第36話 修練と凶報
レオナルドの手には、小鳥型のイヤリングがあった。連絡用の魔道具は、屋敷や王宮の執務室、飛行船などに設置されていることが多く、個人での所有するものは出回っていない。
手にしているのは、ビアンカの友人でもあるジュリア、彼女の父親のルカリア商会から進呈されたものだ。
魔力がある者であれば、少ない魔力で限られた人間となら連絡を取り合うことができる。旅の間にビアンカから聞いて、問い合わせてみたところ改良版が丁度できたというので、ソフィアに渡そうと持ってきた。
レオナルドとソフィアの婚約については、彼らが旅にでている間に大人たちが手はずは既に整えていた。王族の婚約の話しもあったため、時期を見計らってはいたが、正式に公表する前に、本人に渡したい物もあった。
「こうしてソフィアの家を訪れるのも久しぶりだな」
幼い頃には交流もあったが、自分の周囲がヘルトの件で騒々しかったため、距離を置いていた。自分にとって身近な姉のような存在で、彼女に迷惑が掛かるようなことはしたくなかった。それに聖女のようだと教会での奉仕にも参加し、精霊魔法の使い手として優秀な彼女であれば、良縁も多く舞い込むだろう。
『王子もソフィア様に懸想している』
『ソフィア様もお慕いしている方がいるらしい、それは…』
ただの雑音だ。良くあることで、真偽のほどなど分らない曖昧なもの。ただ、大人たちの願望が込められた噂は、無意識にレオナルドに枷を嵌めた。正直、女性に対して苦手意識を持ってしまった彼にとって、恋愛感情や親愛の情は、少し遠い存在だが、旅で過ごした時間と近くにいた二人の存在に、多少感化されたのだろう。
喜んでくれるだろうかと携えた箱をそっと撫でる。北の大陸で立ち寄った街での話をビアンカに聞いた。お土産を買ったのだとビアンカは言っていた。
先日の夜会には間に合わなかったが、昨日届いたものだ。ソフィアが贔屓にしているという宝飾品を取り扱う店に加工は頼んだのだから、きっと、好みは外していないだろうが、こうした贈り物を彼女に準備するのは初めてだ。不安な気持が、レオナルドに何度も箱に手を掛けさせる。
「はぁ…、情けないな」
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一方、その頃、ビアンカはオルランドの店にいた。聖魔法の使い手は少なく希少だ。国の聖女として立つ気がなければ、暫くは、大人しくしているようにというのが父親からの厳命だ。軽はずみな行動はしないように、とキッと目を吊り上げた母親からの忠告も重ねて告げられた。
「ははっ、母君はそんなに怖いのかい」
「怖いってもんじゃないんです。本当に、怒ると恐ろしいのですよ」
「ただ、ご両親の言うことは正しい。教会は、聖魔法の使い手を囲って、威信を維持しようとしているから、下手すれば教会に目をつけられて面倒なことになる。そういうのは望んでないんだろう?」
「それは、そうです。ソフィアは、教会に進んで協力していますが、彼女にはセサリーニ家の力もあります。我が家は弱小貴族ですし、何かあっても父達だけでは圧力があれば、抗うのは難しいでしょう」
「騎士団や魔法師団の方でも、聖魔法の使い手であれば、武器への聖魔法の付与、戦場での魔物討伐への戦力として引く手あまただろうし、ぶっちゃけ取り合いになっちゃうよねーー。そういうので血を見てきた歴史もあるし、大人しくしとくのが一番でしょ」
あっけらかんと言うオルランドに対して、ビアンカとディエゴは顔を蒼褪めさせる。
「え? 今の時代、昔よりも聖魔法の使い手は希少になってきてるし、当然でしょ。まぁ、国の方で、打ち手は考えてるみたいだけど。最終的にどうするかは、君たちの覚悟の問題でしょ」
「覚悟?」
「力を隠して、何かあったときにも身の安全や周囲の安全のために黙し続ける覚悟」
「「えっ」」
「もしくは、自分の力に対して変わる立場、周囲の変化を受け入れ、その地位に立つ覚悟」
「「…」」
「必要になるのは、そういう覚悟。どっちを選んでも僕は良いと思うけどね」
確かに、先日の神殿のように内々に処理ができるものであればいいが、例えば、水竜の時みたいに身近で何らかの危機があったとして、素性がバレてしまうだろう局面があったとしたら、自分はどうするのか。あの時は仮面もつけていたから、その素性は知られずに済んでいる。その時が来たら、迫られる選択は、オルランドの言う通りの二択なのだろう。
ディエゴは、その時がきたときにビアンカが選ぶ道は決まって居ると思った。どちらかというと、そんな二択をじっくり天秤にかけることなどせず、先にきっと行動に移ってしまうのだろう。
「ビアンカ様が何を選ぶのかは、想像に難くありませんね」
「え?」
ディエゴの言葉にビアンカはきょとんとした顔をするが、それもまた、ディエゴに仕方がないな、という苦笑を浮かべさせた。
「はいっ、じゃぁ始めようかね」
二人のやり取りに横やりを入れたオルランドに、ビアンカは失念していたことを思い出した。
「あ、オルランドさん、その前に、これ見てもらえません?」
「これは…?」
「薄っすらとした黒い煙がでて、反射的に盾を出して守ったら、神殿の時とは違ってすぐに弾かれて何処かに行ってしまったんです。その時に、これは割れてしまったんですけど…」
朝からメイドが持って来たのは、小さな箱だった。箱の中には状態保存の魔法が掛けられた花が入っていた。最近、贈り物として人気の観賞用のブーケだ。そして、そのブーケのリボンを留めている小さな石が入っていたのだが、そこから薄っすらとした煙がでてきたのだ。
「良くもまぁ、次々と…」
「ビアンカ様、大丈夫だったのですか?」
「ええ、わたくしは何ともなかったのですが、消えていった煙の行方が気になって…」
オルランドが、その石を詳しく調べると言って、二人はその様子を静かに見学することになった。ビアンカたちには、見ていても良くわからなかったが、エルロンドが持っていたような長い羽を取り出して、何かを唱えたり、良くわからない模様が掛かれた紙の上に乗せて、魔力を流したりとひとしきり思いつくことを試し終わったところで、二人の存在を思い出したオルランドが、二人に声を掛ける。
「あまり見ない物だけど、誰かを狙って掛ける攻撃術式に似てるね」
石に手を翳して何かを調べたオルランドが推測を立てる。
「それって」
「砕けてるから断言はできないけど、こういった類の物はね、防がれたら掛けた人物に跳ね返るものだよ」
「では…」
「違う誰かにという心配なら要らないだろう。誰かが苦しんでるとしても、それは自業自得ってやつだろうね」
かなり薄い煙、霞のような物だったと聞いたオルランドは、少し体調を崩すとか、嫌がらせに近いものだろうと言う。だが、仕掛けた犯人やその意図も分からないため気味が悪い。
「これは預からせてもらうよ」
「お願いします」
帰ってきたら以前のような日々に戻れると思っていたのに、思いのほかビアンカの日常は小さな異変や災いが取り巻いて離れない。だからと言って、直ぐに打てる効果的な手があるわけでもないため、此処に来た目的に手を付けることにした。
オルランドは、ビアンカたちの為に準備してくれていた物を机の上に並べだす。
「さてと、不安がっても仕方ないしね。なおさら、お嬢さんは、力が必要な時に自分の思う通りに使えるようにならないとね。昨日と同じように、二人ともやってみて」
「「はい」」
ビアンカが此処にきたのは、魔力の使い方を教えてもらうためだ。ビアンカとディエゴの力を知る人は限られている。事情も知り、魔力の扱いにもたけているオルランドは打ってつけだった。快くこれを受けたオルランドは、昨日は、興味深そうに二人の様子を見ていたが、今日は、ビアンカが持ち込んだ石を調べることにしたようだ。
課題を出した後、オルランドは石を調べては何やら紙に書き込んでいっている。アレッシオ達への報告のためだろう。
「心配なのはわかるけど、今の君にできることはないよ」
自分に対して向けられた悪意があるという事実に少なからずビアンカは動揺していた。オルランドは、それを知りつつ今は課題に集中しろと声を掛けてくる。
「そう、ですね」
「……それにしても水竜を仕留めた矢もこうして作られてたんですね」
今、ビアンカが教えてもらっているのは、聖属性の魔力を物に込める方法だ。短剣や矢などを隊に聖属性の使い手が居ない場合は、魔物対策として備えているという。
「戦闘で必ずしも聖属性の魔法が使える者がいるとは限らないからね」
今のビアンカは、短剣の力を借りて力を使うようになってきたが、出来ることは限られている。
・風の守りの盾
・浄化魔法による浄化
・ディエゴへの力の譲渡
尤も無意識に風の盾には、聖属性が練り込まれていて、魔物の気を削いだりしている。今朝の出来事も、反射的にではあるが、仕掛けた者の悪意を弾いたのは聖属性の魔力によるものだろう。
ただ、自分の意思で瞬時に使い分けができているものではない。武器への付与を通じて、聖魔法を意識して操り、数をこなすことで発動のスピードを高めようとするのが、オルランドの狙いだ。
聖属性の魔力や聖女の魔法について教えてもらいつつ、基礎力を高めていっている最中なのだ。傷の癒しもできるはずだと言われたが、想像もしてなかったビアンカは心底驚いた。
「カーニバルの時の水竜。矢が飛んできたのは覚えてますけど、その頃は力も封じられてて、分かりませんでした」
「私もですよ。レオとソフィア様から聞いて知りました」
こわばった顔をしていたビアンカだったが、ディエゴが話題を変えて話しかけてくれるお陰で、少し気持ちを落ち着かせられた。
オルランドの言う通り、今は目の前のことをするしかない。気を取り直して課題に取り掛かっていく。
三本目の矢が完成した頃、書類を書き終えたオルランドが、それを見て呆れたような声を出す。
「それにしても、魔力量は、流石だね…。しかもこの品質か…、無駄にするのも勿体ないし…どうやって売りさばくかなー」
「う、売るんですか?」
「まぁ、エルフの里でも多少は作ってたりするし、少量であれば、冒険者に買ってもらうのでもいいけど、このレベルの物を安易に売った後のことを考えると、面倒事しか思い浮かばないな」
並べられた矢を見て、感心しているのはディエゴも同じだった。彼もビアンカの助けを借りて、同じことに挑戦していたのだが、彼は一本目の矢を手にしたままだった。
「ビアンカ様、凄いですね…」
自分の手元を見て、全く完成しなさそうな気配に、ディエゴが肩を落とす。
「ぶゎっはははは! 君、不器用だねぇーー」
「くっ」
「まぁ、魔力今までなかったんだしねーー。いや、お嬢さんも同じなはずなんだけどね。”勇者”の後継に期待するスキルじゃないから、まぁ、気を落とさないでいいよ」
全力で笑い飛ばした後に、優しそうな笑顔を浮かべて慰めてくオルランドに、こぶしを握り締めるディエゴだった。
「お、オルランドさん…」
「ごめんごめん、つい、ね。君みたいな若者見ると楽しくて、人によっては、向いてたりするのかなとも思ったんだけど。気を落とさないでいいよ。や、本当だからっ」
ディエゴに軽く睨まれたオルランドが、遅まきながら取り繕おうとするが、彼の愛想笑いではディエゴに笑顔は戻らない。
「でも、あの時のディエゴ様は、本当にすごかったんですよ」
エルフの土地での出来事、湖でのディエゴを思い出して、ビアンカが告げる。
「そうだろうね、旅で得た物があったのは、君たちだけでもないようだしね」
オルランドは、店に訪れた時、里で見知った気配を少女に感じていた。授けた指輪に宿った気配。彼女は、認識できてないようだったが、貴族にしては澄んだ、そして、貴族らしい力の宿った青い目の少女、近くで彼女を見守る精霊は、かつて『あの子』の仲間の側にいた気配と同じだ。魔法に長けた彼と共に戦うのであれば、その相性も悪くない。
「それは、どういう?」
小さなオルランドのつぶやきを拾ったのはビアンカだけだったが、それに意味深な笑みで応えるだけだった。
「ま、今まで馴染みがなかったとはいえ、少しずつ扱いも慣れていかないとね」
「はぁ、道のりは長そうですね。二人と合流するまで、もう少し頑張ります」
今日は、この後、パオロが言っていたお店に四人でお忍びでお茶をしに行くことになっていた。神殿の事についても直接二人と話がしたい。
「あぁ、今日は四人で出掛けるんだっけ」
「はい、お二人からは、こちらに連絡があることになってるんです」
「それ、前に着けてたものかな?」
「改良版だということなので、全く同じではないんですが、あの時の友人がくれたのです」
ビアンカは手にしていた物と同じ鳥の形をしたイヤリングを取り出して、オルランドに差し出す。
「これ、友人からオルランドさんの分も準備してもらったんです。良かったら」
「へぇ、もらっていいのかい。嬉しいなぁ」
そういって、色んな角度から眺めては、何だか解体しそうな勢いで調べだしたオルランドに、焦ってビアンカが声を掛ける。
「お、オルランドさん壊さないでくださいね!」
「あー、つい、職業柄、ははっ。あまり里では必要がないものだから、人間が作る物って興味深いね」
「そうなんですか?」
エルフたちは、そもそも即時性を求める伝達手段をさほど必要としないらしい。寿命が長い彼ららしい。それに精霊や風魔法など代用する手段に長けているものも多く、不便は感じていないようだ。
「皆さんと違って、私の物は、何だか交換の魔石も用意していただいて申し訳ないですね」
ディエゴは魔力は使えないため、小さな魔石を交換するタイプを準備してもらった。使用感を報告することで、魔石の費用はジュリアが持つと受け持ってくれたが、護衛をお願いしているボルゼーゲ家がだすことにした。
レオナルドも出すと言いい、断ったはずだが、手元にあったからと当面は追加購入が不要であろう量の石がディエゴの元に送られた。
「レオナルド様の好意として、有り難く使わせていただきましょう」
「それじゃ、今日はこれくらいにして、少し休憩にしいようか」
「オルランドさん、やっぱり…」
「僕は、遠慮しておくよ。今日は、少しやりたいこともできたしね」
事前にオルランドともゆっくり話がしたいと、レオンルドとソフィアも言っていたため、誘っていたのだが、断られてしまった。
「楽しんでおいで」
ビアンカに送られてきたという石に関して、詳しく調べておきたいと思ったオルランドは、ビアンカの誘いを改めて辞退する。若者たちの団らんに水を差すつもりもなかった。
「ビアンカ様、これは…」
「あっ」
ビアンカが手にしていた鳥の石が光っていた。約束していた時間よりは早いようだが、これに連絡が来るとすれば、ソフィアかレオナルドだろう。
『レオナルドだ、ビアンカ嬢か!?』
「は、はい。レオナルド様」
屋敷を出るときに連絡を貰って出かける予定だったのだが、ソフィアから連絡が来るかと予想していたが、聞こえてきた声はレオナルドのものだった。それよりも彼の酷く切迫した声色に何事かと戸惑う。
『ソフィアが、倒れた』
「えっ!?」
楽しい一時を過ごすはずだったのに、小鳥が告げるのは悪い知らせだった。窓から差し込む陽の光、良く晴れた空に、テラス席でのお茶会は気持ちいだろう、弾んでいた気持ちは、突然真っ暗な谷底に突き落とされたようだった。
2021/9/12 誤植修正




