」
「そのようだ」
オルランドの耳は、何者かの足音が離れていくのを捕えていた。
「逃がして良かったのかよ」
「此処でやり合うより、外で捕えた方がいいだろう。此処で捕まえても下に運ぶのにも骨を折る。逃がすつもりはないよ」
「どうするつもりだ?」
懐から何かを取出し、オルランドは、何かを小さく呟いた。
「ディエゴ様、どうやら敵は去ったようです。……ディエゴ様?」
「ぅ……」
ディエゴに庇われたビアンカは、地面に倒れ込んだままじっとしていたが、ビアンカが声を掛けるとディエゴの力が抜けて、ビアンカの上に崩れ落ちた。苦し気なディエゴの声に身体を起こす。
「ディエゴ様? うそっ、血……!?」
悲鳴のようなビアンカの声に、二人も駆け寄って来た。ディエゴは、ビアンカと同じように動きを止めていたのではなかった。背に深々と刺さった剣によって、その動きを封じられていた。ぎりぎりまで張り詰めていたようだが、敵が姿を消したと聞いて脱力したようだ。
「だ、大丈夫です。大したことありませんから」
「うそっ……」
言葉とは裏腹に、ディエゴは起き上がることができずにいた。ビアンカの声色を聞いて、安心させなければと声を出すも深々と刺さった剣のせいで身体に力が入らない。
「ダ……ジョブです……から」
「ディエゴ様?」
ディエゴの背に回した手を眼前に持って来たビアンカは、べっとりとした血を確認して、ディエゴに震える声で呼びかける。途切れがちなディエゴの受け答えに、冷や水を浴びた様に心臓が委縮する。濃紺の生地は分かりづらいが、血が少しずつ彼の服をその色に染めていく。
「ディエゴ様、しっかりしてくださいっ!」
不覚だったとオルランドは歯噛みする。恐らく刃には毒が塗られている。起き上がらないディエゴに呼びかけ続けるビアンカに近づいて声を掛けた。
「ディエゴ様、ディエゴ様っ!」
「落ち着いて」
「だって、血が、こんなに……いや……」
「!! 待て、落ち着け!」
急激に膨れ上がったビアンカの魔力にオルランドが声を張るが、溢れてきた涙を零しながら血の付いた手を見て戦慄くビアンカの心には届かない。ビアンカは、手を震わせて目の前のディエゴが流す血の色に、脳内もその色に塗りつぶされていく。
「いや……しなないで!」
”どうして”、”自分のせいで”と彼を傷つけたものへの怒り、憤り、後悔。いろんな感情が渦巻く。
(死なせたくない)
―――死んでしまう
(でも、どうしたらいいか)
―――助けたい
生きてきた中で感じたことがない強い感情の波に、内にある扉が全開になる。湿っていくディエゴの外套、ディエゴの命が彼の中から流れ出て行っている。
聖女の力には、癒しの力があるのだと知り、その力の一端をアルミノの治癒で発揮したビアンカだったが、ミラコーラで修練する時間はとれていなかった。旅の同行者にはソフィアもいるため、他の事を優先していたからだ。
戦いとは無縁に生きてきたビアンカは初めて身近で血を見て錯乱状態になっていた。
どんどん強くなる魔力、だが、正しい発動の仕方が分らないビアンカは感情に流されるままに、その膨大な力を垂れ流しているだけだった。魔法の発動が困難なこの土地において、どんなに力を注いででも力は望んだ形の効果をもたらさない。軽傷の足の傷を治すのとはわけが違う。
ビアンカは、もっと力が必要だと身体の外に押し出そうとしてるのに、途中で堰き止められる。開いていた扉を強制的に閉じようとする何かがビアンカの邪魔をする。
もっと力がほしい。
ビアンカは、腕輪に手を掛ける。
「っ駄目だ! それは外すな。まず、落ち着け!」
腕輪を見やって、外そうとするが、やんわりその指が押し戻される感覚がした。
同時にオルランドの声が、漸く耳に入ってきた。初めて四人でオルランドの店を訪れた時の彼の言葉が蘇る。
『感情の高ぶりに任せて、これを外すようなことはしないと約束しなさい』
『君に何かあったら、君が傷つくことで傷つく者がいることの存在を思い出すんだ』
幼かった頃、力が暴走した時のことは鮮明に覚えていないが、泣きそうな顔の両親が一瞬思い浮かんだ。制止するオルランドの言葉も耳に入ってくるが、大事なものが消えて行こうとする絶望感を前に、その腕輪から感じた抵抗を無視する。
「助けたい」
ビアンカは腕輪を外した。ビアンカは自分の中にある扉がギシギシと音を立てて軋んでいるのを感じたが、オルランドから与えられた短剣を手にして、そっとディエゴの身体に向き合う。治る、いや、治すんだとディエゴの身体に力を注いでいく。
「うっ……」
「もう少し、耐えてください」
少しずつディエゴの身体から彼に刺さった剣が押し出されていく。その感覚に苦しげな声を上げるディエゴに声を掛けながらビアンカは、ただ、必死に何かに祈った。
「お、おいっ」
尋常じゃない力の放出に、大丈夫なのかとオルランドに声を掛けるアルミノだが、こぶしを握って堪えている様子のオルランドに、それ以上何も言えずに口をつぐんだ。
腕輪を外した瞬間から大きな流れに意識が持っていかれそうになりながらも、ビアンカは、その奔流と戦っていた。
この力で自分は成し遂げたいことがある。
自分の中にある力だ、自分の意思に逆らって暴れさせたままになどしない。
絶対に、助けて見せる。
「ビアンカっ!」
今までより強い流れが身体を駆け抜け、ビアンカは苦悶の表情を浮かべる。そして、視認出来るほどの強い力を纏う姿に堪らずオルランドが叫ぶように名を呼ぶ。
お願い…、死なないで…
そして、無心に祈る想いが、ディエゴの身体を包み込む。




