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第3話 騒動の結末



果樹園に逃げ込んだビアンカだったが、気持ちを落ち着けて、家に帰ると待ち受けていたのは、とても綺麗な笑顔で娘を迎える母の姿であった。


「あなたは頭に血が上ると短慮を起こす。そのこと何度、注意してきたことか。お父様に万が一のことがあったら、あなた責任とれないでしょうに、17歳にもなって情けないこと。…聞いているのですか?」

「はいっ、も、申し訳ございません。返す言葉もございません」


食堂にて、正面に座る母は、出迎えた時と変わらずの笑顔で、ぐうの音も出ない正論を説いてきた。


「それに、あなたが凶器に使ったものが、大事なものであることも頭から放り出してしまっていたようですが、歴史ある家宝を破壊するなんて、言語道断です」


粛々と母の言葉を聞いていたが、家宝と言われると、胸の中には、一つの思いが沸き上がる。「家宝」だなんて言うが、古びたただの仮面を大事にしろと言われても…「顔に出ていますよ」

ビアンカの思考に割り込んで母は、続けた。


「…事の重大性が分かっていないようですね」


そんな思いが顔に出てしまい、見咎められてしまう。ビアンカは怒りのツボを刺激してしまったようだ。


「意味のない古びた風習だと思っているのでしょうが、家宝を損ねた責任は、あなたには取ってもらうことになりますからね。これは、埃被った意味のない慣習でもなければ、お父様が頭が固い、時代遅れな当主だからではありません。やるべき事には、それ相応の理由があるのですよ」

「は、はい。せ、責任ですか…」


確かに物を壊してしまったことは悪かった。手先は器用ではないが、修復して必要な時には使えるようにするくらいは当然だとビアンカは考える。脳内に巡らせるのは自分で修復ができなかった場合は、業者への依頼となるだろうか、ということ。自分が自由にできる資金で足りるだろうか。


「それについてはお父様から話が、近いうちにあります。今日のところは安静にしていただく必要がありますしね。詳しくは後日。自分で蒔いた種です。責任もって刈り取りまでおやりなさい。いいですね」

「はい」

「…結構です。言質は取りました。その約束違えることあれば、許しませんからね」

「約束します」




部屋に戻ることを許された時には、ビアンカはぐったりしていた。笑顔の母のお説教を聞くこと数時間。家を出たのは昼間だったのに、すっかり外は日が暮れていた。着替えた頃には、夕食の準備が整ったと扉の外からメイドの声が掛かる。






「お、お父様、殴ってしまって申し訳ありませんでした」


氷嚢をメイドに持たせて、席に着いていた父は、大きなため息を吐いてから短く告げた。


「行ってこい」

「へっ?」


母の笑顔の具合から、相当父からもお叱りを受けると思い夕食が第二戦目になると覚悟を決めていたビアンカは、父が何を言っているのか一瞬、意味を理解しきれず、間の抜けた声を出す。


「今年は、役目を務めることがことが叶わん。仮面が破壊されてしまったのだからな」

「も、申し訳ありません」

「だから、今年に限り、自由に過ごすことを許そう。壊れてしまったことなど、ここ数百年一度もなかった事態だ。対策を検討する必要がある。必要なことを調べておく、調べがついたら改めて話をすることにはなるが、楽しんできなさい」


厳しい叱責を予想していたにも関わらず、父から向けられる目には、怒りは感じずに、戸惑い、また、父親を傷つけてしまった負い目もあるため、素直に喜ぶことは憚られる。ただ、ゆっくりとその意を理解し、喜びがこみ上げてくる。


「ありがとうございます!お父様」

「あぁ、しばらくは、忙しくなるだろう、その前に友人と祭りを楽しみなさい」

「え?お父様、よく聞こえないのですが?」

「何でもない。楽しんできなさい」


含みのある言葉は聞こえなかったビアンカは、部屋に戻って歓喜に心を躍らせた。ジュリアに、行けると返事をしたら喜んでくれるだろうか。初めての友人とのカーニバルが楽しみで、すぐには寝付けなさそうである。趣味の悪い古びた仮面ではなく、毎年、準備はしているが、あまり披露する機会がなかったカーニバル用の衣装と仮面で友人と出掛けられるのかと思うと、興奮が止められない。


「思い切った行動は、時に道を切り開くものよね」


壊したものの責任は取る必要はあるが、ようやく許された機会に、そんな些末な事などいくらでも頑張れる、と憂鬱なことは一旦は棚に上げて、ビアンカは喜びを噛みしめ眠りについた。






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一方、昼間騒々しかった公爵家の一室では、昼間は余裕綽々な態度で父親をあしらっていたレオナルドが、ぐったりと寝台に横たわっていた。昼間に父親から自室に鍵をかけられて、大人しくしていたレオナルドだったが、夕刻に鍵を開けて入ってきたメイドたちに何故か夜会用の服に強引に着せ替えられて、広間に案内された。




「なっ…」


広間には、複数の令嬢が集まっていた。本人の思考が追い付かぬ内に開始された夜会は、広告で宣言した通り、レオナルドの婚約者候補とのお見合いパーティであった。招集されたのは、元から互いの家で婚約者の打診があったり、現実的に伴侶となりうる父親が手をまわした令嬢、加えて豪商の子女も混ざっているようだ。




目の前に広がる光景に言葉なく佇むレオナルドに、彼の父エドアルドは緩やかに弧を描い口と一切笑ってない眼で告げた。


「お前が、前向きに婚約者選びに取り組む決意だと私は受け取ったよ。さぁ、告知を見て集まってくださったお嬢様方から、婚約者候補となる方を選ぶがよい」




夕刻までに屋敷に訪れた18歳以下の女性の中から、レオナルドが婚約者候補を選定するという告知だったが、当日中に、まさかこれほどの貴族子女が集まるとは予想外であった。だが、父親の後方で楽しそうにこちらを見つめるドメニコの姿を捉えて納得した。広間に集められたのは、実際は広告を見て集まったのではなく、父達が選んだ令嬢達が殆どなのだろう。想定より早い動きに、レオナルドは、汗を垂らしたのだった。






淡い月明りの中、先ほどまでの夜会を回想しながら、寝台で眺めるのは、昼間にドミニコが持参していた広告であった。


「ここまで迅速に各家に根回しを済ませて、集めるとは…、はぁ、仕方がない。モラトリアムも終了か」


騒動を起こされても困るから、と暫く猶予期間が継続するだろうと考えていたが、どうやら公爵家としては、そろそろ婚約話を纏めておきたいようだ。地位やお金目当てに近づく相手にも辟易していたレオナルドとしては、この手の話は面倒で仕方がなかった。不快な縁談の大半は、家の格として蹴っても問題にはならず、以前も隣国の有力貴族との縁談を蹴ったのだが、かなり執着されて面倒だったため、縁談話はしばらく逃げ回っていた。




「真のクロムスフェーンの輝きを持つ者、か」




レオナルドへの純真無垢な気持ちを問うものではない。王家に忠誠を誓い重用される商家の家紋ともなっている。かつて戦乱の時代に、クロムスフェーンを捧げ、王家を支えた逸話は広くは知られていないが、貴族であればその意味は分かるだろう。伴侶として歩むものには、レオナルドへの愛は勿論、王家への忠誠心を持つものを選ぶという、宣言を暗に行ったようなものだ。


「まぁ、これで多少自由に相手を選んでも問題ない状況になったというわけだな」


破断にした隣国との婚約。国益に叶う側面を歓迎していた周囲からの反発は多かれ少なかれあったが、執着が強く茶会での他の令嬢への振る舞いを耳にすると、一種の恐怖を感じて、前向きに検討する気にはなれなかった。ドメニコの目的は、醜聞を跳ね返す物語を作ってしまえば、自分の愛娘を婚約者に据えても双方問題はないだろうというものだった。






レオナルドは、夜会の様子を思い返す。集まった令嬢の一人に、よく見知った者がいた。名をソフィア。宰相ドメニコを父に持つ少女だった。


「仕方のない人ですわね」


両親が親交が深いため、当然、子供同士も幼少の頃より見知った仲であり、周りには聞こえぬように小さく、非難するような言葉を投げかけてきた。


「ソフィア嬢までお越しくださっているとは、嬉しい限りです」

「レオナルド様、御機嫌よう。少々変わった趣向でのお招きでございましたが、ご招待に預かりまして、光栄に存じます」


挨拶を済ませ、話をする際は、扇で口元を隠しながら、微笑みながらチクリと罵るソフィアの声が、耳に痛かった。


「貴方おバカさんだと思ってましたが、大馬鹿者でしたのね。こんな騒ぎにせずに、ご自分の都合のよいように誘導する方法など他にいくらもあったでしょうに…、相変わらず面倒なコミュニケーションを取りたがるんですから、呆れますわ。お父様と普通にお話しなさいませ」

「素直になりたくない時もあるんですよ」

「捻くれた愛情表現をなさるんですのね…、うちの父と同様に解せない人種だわ」

「此処に来たということは、ソフィアは良いのかい。父達が共謀しているのだから、そんな解せない人間と婚約させられてしまうかもしれないよ」


万人に向けられる柔らかな笑みを引っ込めて、真面目な顔でレオナルドはソフィアの目を見つめる。言葉とその表情にソフィアは顔を赤らめるでもなく、虚を突かれ目を見張った。


「ふふふっ、嫌だわ。わたくしは、貴方と違って、貴族として生まれた以上、家にとっての良縁を選び嫁ぐ覚悟なんて、ずいぶん昔にできているわ。貴方だって、真に家や国のための縁を選ぶつもりだから、一番有力な候補となるのがわたくしだとお思いなのでしょう? でも、ありがとう…本当に貴方っておバカさんなのね」


付き合いは長いが、互いに恋愛感情を持って接してきたことがない。レオナルドは、懐にいれている大事な友人が心から想う相手がいるのであれば、邪魔をするつもりはない、道を決められてもいいのかソフィアの心を問うが、問題ないのだと返される。


「まぁ、貴方のためのパーティですもの。貴方の心を射止める方がいたら、残念ですけど、わたくしの出る幕はないのでしょうね。どうぞ、他の方ともお話になってくださいませ」


微笑むソフィアが自分に向ける視線は、昔から変わってはいなかった。姉のようにどうしようもない弟を見守るように、自分を見つめてくる。ただ、改めて月のように輝く白銀の髪に夜空を思わせる深い蒼のドレスに身を包んだ彼女を見て、出会った頃に比べると、随分と綺麗になったな、とそう思った。


ソフィアの姿を思い出しながら、レオナルドは夢の世界に落ちていった。





2021/5/22 サブタイトル追加

2021/7/23 誤植修正

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