第40話 水竜を倒した冒険者
聖女の杖と勇者の剣を入手するために、旅に出ると言うビアンカたちに、宰相を初めとして大人たちは反対した。だが、神殿への仕掛け、水門の護りへの干渉は、関係性があるのか明らかではないもののミラコーラへの攻撃と見ていい。ビアンカとディエゴの力を知った今、彼女たちがその役割に向き合う覚悟を見せた。最終的には彼女たちのその覚悟を受けとめ、ビアンカたちの意思を尊重してくれた。
そして、魔物の出現についても騎士団の手を煩わせており、通常より多い負傷者に教会に負担がかかっている。それについては、持ち帰った素材の供給で少しは負担を軽減できそうだ。
「エルフからの素材は王家とイレーヴェ家の商会を経由して、送る手はずを整えているところだ。教会への支援は急を要するからな。聖女の力に関して公開することは時期尚早だが、王はも既に詳細を伝えてある。各組織や有力者間で奪い合いにならぬよう調整は進めている。……できれば、お前の力が必要になることなど起きない方がいいのだがな」
「お父様、有難うございます」
ビアンカたちの安全を守るため、ドメニコたちの対応は慎重だ。ただ、前回の旅で得られたエルフの後ろ盾の存在は大きい。里の恩人として、ビアンカが望むのであればミラコーラとの国交の深化にも協力する、という彼らの信頼はあくまでビアンカと前回の旅の仲間へ向けられるものだ。その事実も踏まえ、来るべき時に備えて、王宮の方では少しずつ根回しを着実に進めているようだ。
この日、ビアンカは旅の支度を整え、オルランドたちと合流する予定だったのが、父親が受けた知らせから、少し予定を変更し両親と教会に向かっている。国境への遠征に出向いた兄の負傷の知らせがきたからだ。ミラコーラとヘルトの国境に出た魔物と魔獣の数は予想より多く強力だったようで、少なくない被害が出たという。
教会に急設された病床は、すでに沢山の負傷者で埋まっていた。怪我人は、街の治療院に運ばれていたが、此処にいるのは教会での処置を必要とする者たちだった。イーダやパオロのように恐らくは魔物から傷を受けたに違いない。
聞いてすぐに屋敷を飛び出さんばかりの勢いだったビアンカは、母親の鶴の一声で思い留まり、屋敷に押しとどめようとする両親を説得して共に教会に向かうことになった。顔が隠せるよう外套のフードを深く被り、父親と母親について、教会にやって来た。ディエゴにも護衛として帯同し、彼も旅装束でビアンカと並び立つ。
案内された部屋に行くと、ビアンカの兄が寝台に横たわっていた。久しぶりに見た兄の顔は少し日に焼けていた。完全に眠っているようで微動だにしないが、寝顔は穏やかとはいえない。薄っすらと汗ばんだ息子の額を冷たい布でエリーザが拭う。
ビアンカは、濃い靄のようなものが兄の腕に絡みついているのを確認し、そっと力を解放する。
薬が随分と効いているようで、浄化された後も覚醒しないが、寝顔は当初よりも穏やかだ。その変化を確認し、両親も胸をなでおろした。
極力人には会わずに、退室できればそれに越したことはないが、ビアンカたちの元へ教会の責任者であるカリオ氏が姿を見せた。
「ご挨拶遅くなりまして申し訳ない」
「いえ、こちらこそ押しかけてしまい」
「ご家族を心配されるのは当然のことでございましょう。おや、この方たちは?」
「旅の冒険者です」
「それは……」
チラリと二人に視線を向けた後、ビアンカの兄を見て、カリオは近づいてきた。容態が安定しているようだなと思ったが、それだけではないと気づく。
「これは一体」
「……我々で力になれることはございますか?」
聖属性の適性と魔物を見分ける目を備えるカリオは、一見して容態が改善していることを見抜いた。若い頃は騎士団と共に戦場にも赴いていた人物だと聞いた。もし、彼に会ったのであれば、すぐにその変化を悟られるだろうと予め想定していた。
事前に両親とも議論した。兄だけ対処してすぐに姿を消すのが最善と言われたが、ビアンカはこれを受け入れなかった。
北の大陸でみた病床よりも多くの人がここにはいる。
病床は聖水と教会の術者によって改善が期待できる者と残念ながら治療には時間がかかるであろう重篤者が区分けされている。ビアンカの兄は重症な方だ。そして、兄同様に部屋の奥半分で眠る人々もそうだ。
「我々のことは詮索しないと仰ってくださるのであれば、お力をお貸ししましょう」
少しずつ時間をかけて、部屋の患者を診て回った。力を抑えながら少しずつゆっくりと患者を癒していく。最後の一人を癒して、力も入らぬという体で、ディエゴに支えられて、足早に教会を後にしたビアンカたちは、少し遠回りしてオルランドの店へと辿り着いた。
ビアンカたちが立ち去った後の教会では、カリオがアレッシオを問い詰めていた。
「あの者たちは?!」
「それが、私も詳しくは知らないのです。カーニバルの水竜の件はご存知でしょう? あの時、現れたという剣士。探していた宰相様が彼らを見つけることができたそうです。幸運にも本日であればと同行してくれたのです」
礼をしたいと伝えたのに既に宰相から報酬はもらっているからと、固辞されてしまったのだと言う残念そうなアレッシオの姿に、カリオは本当に知らないのかと肩を落とす。
「そうですか、是非とも教会に欲しいものですが、王宮もその存在を知っているとなると、魔法師団や国で囲われている可能性もあるということですね」
「彼ら旅の冒険者であると聞いております。この国に足を運んだのも偶然のようでして、いつまで滞在されるのかも分らないのです」
カーニバルの時の謎の剣士とその仲間という偶像で、矛先を反らして時間を稼ごうというのが、ドミニコとエドアルドの思惑だ。カーニバルの後、結局見つけることができていない剣士の存在を都合よく利用しようというドミニコの提案だ。
手柄を横取りされたと本物が名乗り出てくる可能性は低そうだが、もし出てきてくれたらそれは幸いだという大人たちの考えだ。
そもそも水竜を仕留めた二人組は、ディエゴとビアンカだ。名乗りでる可能性は、今さらないだろう。可能性は低いのではなく、皆無だろう。
店ではオルランドが二人を迎え入れてくれた。そして、店の奥にはソフィアとレオナルドも居た。ビアンカの姿をみたソフィアは、半信半疑というように名を呼んだ。
「ビアンカ?」
「ソフィアっ! よかった」
元気そうなソフィアをみて、ビアンカは側に駆け寄る。ソフィアの心臓の黒い影は取り除くことはできたが、ビアンカたちが向かうまで身体に掛かった負担は大きかったはずだ。変わらぬ笑顔を見ることができて、ビアンカはようやく安心できた。
「心配かけましたね。それに、助けてくれて、ありがとう。ビアンカは命の恩人ですわ。お礼が遅くなってしまったわね。本当に感謝しているわビアンカ」
「何言ってるの。ソフィアが無事で、それだけで十分だわ」
「嬢ちゃんか?」
ソフィアの無事に感涙するビアンカに声が掛かった。アルミノが奥の工房へ繋がる書棚の扉から姿を現した。声からビアンカだろうと思っていたのに、目にした姿が上手く認識できずに、訝し気に声を掛けてきた。
教会に向かうにあたって、ドミニコとエドアルドに連絡をしてから、オルランドの店に一度ビアンカとディエゴは立ち寄った。そして、オルランドに魔道具を借りた。二人の顔だちを相手がはっきりと認識できないようにする類の物だ。後で思い返そうとしても曖昧な記憶となる。
「アルミノさん!」
「やっぱり、嬢ちゃんだよな!?」
ソフィア同様にアルミノも上手くビアンカたちの顔が認識できずに驚きを露わにする。
どうして彼も此処に居るのかというと、これからの旅路に同行してもらうためだ。これから向かうのは、北の山脈、エルフの森から更に北に進んだところにあるという。
聖女の杖と勇者の剣、これを取りに行く旅に協力を仰いだ。人数をむやみには増やせないため、今回は、ビアンカとディエゴ、ソフィア、レオナルド、アルミノ、そして、オルランドの六人が旅の仲間となる。
「へー、全然わからなかった」
「ほんとですわね」
「揃ったね。こっちも準備はできてるよ」
オルランドに魔法を解いてもらってから、店の中央に準備された陣を囲んで六人は手をつないだ。魔力を相当に使うため、気軽には使えないとオルランドは言っていたが、今の状況でビアンカとソフィアが飛行船を使って移動するのは、避けたかった。足跡を完全には消せないし、飛行船の運航には、多くの人間が関わる。前回にも増して極秘裏にということを優先することになった。
「はい。じゃぁ、手はしっかり握っておいてね」
不思議な響きの言葉で詠唱するオルランドの声だけが小さな店内に響く。彼の声に合わせて少しずつビアンカの力が円陣に送り込まれていくのを感じる。円陣から立ち上がる光が部屋の中を満たして、すっと収まったとき、店から彼らの姿は消えていた。




