第41話 再訪と糸口
ビアンカたちが、眩しさに目を閉じて、次に目を開けた時、目に入ったの白い壁だった。六角形の部屋は、真っ白な壁に窓もない。高い壁を見上げると天井はガラス張りで、外の光がそこから部屋の中に入ってきている。
「上手くいったね」
「オルランドさん、ここは…」
此処が目的地なのだろうか、彼の話ではエルフの里に立ち寄ると聞いていたが、滞在中には見たことがない部屋だ。ただ、頭上から覗く木々の姿は、見覚えがあるものだ。
ギィ
扉が開く音がした。音のした方へ視線を送ると先日、ビアンカたちを見送ってくれたエルフの長、エルロンドが部屋に入ってくるところだった。
「やぁ、元気そうだね、ん? 少し老けたんじゃない?」
「久しく姿を見せなかった癖に、開口一番に言う台詞がそれかお前……」
オルランドの導きで着いた場所は、確かにエルフの里のようだった。一瞬で、海を隔てた大陸に来てしまったことが信じられず、驚くビアンカを他所に、オルランドは兄に軽口を叩く。そんなオルランドに溜息交じりに言葉を返すエルロンドは、責めるような言葉を吐きつつ、その目は久しぶりに戻った家族に向ける優しい目をしていた。
「皆さま、ようこそお出で下さいました。また、こうしてお会いできましたこと心よろお喜び申し上げます」
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セサリーニ家には、ソフィアを心配する者から続々と見舞いの品が届けられていた。
ソフィアの見舞いにと訪れたカリオは、心から娘を心配しているのだろうが、アレッシオから教会での遭遇は聞いている。彼としては教会に訪れた二人組の情報が欲しい、というのも目的の一つだろう。
犯人の狙いはその呪の強さからしてソフィアだろう。だが、ささやかな嫌がらせのつもりだったのかもしれないが、ビアンカの元に差し向けられた呪は、ビアンカが反射的に跳ね返している。オルランドの推察どおりであれば、贈り主の元へと返っているはずだ。
エドアルドの部下が入手した情報では、マルティーナは体調を崩しているとのことだった。ヘルトからの客人が今回の犯人ではないか、という疑いが浮上した中で得た事実をどう生かすか、そう考えていたところでのカリオの訪問だった。
ドメニコは隣国からの来賓に対する教会の者の派遣要請をカリオは快く引き受けてくれた。心配そうな表情を浮かべるドメニコに、任せてほしいと彼自身が請け負ってくれた。彼は、ビアンカやソフィア程ではないが、魔物と魔獣を見分ける目を持っている。傷を負い今では教会にいることがほどんどだが、若いころには前線に赴き、戦闘の支援と後方での治療に尽力してきた人格者だ。
これでマルティーナが臥せっている原因が掴めれば、犯人である可能性は高まる。
そう期待していたドメニコだったが、マルティーナを見舞ったカリオと再び対面したとき、彼の答えはドメニコの期待からは外れていた。
「では、マルティーナ様はお元気だったのですね?」
「ええ、ご病気やお怪我もないようでしたので、ご安心いただこうと直ぐにこちらに報告に参りました」
「そうですか。体調を崩されているのでは、という話があったものですから、国賓に何かあればと気を揉んでおりましたが、よかった」
普段通りに振る舞うドメニコだったが、心中は複雑だった。彼女が犯人ならば、それは面倒でもあるのだが、彼女が違うのであれば、娘を害そうとした者の正体は依然として知れないということだ。
カリオの報告を内心残念に思ったドメニコだったが、彼が続けた話に目を光らせた。
「少し長旅の疲れも出たのでしょうと仰ってました。既に体調も整ったとのことでしたので、私も安堵しました」
「そうですか」
「あぁ、ただ、側に控えていた侍女なのですが……」
「……何か気になることでも」
マルティーナの部屋を辞したカリオを見送ってくれたのは、マルティーナの側に控えている侍女だった。道中も彼女の側を任されていた女だ。
「貴方、もしかしたら、体調に違和感があったりなどございませんか」
「えっ」
「私、教会では怪我や病の治癒もさせていただいておりまして、本日もマルティーナ様に何か障りがあるのでしたら、お力になれるのではと」
突然の問いかけに軽く目を見開いた侍女は、人を落ち着かせる空気を纏ったカリオが心からマルティーナを心配して足を運んだのだと知り、感謝を伝える。
「お嬢様も喜びますわ。お心遣いに感謝いたします。そうですね、お嬢様は若いので直ぐに回復されましたが、お恥ずかしいですわ。旅の疲れもありましたから、疲労感がなかなか消えません。ですが、大したことではございませんわ。ご心配ありがとうございます」
そう告げた侍女にカリオは、癒しを与えたという。ドメニコは、教会に居て純粋に人を救う姿勢を持ち続けているカリオに関心した。
「それで、少しその場で祈らせていただいたのですが……」
「其の方は運がいいですね」
「え、ええ」
「どうかされましたか?」
カリオの言いよどむ姿を見て、もしかして、とドメニコは考える。
「それが、其の方は瘴気に当てられていたようでして……」
本人は疲労だと言っていたらしい。カリオは、ビアンカほどに明瞭に見ることは叶わないが、彼はその目で彼女の不調の原因を視認したという。ヘルトからの道中で運悪く何かあったのだろう、というカリオに、ドメニコは白々しく話を合わせる。「カリオ様に癒しをほどこされて不幸中の幸いでしたね」と言いながら、すぐにエドアルドに連絡を取ろうと思った。
可愛い娘を害そうとした者の正体につながる一筋の糸が見えた。何も確証がない状況では実行できなかった策もあったが、可能性は絞られた。どう追い詰めていこうかと笑顔の裏で静かにその牙を光らせる。
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ソフィアは公の場に姿を現さなくなった。療養中という噂も耳にしたが、強力な呪を掛けてやったのだ生死の境を彷徨っているのだろう。
「あの女は、床に臥せっているのでしょ?」
いや、もしかしたら既に彼女はこの世にいないのではないか。上機嫌でマルティーナは茶の香りを楽しんでいる。
ここ数日は、忙しかった。彼女の贔屓にしている店を調べ上げて、そこから彼女への贈物を準備して、王女のお付きとしての仕事は体調不良として、他の者に任せて、自分の欲を達するためだけに奔走していた。
コンコン
上機嫌に恋敵を葬れたと醜悪な笑みを浮かべるマルティーナの元に見舞いの訪れが知らされる。事前に知らせがあった通り、定刻の来訪だったが、喜びの余り時間を忘れていた。
「はぁ……、仕方がないわね。仮病を使ったんですもの。一応、それなりに対応しなければね、お通しして」
部屋にやって来た人がよさそうな男は、心の底からマルティーナの快方を喜び、見舞いの品を献上する。嫋やかな貴族令嬢らしい振る舞いでカリオに接しながらも、ベールと扇の裏では、どうやってレオナルドと接触しようかと策を巡らせていた。
カリオは、それには気付かず快方に慶びの言葉を述べて、退室していった。
「早くお会いしたいわ」




