第38話 ビアンカとディエゴの選択
ビアンカとソフィアに送られた品は、オルランドが調べて、恐らく同一犯によるものだと判断された。ドメニコの部屋に集まったのは、エドアルド、アレッシオだ。
「では、ソフィアの元に送られた石は破壊されていないため、送り主もそれを察知できていないのでは、ということか」
『ドメニコ様の仰る通りです。神殿に在ったものとは、少し違うものだと思われます。神殿の物は、残骸しかありませんので推測でしかありませんが』
そして、魔道具越しに話しているのはオルランドだった。中央に備え付けられた水晶からオルランドンの声が響く。そもそも神殿を狙った意図も明らかではないが、何者かが結界の存在を知っていたのだとしたら、目的はミラコーラの弱体化だろうか。それすら、何ら結論がでていないところで、ソフィアとビアンカが狙われた。
「今回二人に送られてきた物は、贈った相手を害するためのもののようだが、神殿の方は違うということか」
『そうですね神殿自体に狙ったとみるべきでしょう。その理由は分かりませんが、ただ今回の場合、特定の人物を狙ったもののようです』
神殿の方は、人というより神殿自体の側に埋められ、それを害そうとしていたというのが彼らの見立てだ。今回は、ビアンカとソフィアの二人あてに送られてきた。そして、ソフィアの場合、一番近くに居たのは侍女のダリアだ、それに魔力量ではソフィアを上回るレオナルドだった側にいたのに、被害に遭ったのはソフィアだった。
「特定の人物を狙うことは可能なの?」
『標的のことを知って居なければ、難しいでしょうが不可能ではないでしょうね』
娘を害されたドメニコは、穏やかな口調なのに獰猛な目つきで水晶に問う。そして、情報を集めて、最善の手を打つために考え続ける。
「手口からして、十分に二人のことを調べていたと考えられるね。でも、なぜ二人が狙われたのか。宰相の娘としてソフィアが狙われたという可能性は考えられるけど。だとすればビアンカ嬢の力については、厳重に取り扱い、情報を知る者も限られているはずだ」
「それについては、気になる情報がある」
ボルゼーゲ家の役目、ましてやビアンカの力のことは、まだ、国内でも情報は秘匿されているため、知っているものは少ないが、”まるで聖女のようだ”とソフィアに対しての印象や噂になると”聖女”を連想し語る者もいるという。エドアルドのもたらす情報によるとミラコーラ国内であれば、精霊魔法と聖女を結び付けて話すものは少なく、どちらかというとヘルトで声が多いようだ。
「それで矛先がソフィアに向いた可能性もあるわけか。だが、そうするとビアンカ嬢を狙った目的が気になるところだけど」
「それについては、関係があるかは分らんが、先日の夜会で二人はマルティーナ様と接触したと聞いている」
「マルティーナ様? ソフィアからもその話は聞いたが……、まぁ、その件で念のため注意するようアレッシオ様にもお話しなければとは思ってましたが、まさか」
「う、うちの娘が何か?」
夜会での出来事をレオナルドとソフィアから聞いている二人は、話を進めていくが、特に話を聞いていなかったアレッシオは、その場でマルティーナとのやり取りを聞いて、卒倒しそうになる。
「うちの娘が……」
「ソフィアは喜んでましたよ。自分の為に友人が怒ってくれたのだと」
「少しばかり難しいお嬢様だと認識はしているが、それだけでは犯人と断ずることもできん。だが、そのマルティーナ様は、体調を崩されてるようだ。ドメニコの方から手を回して、教会の人間に診立ててもらえるか」
「分かった」
もし、ビアンカが跳ね返したものが犯人に戻っているのであれば、何らか体調に支障をきたしている可能性はある。事件の直前に二人と接点があったというマルティーナ。可能性が低くくとも無視はできない。
「オルランド氏の言う通りであれば、ソフィア様に掛けられた術は返されていない。送り主にソフィア嬢の無事が知られると、また狙われる可能性がある」
「ああ、しばらくは屋敷で大人しくしておくよう言い聞かせてある」
「オルランド氏、助かった。また、連絡する」
『調べて分かった事があれば、こちらからも連絡します。では、失礼します』
オルランドがドメニコの部屋にあるのと同じ水晶に触れると、水晶はすっと光を失い沈黙する。そして、顔を上げるとオルランドの目には考え込む三人の若者の姿が目に入る。王宮に詰めている父親と話す機会が取れなかったレオナルドは、ビアンカとディエゴと共にオルランドの店を訪れていた。
「犯人に関する情報は、まだ集まっていないようだね」
「ああ、だが……」
「……」
誰があんなことをしたのか確定した情報はないが、危うくソフィアは命を失いかけた。自身の因縁であるマルティーナが関わっているのであればと歯噛みするレオナルド。そして、自分の力のせいでソフィアが狙われてしまった可能性を聞いて、ビアンカも言葉を失う。
そんな二人をみてオルランドは、思案してから声を掛けた。
「しばらく、また、国を離れるってのも一つ手かもね」
「え?」
「どうするか決めた時に、すぐに選んだ行動を起こせるように、聖女の杖と勇者の剣を取りにいく、というなら案内するよ」
子供たちを守ろうとする大人たちと、自身が持つ力と向き合いながら道を悩むビアンカたち。両方の気持ちを知って、オルランドはビアンカたちの願いに応えて、王宮にいる大人たちとの会話を聞かせてくれた。
「ずっと、屋敷に籠ってじっとしてるっての君、性分じゃないでしょ?」
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オルランドの店を出てからレオナルドとは別れた。帰りの馬車でビアンカはディエゴと二人きりだ。ソフィアと自分が狙われた理由に関する大人たちの考えを耳にしたビアンカは、何を思うのか。口を閉じ少しうつむき加減なビアンカの表情は伺えず、ディエゴはその心中を思って、心配そうに見つめる。
「ディエゴ様」
「はい?」
てっきり脅えや恐れに、気持ちが沈んでいると思っていたディエゴにとって、その声は意外だった。
「わたくしは、どんな理由であれ、友人を傷つけようとした者に怒りを禁じ得ません」
「……」
「お父様たちが守ろうとしてくださってるのは分かりますが、ソフィアが代りに狙われるような事が、これからもあるって考えたら、わたくし耐えられません」
「ビアンカ様」
「わたくし、オルランドさんが案内してくださると言う場所に向かおうと思います。本当は、犯人を突き止めたいです。ですが、それはお父様たちに任せます。いま、自分にできることをしたいです」
神殿の一件もあって、見えないところで何者かの悪意が周囲に姿をチラつかせている。目的は分らないが、できる備えはしておきたいとビアンカは心を固めたようだ。下ろしていた瞼が持ち上がり、現れた深紅の瞳には強い意志が宿っていた。宝石のような澄んだ煌めきはいつもの通りだが、炎のような苛烈な光が覗いていた。そんなビアンカを眩しそうに目を細めてディエゴが見つめる。
「私もお供します」
その言葉を聞いて、ビアンカが感じたのは安堵だった。思っていた通りの答えが返ってきて、狡い自分の心に少し罪悪感も感じる。
「ごめんさい。勝手に、ディエゴ様ならそう言ってくださると、わたくし、どこかで期待してました」
自分の厚かましさに気付いて、申し訳なさそうな顔をするビアンカだが、対面に座るディエゴは嬉しそうな顔を浮かべる。
「逆に置いていかれたら、そっちの方が悲しいですよ。それに、私にも必要なものがあるのですから、無関係ではありません。もちろん行きますよ」
新たな旅路を決意した二人を乗せて、馬車は夕暮れの道を進む。




