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第37話 狙われたソフィア




ソフィアは、庭を望める屋敷の一室で、テラスから池を見つめていた。優しく指輪を撫でると宿る精霊の気配を感じるが、エルフの屋敷で姿を現した精霊は、彼女の前に姿を現すことはなかった。ただ、密かに力を貸してくれているようで、此方に戻ってから彼女の扱う力は格段に上がっていた。


教会にやってくる癒しを求める人たちの治療に参加し、その確信を得た。

庭の草木に精霊の加護で癒しを与える。少しの意志で広範囲に力が巡るのを感じる。


王都に在って独特な雰囲気を持つ魔道具店の店主、エルフである彼が言った今後のソフィアたちに示された道。彼女もオルランドに示された道を聞いて、自分にできることは何かと考えていた。


その時が来た時には、湖の戦いと違って、自分も彼らの力になりたい。ビアンカが驚嘆したソフィアの帰国後の活動は、その想いによるものだ。穏やかな凪いだ海のような彼女の心の内には、強く光る何かが燻っていた。





「お嬢様、レオナルド様がお見えです」


レオナルドの来訪の知らせを受けてソフィアは応接に向かう。

事前に告げられた訪問の知らせは、少し畏まった手紙で、やってきたレオナルドの少し緊張した表情から、彼の来訪の目的をソフィアは薄っすらと察した。違うのかもしれないと思いつつ、気持ち足早に彼のもとにやってきた。


「お待たせしましたレオ様」

「いや、久しぶり……ではないが、此処にくるのはいつ振りだろうな。懐かしいな」

「確かに、こうして我が家にいらっしゃる姿を見るのは久しぶりかもしれませんね。レオ様が好まれてたお茶を用意しましたのよ」

「ああ、いい香りだ」


帰国してからは夜会に試験、オルランドの店に行ったりと落ち着かない日が続いたが、ゆっくりとした休暇は久しぶりだな、とカップから立ち上がる香りに二人とも一息つく。




「試験も終わって、少し落ち着きましたね」

「そうだな。ソフィアは忙しかっただろうに、流石だな」

「あらっ、レオ様も良い成績だったと聞きましてよ。わたくし、今回は、頑張りましたのよ。わたくしの成績が悪かったら、ビアンカが、どんな顔するかと思うと、ふふっ」

「確かにな。正直、運よく間に合ったとしても、ある程度、諦めのような気持ちもあったんだがな。私も同じだ」


旅で仲良くなった友人を想像して、ソフィアもレオナルドも手が抜けなかった。そんなことビアンカに言う二人ではないが、結果を知って驚愕していたビアンカの顔を思い出して、余計に可笑しくなってくる。


「気弱に見えて、困ってる人を見て見ぬ振りできない、そんな方ですもの。こちらも放っておけないというか」


ソフィアの成績が振るわなかったら、自分のせいだと落ち込むだろう。そうならないで良かった、と二人は心底思った。


「そうだな。彼女は自分の価値を理解しきれてない節があるし、一先ず父とも相談しながら、国内での守りを固めていく。当然、ヘルトには内密にだ」

「ええ、教会の方は、神樹の葉がエルフの里からの供給で、聖水の生成も少し量が増やせるでしょうけれど、聖魔法の使い手の存在を逃しはしないでしょう。慎重に根回しを進める必要がありますわね」


本人は周囲に比べて楽観的に自分自身のことは捉えているように見える。自分たちが、しっかりせねばと、二人は確認し合う。


「父上たちとも相談して、二人のことは手を打っていく。まぁ、それも大事だが、ソフィアの主席をお祝いしないとな。前にも聞いたが本当に欲しい物ないのか?」


要望がなければ、好きに選んでしまうぞ、と言ったが、ソフィアは嬉しそうに、それで構わないと答える。


「気を使っていただかなくていいですわよ。それに、レオ様が選んでくださるのでしたら、何でも嬉しいですわ」

「わかった。これは贈り物ではないが、ルカリア商会の商品なんだが、ソフィアの分だ。先に渡して置く」

「例の連絡用の魔道具ですわね。ありがとうございます」


手にした二つの内、一つをソフィアに手渡す。小型の魔道具で、失くしてしまいそうだが、軽くて外出時に身に着けるには丁度いい。北の大陸で困ることはなかったが、これがあれば何かと便利だっただろうなと、レオナルドは自身の持つそれを転がしていると、手の平で勢いよく転がり、落としてしまった。


「あっ」


急にレオナルドが動いたため、給仕していた侍女に当たり、軽くお茶がレオナルドの服にかかってしまう。


「申し訳ございませんっ」

「ああ、すまない。こちらが、急に動いたからだ。気にしないでくれ、ほんの少しだ問題ない」

「レオ様、染みになってしまいますわね。少々お待ちください」


別で人を呼ぼうとしたソフィアを制止して、レオナルドは席を立った。手を洗いに行くと言って、慌てる侍女を断って、レオナルドは部屋を出ていこうとする。


「お願いするわ」

「ご案内いたします」


彼を案内するよう侍女にも介添えを指示する。気にしないでと侍女を安心させるように笑みを作って、レオナルドは部屋を出ていった。




一人手持無沙汰になったソフィアは、テーブルを整えるよう別の侍女を呼びながら、もらったイヤリングを見つめる。


「これなら離れていても声が聞けるんですね」


彼を取り巻く憂いが少し減ったからだろうか。自分との話も決まったからだろうか。少しずつ距離を置かれ始めた時には、寂しい気持ちもしたが、こうして居られるだけで、ソフィアは嬉しかった。


当時、彼の近くにいた令嬢の家が外圧から傾いたり、隣国の客人を交えた茶会で、怪我をした娘がいたことを後にソフィアは知った。幼少より仲が良かった彼が遠くなることを悲しんだり、責めることはせず、強かに彼女は教会に取り込まれることなく己の力を磨いてきた。


レオナルドは、全然気づいていないのかもしれないが、正直、彼が考えて悩んで贈ってくれるなら、それ以上の幸せはない。彼女が側にいたいと思ってきたのは、ただ一人なのだから。


手のひらに乗せた鳥を見つめながら、これで話をするときは、どんな時だろうか。その時が来るのも楽しみだ、と可愛い銀の鳥を指先で撫でて、顔をほころばせる。




待っていると何やら小箱と手紙を持った侍女が入室してきた。差出人の名前を見るとレオナルドだ。


「お嬢様、こちら」

「これは?」

「今しがた届いたものでございます」


良く見るとソフィアがいつも利用している店の包装だ。この時間に合わせて、届けさせたのだろうか。どうしようか、と悩んでいるとレオナルドが戻ってくる。別室で服を整えて戻って来た。


「すまない。待たせた」

「いえ、こちらが届いたのですが」

「それは…?」

「こちらはレオ様が?」


レオナルドは、ポケットに忍ばせた物を服の上から確認するが、そこには想像した固い箱の感触があった。目の前にあるのは同じ形の箱だが、別物だ。

添えられたレオナルドを差し出し人とするメッセージカードを確認するとレオナルドの顔が険しくなった。本人に心当たりがないと聞いて、侍女も表情を硬くする。


「お嬢様、こちらで確認いたします」


手に持った箱を侍女に戻して、中身を確認してもらう。簡単に害のある仕掛けがないかは確認してあるはずだから、危険はないと思うが、誰かがレオナルドを騙って仕向けてきたのだということは分かる。用心のため、部屋の隅に移動して侍女がその箱に手を掛ける。


慎重に箱のふたを持ち上げて、僅かに隙間ができたところで、黒い影が飛び出してきた。


「ダリア、箱を閉めて!」


だが、それを目視できたのはソフィアだけだった。

反射的にソフィアの言葉に従い、名を呼ばれた侍女は、蓋を閉めるが、既に箱からでてきた黒い影は、真っすぐにソフィア目がけて飛来し、ソフィアの胸に飛び込んでくる。


「うっ……」

「ソフィア!」

「レ……さま、ビ……ンカに……」

「ソフィア、ソフィア!」

「お嬢様!」


辛うじて口にした言葉はそれだった。胸を押さえてソファに倒れ込むソフィアを見て、慌てて医師を呼ぼうと部屋の外に向かおうとする侍女に、途切れがちにソフィアは何かを伝えようとする。


「医師……は……りでしょ……アン……を」

「ソフィア、無理して話さなくていい」


医師は不要という言葉をソフィアの代わりに侍女に伝えるが、倒れるソフィアを目の当たりにして、何を言うのだとダリアは非難の声をあげる。


「レオナルド様!」

「お父上にドメニコ様に、すぐに状況をそのまま伝えてくれ。このことは口外することは禁じる、ドメニコ様の意見が違う場合は、撤回するが厳命だ」

「……かしこまりました」

「それから」


医師では無理だと、倒れ込む寸前にソフィアがビアンカの名を出したということは、考えたくないが、思い浮かぶ可能性は一つだ。

ドメニコとエドアルドに連絡をして、聖水があるならば即時に用意するように依頼する。幸いセサリーニ家にあったものを直ぐに飲ませるが、容態は大きくは変わらないようだ。


下手に動かすことも躊躇われ、少し体勢を整えて、苦悶の表情で額に汗を浮かべるソフィア手を握り側にいることしかできず、ただ、レオナルドはビアンカたちの到着を待つ。握るソフィアの手に力は無く、その感覚に足元が崩れていくような不安がレオンルドを苛む。時が経つのは遅く、永遠にも思えた。


「ソフィア……」


呼びかける声にも応じることがないソフィアの手を握りながら、レオナルドは『早く』と祈り待ち続けることしかできなかった。






随分と長い時間だった気もするが、知らせを聞いたビアンカたちは直ぐに馬車でソフィアの元を訪れた。共に出かけることになっていたディエゴを伴い、後ろにはオルランドの姿もあった。


「ソフィア……一体どうして」

「これを開けたら、急に苦しみだしたんだ」

「貸して」


蓋を閉められてはいるが、こう頻繁に触れることがないと思っていた嫌な気配が色濃く漂っていた。オルランドは受け取ると持って来た紙を広げた。


「ビアンカ嬢、これに力を注いでくれ、来る途中に教えた通りだ」

「はい」

「一体何を?」


レオナルドの問いには答えずに、すぐにオルランドが準備した紙に力を注ぐ。中央に書かれた文様が光り、箱を包んだ。


「一先ず、これは良いだろう。次だ」

「はい」


ソフィアの心臓は色濃い黒い靄に包まれていた。手のひらに力を込めて、黒い影があるソフィアの胸に手を当てるが、今にも消えてしまいそうなほど、弱くてゆっくりとした鼓動しか感じられない。蒼褪めるビアンカだが、目の前のソフィアを救うためにも落ち着かなければと、大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。手に込める力に集中して、一気に力を黒い塊に叩きこむ。


ビアンカの放つ光に押されて、黒い何かはゆるゆると引きはがされ、包み込む光と一緒に消失する。胸に置いた手のひらに伝わるソフィアの胸の脈動が少しずつ力強くなっていく。


固唾を呑んでレオナルドと侍女が見守る中、力なくレオナルドの手に包まれているだけだったソフィアの手に僅かに力がこもる。


「ソフィア?」


気付いたレオナルドは少し力を込めて、手を握りなおすと、その口が小さく動いた。


「れお……さま」

「良かった……」


薄っすらと上げた瞼は重たそうだが、青い瞳がしっかりとレオナルドの顔を捕えていた。少しつっかえながらではあるが、レオナルドの名を呼ぶ姿を見て、ビアンカは安堵から崩れ落ちる。ディエゴは、それを察知して、そっと支えた。




最悪の事態を想像し絶望の中でビアンカたちを待っていたレオナルド。

ビアンカも凶報を受けて道中も治療時も息をするのを忘れて、ただソフィアの無事を願っていた。

少しソフィアの容態が落ち着いたことを確認して、漸く深々と息を吐き出せた。




心穏やかな一時を楽しむはずだったのに、皆が安堵と疲労感を滲ませていた。救いは、すぐに駆けつけることで、最悪の事態を防ぐことができたことだ。ビアンカは胸に触れた時に酷く遅くて弱い鼓動に、背筋が凍った。


誰が仕掛けたのかはわからないが、こんなこと絶対に許せない。




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