第45話 癒しの力
白い雪を染める鮮血と残されたアルミノの剣を二人は無言で見つめていた。ディエゴは強く拳を握りしめ、歯噛みする。崖下に飛び出さんばかりだったディエゴを鎮めるのに一苦労したオルランドは、そんな彼の肩を叩く。
「落ち着いたんだったら、二人を探しに行こう。アルミノがお嬢さんを捕えたところも見えたから、たぶん大丈夫」
咄嗟に後を追おうとしたディエゴだったが、必死のオルランドの制止を受けてその場にとどまった。たが、冷静さを完全には取り戻し切ってはいなかった。それも仕方ないかと思い至り、オルランドは状況を理解させようと声を潜めてディエゴに告げる。
「ここに足跡がある。この血も二人のじゃないだろうね。僕が言ってる意味、分かるよね」
「……!?」
「だから、ね。急いで、だけど冷静に二人を探すことが先決だろ」
「……はい」
オルランドの少ない言葉で落下の危機とは違う脅威がここにはあるのだとディエゴは気づいた。改めて地面を見ると一つの足跡が洞窟の入り口に向かっている。僅かな血痕とともに続いていた。二人が落下したのをオルランドは目撃したのだから、その持ち主はビアンカたち以外の誰かということになる。
「存在を隠すのが上手な何者かがいるのは分かってたけど、この中にまで入り込んできてたとはね」
「ビアンカ様たちの居場所を先に見つけなければ、オルランド」
「出血量もそれなりにある……、相手も無事ではないだろう。この場所では治癒も難しいだろうし」
「ええ、だけど相手の人数も分かりませんし、油断はできません」
「そうだね。すぐ追いかけよう」
此処に入り込んだ敵は、誰なのか、そして、何人なのか正確な情報は分らない。地図を取り出して経路を決めたオルランドが迷いなくディエゴを伴い下っていく。入ってきた門から見て西側は、中腹に高台があり落下地点はその辺りだと推測する。そこから少し歩けば雪をしのげる岩石地帯がある。恐らく二人は、そこにいるだろう。
だが、オルランドたちが居た場所から回り込むには時間がかかる。二人の装備だけでは寒さに耐えられないだろう。一刻も早く二人と合流する必要がある。
「何者かが入り込んでいるとして、合流できたら目的地に先に辿り着きたいところだけど、お嬢さんたちの状態次第かな」
「流石にこの寒さの中、長い時間いたら危ないですね」
「そうだね」
オルランドの支援があったとしても、あの高さから落ちて二人が無事でいるのか、無事な姿を見るまでは予断は許さない。何者かの目的は分らないが、ここまで付いてこられてしまった以上、目的の物を奪取される可能性もある。それに相手の人数も分からない。負傷した者とは別に何人いるのか、いないのかも此方には何の情報もない。
だが、何はともあれ、まずは四人揃ってなければ意味がない。急いた気持に足を取られないよう気をつけながらも二人は道を駆けていく。
二人は山の中腹にある高台に辿り着いた。登って来た道を少し戻り、別のルートでビアンカたちの落下地点を目指して下って来た。多少吹雪いてきた雪は、その頃には和らぎ広がる雪の向こうに木々に隠された岩石地帯も見える。もし、この付近に落ちてきたのであれば、恐らく二人はそこで雪を凌いでいる可能性が高い。
周囲を警戒しつつ、二人の捜索を続ける。幸い新雪が一面を覆っているため、もし、近くに誰かが居たとしても気付けるだろう。それらしい足跡は見当たらない。
注意深く観察していると、雪を被ってはいたが見慣れた鞄が落ちているのをオルランドが見つける。
「これはお嬢さんの鞄だね」
「オルランド!」
鞄を回収しているとディエゴがオルランドを呼ぶ。耳元の鳥の目が光っている。どうやら通信ができる距離に二人はいるようだ。通常よりも遠くにいては上手く機能しないようだったが、随分と近くにいるらしい。
「アルミノ、待っててくれ」
『ああ』
ビアンカとアルミノと疎通が取れたのだろう。ディエゴの顔に生気が戻って来た。ここまで下ってくるのに、必要最低限の会話はしていたが、安否が分らない状況で蒼褪めていたディエゴが喜色を浮かべるのを見てオルランドもビアンカたちの無事を察した。
「どうだった?」
「そう遠くには行っていないと言ってました。雪が凌げる洞窟のようなところだと思いますが」
「そうか」
やはり、敵に一太刀浴びせたアルミノは、周囲を警戒しながら息をひそめて二人との合流を待つことにしたようだ。遠くには移動していないと聞いて、オルランドも胸をなでおろす。ディエゴとオルランドは、じっとしてるよう二人に指示して、連絡を取り合いながら、二人の居場所を探す。
二人の名を呼ぼうと口を開いたディエゴだったが、ふと視線を向けた岩陰にアルミノの姿を見つけて……固まった。
「ディエゴ様! オルランドさん!」
すっぽりとアルミノの外套にくるまれて、隙間からひょっこりと顔をのぞかせているビアンカは花が綻ぶような笑顔を向けてくるが、二人のその様子に口を開けたままの表情でディエゴは凍り付いてしまった。
「おや、まぁ……」
「お二人ともご無事でよかったです!」
「ビ、ビアンカ様もご無事で……よかったです」
「……不可抗力だからな。キレんなよ?」
想いが全くもってかみ合ってない様子の二人に微妙な顔をしながら、アルミノがぼそりと言い訳じみた言葉を投げかける。
「ええ、もちろん」
「「……」」
「……?」
多少痙攣してるように見えるディエゴの口元だったが、さっさとアルミノ外套からビアンカを取り出して、無事を確認しだした姿を見て、アルミノは何とも言えずに視線を彷徨わせていると感情の読めない微笑を浮かべているオルランドに見つめられてその手で顔を覆った。
互いの状況を報告し合って、ビアンカは手放してしまっていた鞄を受け取り、中から短剣を取り出した。帯刀することにも慣れていないため、同じく不慣れな登山のために鞄にしまっていた。
「オルランドさん」
「大丈夫、少し力は使いづらいかもしれないけど。成したい事を明確に思い描いて、口にしてご覧」
ディエゴとオルランドは、少し離れたところで周囲を警戒している。眼には見えなくとも雪に足跡は残っていたのだから、存在を完全に消せるわけではない。動けば何らかの予兆があるはずだ。
「じゃぁ、嬢ちゃん頼むわ」
アルミノが白い歯を見せて縛った布をほどいた。
ビアンカは、ミラコーラで治癒について知識としては学んだが、修練したわけではなく正直自身はないが、どういう仕掛けかは分らないが、敵は何らかの方法で近くに潜んでいるはずだ。アルミノの怪我を癒して、少しでも万全な状態にしたいところだ。
「はいっ」
確証はなくても自分にはできると信じてみよう。短剣が氷のように冷たい。いつもとは違うけれど、今までも助けてくれた存在に心が落ち着いた。先ほどと同じで身体から出て行く力が空気に溶けてしまうような感覚だが、ビアンカの願いと想いを短剣が汲み取ってくれる。完全に溶け消える前に、留まってアルミノの患部を覆う。
「癒しを……」
思い描くのはソフィアの姿だ。商会の病床を癒す彼女の姿が思い浮かぶ。ソフィのように苦しむ人の傷を癒したい。その願いは確かな力となった。先ほどとは違って、アルミノの患部を修復していくのが分かった。
「できた……?」
ビアンカが手を離すとアルミノは足首、指先を少しずつ動かしてみてから立ち上がる。
「アルミノさん。そんな急に立ち上がっては」
「痛くねえ。……嬢ちゃん凄いなっ!」
踏みしめた足は、かかる体重を問題なく支える。固定していたため少しの違和感はあったが、痛みは感じない。不自由な足に護衛すべき対象を側において感じていた不安から解放された喜びにアルミノはビアンカの華奢な肩をバシバシと叩く。
「い、痛っ」
「悪いっ! ありがとな、このまま足手まといになっちまうかと思ったわ。ほんと、ありがとな」
「あの私も助けていただきました。有難うございますアルミノさん」
半信半疑だったビアンカもアルミノの歓喜する姿と肩の鈍い痛みに実感が湧いてきた。自分こそ皆の足手まといじゃなくて、ちゃんと力を役立てられたことが嬉しかった。
目的地の目前まで来て道を戻ることになってしまったビアンカたちだったが、再びそこを目指すことを選んだ。疲れも考慮すると戻るという選択肢も浮かんできたが、見えない敵の存在がビアンカたちの向かう道を決めさせた。
「お怪我がなくてよかったです」
「アルミノさんのお陰です。ディエゴ様たちもご無事でよかったです」
雪に落ちていた血の跡も見ておらず、唐突に空中に放り出されたビアンカは二人から話を聞いて不可視の敵の存在を知った。その場に残っていた二人に何事もなくてよかったと安堵した。
今回の道のりは険しく山道や雪に関してはディエゴよりも経験があるアルミノに殿を任せた事は、パーティの判断として間違っていなかった。だが、ビアンカの消失を確認した時のディエゴの焦燥感は痛烈だった。ディエゴは危ない目に合わせる前に守ることができなかったことを激しく後悔していた。
青いディエゴの後悔や自責の念など手に取るように分かっていたオルランドは、敢えてそれに触れることはしないものの好奇心の赴くままに若い少年・少女を揶揄うことにしたようだ。
「大丈夫? 変なことされなかった?」
「するわけねーだろ、張り倒すぞオルランド」
「だってさ。その顔やめなよ……」
「何いってるんですか。こういう顔ですよ」
揶揄うことにしたのだが……、ビアンカと話すときは、上手く取り繕っているが、ディエゴの顔を先頭のオルランドが振り返りざまに見て窘める。声と口元だけは笑顔だが、隠せない渦巻く感情が滲み出ている。
状況的に不可抗力だったと言われたとしても感情は抑えられずに、先ほど見た光景を掘り返してきたオルランドに素直な感情を鋭い視線に乗せてぶつけていた。敵に一太刀浴びせたうえで、ビアンカを守ったアルミノに感謝はしている。近くに居なかったのだから、あの状況では仕方がないと頭では考えているが感情は完全には殺せなかった。
「もし、また狙われたとしても次は必ずお守りします」
「ふふっ、心強いです」
ビアンカが振り向く先にあるディエゴの表情は、見慣れたいつもの笑みだった。三人の話は、ビアンカには少し分からないところもあったが、前の旅よりも随分と三人が親し気な様子の会話に元気をもらいながら、必死に足を動かし続けた。
初めて見た時に怯んでしまった岩場をディエゴの力を借りながら、どうにかよじ登り終着地点まで辿り着くと、そこには広々とした入り口があった。
白い岩を切り出して作られた太い柱の間に広い通路が見える。ミラコーラの神殿に似た造りだ。悠然とビアンカたちを訪れを待ち受けていたようだ。
「此処が……」
「こんなところに……」
「すげぇな」




